第11話

 いっぱいに詰まった紙袋を両手に抱え、私と彩莉は昼食を取るためにレストラン街へ移動した。


 彩莉は黒のタンクトップに薄黄色のブラウス、デニムのスリムパンツという先ほど自分で選んだコーディネートに着替えていた。


 しかしこのままだと、まだ幼さの残る彩莉の顔立ちとは少し不釣り合いになる。そこで髪型をポニーテールにまとめ、白のキャップを被ったことでスポーティさを出しバランスを取った。


 シンプルに清純白ワンピとかが一番彩莉に似合うとは思っていたけど、これはこれでそそられるものがある。


 昼時で空腹のせいか、じゅるりと流れてくるよだれを手の甲でふき取った。



 私たちはパスタ専門店に入る。


 パスタに加えてスープ・サラダ・デザートとさらに焼き立てパン食べ放題のコースがあったのでそれを選択した。正直私はそんなに食べられないけど、彩莉がどうしてもパンが食べたいというので仕方なく足並みを合わせた形だ。


 彩莉は注文した品物が運ばれてくる前に、7個ほどパンの積まれた皿を持ってきた。私はとりあえずクロワッサン一個だけ。


「はあ……ホントにそんなに食べられるの?」


 私はクロワッサンをかじりながら、両手でパンを掴んではむはむ食べる可愛い彩莉を眺めながら言った。


「慣れないことしてお腹空いてた」

「普段はそんなに食べないのに、よくそんなに入るわね」

「いつもは食べられるけど食べてないだけ」

「それっていつも足りてないんじゃない?」

「足りてないわけじゃないから大丈夫」


 彩莉は華奢な身体の割に意外と食べるタイプだった。でも、このことは私と母親のレーナさんしか知らないんじゃあないかと思う。


 うちにご飯食べに来る時は遠慮してるし、理人の前ではあまり大食いだと思われたくないらしい。そこらへん、しっかり女子なんだよなあ。


「でも今は沢山食べる機会減ったんじゃない?」


 親同士の再婚で理人とは常に食事をすることになるはずだ。そこらへんどうしてるんだろう? そういう意図を彩莉は汲み取って答えた。


「家ではもともと普通にしか食べてなかったから変わりない。それに月一でレーナと二人で焼肉行く約束してるから問題ない」

「えー? 折角なんだから家族四人で行けばいいじゃん、焼肉」

「食べない焼肉はお肉に失礼」

「いや、だから食べればいいじゃん。理人と高臣さんの前でも」


 すると彩莉は食べる手を止め考える。


「…………まあ、そのうち」


 目元を少しだけ下げながらそう言うと、また再びパンを食べ始めた。


 なるほど。まだまだ恥じらいを感じる乙女でしたか。


 そうして私たちは次々に運ばれてくる料理を無言で食べ続けた。私はデザートを食べるお腹が残っていなかったので彩莉に差し出す。彩莉はデザートに移る前にパンを3個追加で運んできた。

 私は食後のアイスティーを飲みながら、ひたすら食べ続ける彩莉を眺めていた。


「新生活はどう? 少しは慣れた?」


 彩莉がデザートに手を付け始めたタイミングで切り出す。


「学校は、中学の時と変わらない」

「ふーん、そっか。じゃあ、家の方はどうなの?」


 私の新生活、という単語に学校生活として返していたが、私が本来聞きたい内容はこちらだった。


「別にそんなに変わらない。高臣さんも変わらず接してくれるし。ただ……」


 彩莉はそう言いながらシャーベットを一口食べる。


「…………兄さんとは、うまく喋れない」


 兄さん、か。彩莉は理人のことをそう呼ぶことにしたんだ。


「まあ、理人とは中学んときはあんまり話してなかったもんね。急に昔みたいにーってのは難しいのかもね」


 私はそれっぽい理屈を述べる。


「なんでだろう。私、そんなに変わったのかな」


 彩莉は明らかに声のトーンを落として言う。やっぱり彩莉は理人との関係に悩んでいるようだった。


「そうだなあ。表情筋は衰えたかも? もっと笑えたほうが可愛いよ!」


 私の的外れな返答に、彩莉は自分のほっぺを両手で摘まむ。そんな仕草もとても可愛い。


 でもね――彩莉は何も変わっていないんだよ。


 私のことは変わらずのんちゃんと呼ぶし、口数は多くないけど無口になったわけじゃない。

 確かに少しズレたところや抜けたところもあるけど、それはきっと、対人関係を疎かにしていたせいで精神的にまだ幼いからだ。それでも、こうやって一緒に買い物に行けば楽しく会話も出来る普通の女の子なんだ。


 だから、変わったのは彩莉じゃない。


 変わったのは――――彩莉を見る周りの目だ。


 ミステリアスで妖艶な容姿に加え、秀でた学力、秀でた絵の才能。

 そこを押し上げ、神格化し、彩莉を高貴なものとして祀り上げた。

 自分たちとは違う次元に生きている存在なんだと、彩莉を孤立させた。


 そして理人は特に、その傾向が強くある。


 理人に関しては、そう思うことは悪いことだったとは思わない。今の理人があるのは、間違いなく彩莉に対する劣等感があってこそだった。


 でも、そろそろ気付いていい頃じゃないかと思うんだ。

 親が再婚して、本当の兄妹になって、一つ同じ屋根の下で暮らしてる。


 いつまでも、お互いそのままじゃあ苦しいでしょ?


「やっぱり、笑うのって難しい」

「さっき少しだけ笑ってたよ。ほーんのちょっとだけど」

「いつの間にか成長してた?」

「いや、全然だから」


 そんな他愛のない会話で話を流す。


 でもごめんね。悪いけど、彩莉にも理人にもこの話はしてあげるつもりはないんだ。


 二人の問題だし――――これは私が出来る、ささやかな抵抗だから。


「でも、うまく喋れないって割には、このまえ理人と一緒に帰ってたじゃん。腕まで組んじゃってさ」


 私はアイスティーに口をつけながら何気なく言う。


 やはり今日一日彩莉と過ごしてみても、彩莉に変化は見られなかった。だからこそ、あの彩莉の行動に不可解さを感じていた。


 彩莉は一口残ったデザートを見つめ黙っている。


「どういう心境の変化?」


 追い打ちをかけるように、私はもう一言問い詰める。


 彩莉自身も理人と今の関係を変えたいと思っているのは確かだ。それにしても、あの時の行動は大胆過ぎる。大食いキャラカミングアウトするよりもハードルが高いんじゃないかと思う。


 彩莉はついに、持っていたスプーンを置いてしまう。そんなに言いにくいことなのだろうか。


 そして、また暫くして出た彩莉の言葉は、信じがたい内容だった。

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