第10話

 春風が心地よく吹く快晴の空。私は彩莉を連れて最寄りのショッピングモールへと足を運んでいた。日曜日なのでやはり人が多い。私の目的を達成するには、学校帰りに寄れば良かったんじゃないかと後悔した。


 まあ、それでもやり遂げるけど。


 そんな決意を胸に私たちはモール内のアパレルショップへ向かった。


「彩莉。その恰好、暑くない?」


 気温もだいぶ春らしくなってきたのだが、彩莉は厚手のダボっとしたパーカーにスラックスパンツというコーディネートで来ていた。スラックスはいいとして、そのパーカーは部屋着用として買ったんだけど。


「暑い、かもしれないけど大丈夫。のんちゃんが選んでくれた服、着て帰るから」

「高校生になったんだから、もう少し自分で選んでくれてもいいんだけどなあ」

「のんちゃん、私が選ぶといつもダメ出しする」

「だからダメ出しされないようなのを選べるようにならないと、って意味」


 そんな会話をしながらレディースコーナーへ向かう。


 私は理人と違って彩莉とは疎遠になっていない。学校では積極的に声を掛けることはしないが、こうやってプライベートになればちょくちょく二人で出かけるくらいには仲がいい。


 私の言葉でやる気が出たのか、彩莉は率先して服を選び始める。そしてグレーのミニのプリーツスカートを持ってきた。


「これはどう?」

「悪くない、けどどうしてそれがいいと思ったの?」

「涼しそうだから?」

「はい! 15点!!」


 そう。彩莉はファッションセンスが壊滅的なのだ。いや、センス云々ではなく単純に関心がない。そしてその無関心さは服装だけに留まらず、コスメやスキンケアなど女子に必須なオシャレ全般が対象になっている。


 彩莉ほどの見た目があれば何を着ても、化粧をしていなくてもケアしていなくても絶対に可愛い。でもやっぱりそれじゃあ勿体ない!! と私がそこらへんをすべてコーディネートしてあげている、というわけだった。


「まあ、せっかく持ってきたしとりあえず上と合わせてみよっか」


 私は淡い水色のブラウスを選んで彩莉に手渡した。


 彩莉はそれをもって試着室へ入っていく。そしてしばらくすると試着室のカーテンが開いた。


「どう?」

「んんん!!! 可愛い!!!」


 私は叫ばずにはいられなかった。ブラウスとプリーツなんてシンプルだけど、下手に着飾らないぶん彩莉の線の細さが強調されて大変良い。眼福。


「あー……でもやっぱりそのスカートは短すぎるかな? 彩莉にとってはちょっと清楚さに欠けるかも」

「やっぱりダメ出しされた」


 そう言って彩莉は試着室のカーテンを閉めた。


 いや、だってあんなに足出したら世の男どもの視線釘付けですよ。お姉さんはそんなの許しません。ミニはダメ、絶対。


 でもいい感じに身体が温まってきたわ。私の。


 試着室も少しずつ混雑してきた。ここで離れてしまうと並ばなくてはいけなくなる。

 彩莉の着替えが終わる前に、急いで何着か似合いそうなコーデを見繕う。そして息を切らしながら試着室の前でスタンバイした。


「はぁはぁ……じゃあ、次はコレ着てみてね」


 カーテンが開いた瞬間、何着かという表現で足りないような服の束を彩莉に手渡す。さすがに彩莉もその服の多さに一瞬だけ眉間が動いた。


「……着せ替え人形」


 そう一言だけ呟くと再び試着室のカーテンを閉めた。


 いやあ……まあ、そうなんですよねぇ……。


 実際、私は彩莉を着せ替え人形のようにして楽しんでいる。というか彩莉と服を買いに来るときの目的の大半を占めていた。


 だってしょうがないじゃん。可愛いんだもん。


 何着せても似合うし可愛い。でも全部買うわけにはいかない。

 なら全部着せるしかないじゃん!!


 なんだかんだ言って彩莉は着てくれるし、次はどんな可愛い彩莉を見られるのかとワクワクして待つ。


 しかし先ほどより着替えるのに時間が掛かっているようだった。


 またしばらくして試着室のカーテンが開く。


「どう?」

「か……可愛いくない、だと……? これは……ダサい!!!」


 彩莉が着て出てきた服はデニムのジャケットにデニムのスリムパンツの組み合わせだった。両方とも薄色の生地なのに加えて水色のTシャツを中に着ているからなんか全身水色。デニム同士の組み合わせは着こなしが難しいが、それこそ最悪の形で実現させてしまった。


「いや、ちょっと待って! そんな組み合わせになるようには渡してないはずだけど……」

「なんか、バラバラになっちゃって分からなくなった」


 試着室を覗くと私が渡したコーデの原型が分からないくらい服が散在していた。


「同じ生地だからセットなのかと思って」

「うん、まあ、そう思っちゃうよね。でもね、それはセットじゃないんだなあ」

「じゃあ、これとこれはセット?」


 彩莉はチェックのシャツとチェックのパンツを掲げる。両方とも主張が強い柄なので、こんなん合わせて着たら目が痛くなりそうだ。


「彩莉。コーディネートって神経衰弱じゃないんだよ。同じのを合わせればいいってものじゃないの。合わせ方ってのがあるんだから」

「そうなんだ」


 そう言って彩莉は散らばった服を眺める。


「じゃあ、この組み合わせは?」


 彩莉は選んだ黒のタンクトップに薄黄色のブラウスを羽織わせて、今着ているデニムのスリムパンツに合わせた。


「……どうしてその組み合わせにしたの?」


 これは私が想定した組み合わせではない。しかし、全然アリな組み合わせだった。


「色合い」

「色?」

「ズボンのスカイブルーとシャツのカナリーイエローが春らしい雰囲気。アクセントに白かベージュでも良かったけど、黒の方が大人っぽくなるかなって」


 そっか。そういえば彩莉は絵の天才、なんだっけ。色彩センスはさすがだった。


「彩莉。その解答、120点」


 私は親指を突き立てた手をグッと前に出す。


「よかった。初めてのんちゃんに褒められた」


 そう言って、彩莉はほんの少しだけ口角を上げた。


「ちょっと、着てみるね」


 彩莉は試着室のカーテンを閉めた。


 しかしなるほどなあ。色合いかあ。

 そこを重点的に合わせていけば、彩莉は自分で服選びが出来るようになるかもしれない。いつまでも私が彩莉の服を選んでいるわけにもいかないから、そこは早く成長して欲しいところだった。


 それに――――黒の方が大人っぽい、か……。


 これは絶対、意識してるな。そう思うと微笑ましい気持ちになった。


「着てみたよ」


 試着室から彩莉が姿を現す。

 私は叫ばずにはいられなかった。


「ブラウスの上からタンクトップ着ちゃダメええええええええええええ!!!!」


 てゆーかよく着られたな!!


 やっぱり、まだまだ私が面倒見てやらなくちゃいけなさそうだった。

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