第8話

「それでネコよ。どうしてこんなことをした?」


 ネコに取り憑かれた状態の彩莉と帰ることは避けられないので、今起こっている状況の整理と情報を集めることにした。


「どうしてって、ネコはお兄ちゃんと帰りたかっただけニャ」


 ネコはニコニコした表情でさらにぎゅーっと俺の腕にしがみつく。やはり見た目は彩莉なのでその仕草や表情はとても可愛らしい。


「ん? ていうか耳と尻尾はどうした?」


 そう。すぐにネコだと気付かなかったのは今の外見だ。猫耳と尻尾は見当たらないし、髪色だって綺麗な栗色のままだった。


「さすがにこんな大衆の面前であの姿で出てきたらマズいのは理解してるニャ。だから今は普段のイロリちゃんの状態をキープしてるニャ」


 出し入れ自在ニャ、といいながらネコ耳をぴょこんと一瞬出して消してみせた。


「いや、ホントにその理解力の高さには助けられたが……」


 そもそも取り憑くな、という話なのだが、この状況を考えると譲歩できる内容ではある。ネコ状態丸出しだったら、もうどう言い訳していいか分からない。

 今のこの状況をどう言い訳するかを思いついているというわけではないが。


「ただ、普段イロリちゃんの姿をキープするには割と力を消耗するニャ。もってあと20分くらいニャ」

「……それは、20分経ったら彩莉に戻るってこと?」

「そうニャ」

「もうちょーっとだけ頑張れたりしない?」

「それだとイロリちゃんの魂が――――」

「あーいやいや、分かった。無理は言わない。あと20分ね」


 どうしてこうも次から次へと……。


 とりあえず目先の問題はこれか。家に到着するまでどうやってもあと30分はかかる。つまり、途中から取り憑かれていない状態の彩莉と帰らなければいけない、ということだった。


 いや、そこまで一緒にいる必要はないのか。幸い、このネコの霊はかなりの知性を兼ね備えているようだし話し合いは通じそうだ。


「なあ、ネコよ。相談があるんだが、彩莉の姿に戻る前に別れてそれぞれ帰るというのは可能だろうか?」

「ん~? お兄ちゃんがそれを望むのなら可能ニャ」

「そうか! じゃああと15分くらいしたら――――」

「でも、入れ替わったあとのイロリちゃんには前後の記憶がないニャ。イロリちゃんにとっては急にいた場所が変わって混乱すると思うニャ。そんな心細い女の子を一人置き去りにするようなことをしても心が痛まないというのならネコはお兄ちゃんの望む通りに――――」

「あー! いやいや! 今のナシ!! 時間いっぱい一緒にいてください!!」


 するとネコはにゃっは~と笑う。


「そんなにネコと一緒にいたいなら最初から言って欲しかったニャ」


 なんてことを言うが、絶対コイツ最初から全部分かってただろ。ホントにこのネコの霊ってのは何者なんだ?


「と、とりあえず、彩莉に戻る前にはその手を放してくれよ」

「了解ニャ」


 それからしばらく無言で歩く。

 しかし、この無言というのがまずかった。意識を腕から逸らすために何か話題を探す。


「ていうかお前、成仏したんじゃなかったのかよ?」

「前はイロリちゃんに身体を返す、とは言ったけど成仏するとは言ってないニャ」

「じゃあ今回も成仏するわけじゃないんだな?」

「そもそもネコは成仏するタイプの霊じゃないニャ」

「成仏しないタイプとかあんのかよ……。じゃあ彩莉はずっとお前に取り憑かれてるってことか?」

「ずっとってことはないニャ。でもすぐに離れる気はないニャ」

「気はない、ってことはその気持ち次第で離れられるのか?」

「お兄ちゃん質問ばっかりニャ。何か話してなきゃいけない理由があるのかニャ?」


 ネコは両腕にぎゅーっと力を入れて上目遣いで微笑みかける。

 ホントにやめてくれ。彩莉の見た目でそれは反則だ。


「別にそんなんじゃねえよ。普通に重要な情報を聞いてるだけだろ?」

「まあ、そこらへんはまた今度話すニャ。そんなことよりあと5分くらいでイロリちゃんに戻ってしまうニャ。今のうちにイロリちゃんの感触を楽しんでおかなくていいのかニャ?」


 そう言ってネコは俺の腕に胸元を押し付ける。


「あと5分ならそろそろ離れてもいいだろ?」

「ギリギリ攻める方がスリルがあって楽しいニャ」

「そういうの求めてないからマジでやめてくれ」


 ネコはにゃっは~と楽しそうに言うと、さらに胸を押し付けてきた。

 ずっとこの調子だ。ネコは俺の腕にしがみついてきてからというもの、これでもかというほど仕切りなしに胸を押し付けてくる。


 その度、腕に柔らかい感触を感じているのだが――――。


 正直、少し物足りない!


 いや、これは決して彩莉の胸が小さいというわけではない。

 大きいわけではないが、小柄で華奢な体型の彩莉にとっては十分発達していて、やはりそこはグラマラスな母親譲りとでもいうべきか、将来性を感じる膨らみはあるはずだ。


 それでも物足りないと感じるのは、やはりブレザーという厚手の生地が邪魔をしているせいだろう。押し付けられてもあまり柔らかさを感じない。

 でもたまに柔らかく感じる。だから押し付けられると無意識に柔らかい感触を探してしまう。


 いや、ホント無意識っていうか本能っていうか。彩莉に対してやましい気持ちは全くないが、どうしても意識がそっちにもっていかれてしまうんだよな……。


 ああ……こんな下賤な兄を許して欲しい。


 それもこれも全部ネコが悪いんだ。もう少しでこの時間も終わりを告げる。

 っていうか、アレ? もうそろそろ5分経つ頃だよな?

 俺はネコの方へ視線を向ける。


「おい、そろそろ離れないと――――」


 そこまで言って、背筋に冷や汗が流れた。

 俺の腕を掴んで歩いている彩莉は、静かに真っすぐ前だけを見ていた。その表情もすんとしていて動きを感じない。


 いや、もしかしてコレ……彩莉に戻ってない?


 そして黙ったままするりと俺の腕から手を離し、そのまま歩き続けた。


「あ、いや……彩莉? コレは――――」

「……話しかけないで」


 ぴしゃりと一言。こちらは見向きもせず、視線は完全に前へ固定され歩いていた。


 何がギリギリを攻めるだよ。


 盛大に失敗してんじゃねえか!! あのネコ野郎おおおおおお!!!!

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