第13話
彩莉が部屋から出ていき、再び静まり返った部屋の中で大きく息を吐く。
彩莉の選択はきっと間違っていない。そして俺はその選択に安堵もしていた。
だってそうだろ?
頭を撫で欲しいやハグを求めてきたり、腕を組んで一緒に下校したり、風呂上がりの髪をブラッシングしたり、そんなことを彩莉が望むはずがない。
そんなことを自分の意志に反してしていることを知ったら、彩莉はどう思うだろうか。
まあ、俺が彩莉の立場だったら絶望に値するけどな。
だから、こんなことを話さずに済んで良かったと胸を撫でおろすのだった。
もう少しして、バタバタと忙しない足音が近づいてくる。
「ネコミミ!! イロリ!!」
そう叫びながら勢いよくドアを開けたのは遅れて登場した杏音だった。
「バカ。声がでけえよ」
俺はそういいながら杏音を部屋に引きずり込みドアを閉める。
「あれ? 彩莉は?」
杏音は部屋をキョロキョロしながら彩莉の姿を探す。
「はっ! もしかして……私には見えないんじゃ!?」
「いや、もう居ないよ。彩莉に戻って今は自分の部屋にいる」
「そ、そんな……ネコ耳彩莉、見たかった……」
杏音は力なく膝から崩れ落ちる。
「いや……お前、そんな格好で急いできたくせに、ただネコ耳姿の彩莉見たかっただけか?」
杏音はテレビ通話で見た時のパジャマ姿のままだった。
「はあ? 当たり前でしょ? ネコ耳姿の彩莉なんて絶対可愛いじゃん」
「まあ、確かにそうなんだけど、俺の話の事実確認をしにきたってわけじゃなさそうな雰囲気だったから」
杏音は何食わぬ顔で立ち上がり、俺のベッドへ座り足を組む。
「まあ、そうね。理人の話だけじゃやっぱり信じられないじゃない? だからわざわざこうやって出向いてきたわけだけど、とんだ無駄足だったわね」
「今更そんなよだれの跡残したままの顔で言われても説得力ねーんだよ」
「あ、これは失礼」
杏音はだらしなくパジャマの袖で口元を拭う。組んでいた足を解き、杏音は姿勢を正して俺を向いた。
「まあ、せっかく来たんだし、もう少し話をまとめてもらっていいかな」
俺は先ほどの通話では伝えきれていないネコの行動や言動、その後の彩莉の反応などを杏音に伝えた。
杏音はそんな俺の話を常に眉をしかめながら聞いていた。こんな信ぴょう性の薄い話を真顔で聞く方が難しいだろう。
「えーっと要するに、そのネコの霊は理人に甘えるために彩莉に憑りついていると?」
「あれ? 俺そんなふうに説明したっけ?」
「だって行動に一貫性あるし、つまりはそういうことでしょ?」
まあ、確かにネコ自身も最初にそう言っていたし、出てきては俺に甘える行動をとり続けている。表面上だけ見ればそういうことなのかもしれないが、俺にはもっと別の理由があるような気がしていた。
「それで、彩莉のほうはある程度もう一人の自分がいることは受け入れている。その上で、自分の記憶のない時の行動は知りたくないって言ってたのね」
杏音は自分の言ったことを咀嚼するように頷く。
「ああ、だから今後、彩莉の前では二重人格のような現象が起きている方向で話を合わせて欲しいんだ」
「ネコの霊に取り憑かれていることは隠す、ってことね」
俺は黙って頷く。
だってネコの霊に取り憑かれたときにどんな行動をしたかなんて想像もできないし、したくもないだろう。
「まあ、私は色々思うところがあるけど、とりあえずその方向でいいと思う」
「なんだよ、思うところって?」
「ん~? やっぱり実際にそのネコちゃんの霊に会ってみないとなんともいえないかあー」
「確かに俺の話だけだとイメージしづらい部分はあるよな」
「そうそう。早く見たいなー。ネコ耳姿の彩莉」
そう言いながら杏音はベッドに仰向けになる。時計を確認すると時間は22時を過ぎていた。
「なんか疲れたし、今日泊ってくー」
そう言いながら杏音は俺の布団の中に潜る。
「ふざけんな。俺の寝る場所がなくなるだろ」
「え? 一緒に寝ないの?」
「お前ここに来たとき汗だくだっただろ。そんな汗くさい奴と一緒に寝られるか」
杏音は身体を起こし自分の匂いを確認する。
「あ……確かに」
苦笑いを浮かべて布団から這い出てきた。
「ほら、送るから今日は帰れ」
俺は杏音に自分の冬用のダウンジャケットを差し出す。
「仕方ない。送られてあげますか」
杏音は嬉しそうな笑顔でダウンジャケットを受け取った。
俺が杏音の自転車を押し、並んで夜道を歩く。
「うへぇ~、さっぶー!!」
杏音はダウンに身を包まれながら身震いをする。四月とはいえ、夜はまだ冷え込みを感じる。俺は薄手のウインドブレーカーを羽織ってきたが、もう少し厚手のものを着こんで来ればよかった。
「汗が引いて身体冷えてるんだよ。よくそんな薄手のパジャマ一枚で来られたな」
「いやあ、あの時はアドレナリン出まくってたから寒さとか感じなかったわ」
「どんだけ猫耳が見たかったんだ……」
「来る途中、車に撥ねられて足をケガしたとしても、這って行けるくらいには見たかった」
「その光景、軽くホラーだな」
俺たちはそんな会話をしながら歩く。
しばらく歩いたところで、杏音が俺の腕にしがみついてきた。
「なんだよ。歩きにくいだろ」
俺は自転車を押しているのでバランスがとりづらくなる。
「えー、いいじゃん。彩莉とはこうやって歩いてたんでしょ?」
わざとらしい上目遣いで杏音はいう。
「だからアレは彩莉じゃないって」
「まあまあ、このほうが温かいじゃん? どうせこんな時間、誰も見てないんだし」
俺と杏音は色々言われる関係ではあるが、腕を組んで歩くようなことは今まで一度もない。確かに周りの目はないので、仕方なくそのままで歩き続けた。
少しだけ、互いに無言の時間が流れた。
「理人はさ、私のこと、ちゃんと女の子扱いしてくれるよね」
「なんだよ、急に」
「こうやって送って、って言わなくても送ってくれるし」
「こんな時間に一人は危ないだろ?」
「そういうとこ」
「いや、当たり前のことだろ?」
「そういう当たり前のことをね、下心なしで出来る男子って、そんなにいないんだよ」
「それは杏音だから――」
「ウソ。理人は他の女の子相手でも同じことをする」
言われてその状況を想像する。確かに相手が誰であろうと同じことをやりそうだと思った。
まあ、こんなシチュエーションは杏音以外にはありえないんだが。
「でもね、理人のソレは優しさじゃない」
そう言って杏音はパッと俺の腕から手を離す。気が付くと、既に杏音の家の前まで来ていた。
「自転車、貸してあげる。じゃあ、おやすみ」
杏音は門扉をくぐり、家の中へ消えていく。
このときの杏音が結局何を言いたかったのか、今の俺には到底理解できなかった。
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