第2話

「あーーー!! やっぱりわからねーー!!」


 倒れこむようにして、ベッドの上に大の字で仰向けになった。


 兄妹同然に育てられた仲良しの幼馴染。そんなものは小学生の頃までの話。

 今の彩莉とは、どうやってもあの頃に戻れる気がしない。

 さすが孤高の氷姫。何を考えているのかさっぱりわからん。


 とにかく無表情。


 無感情というわけじゃないと思うが、顔色を窺っても全く変化しない。

 怒っているのか悲しんでいるのかもわからず、数少ない声色からも感情を読み取るのは難しかった。


 これからどう接したらいい? このまま距離を置き続けるのがいいのか? いや、それだとこの関係性は変わらない。だったらもっと積極的になるべきか? それはそれで下手すると嫌われることになるかもしれない。


 そんなことばかりぐるぐる考えて、いつまでも答えが出ない。

 まるで雲に手を伸ばしているような感覚だった。

 どんなに伸ばしても届かない。届くところまで行っても、きっと掴むことはできないのだろう。


「小さい頃は俺達の後をついて回ってきていたんだけどなー」


 昔を懐かしむも、今はその面影すら感じられなくて寂しく思う。


「お兄ちゃん!!!」

「あー、そうそうこんな風に――いや、少し元気すぎる気もするなって、え!!?」


 勢いよく部屋のドアを開けて入ってきたのは彩莉だった。


「うにゃああ!!!」


 と言いながら、もの凄い跳躍で飛び跳ね、俺の腹の上にダイブした。


「どぉぅっふ!!!!!」


 腹部に激しい衝撃が走る。


「い、彩莉!? 急にどうしたんだ!?」


 痛みの残る腹部をさすりながら、謎の行動をした彩莉を見る。

 すると彩莉は「ごろにゃ~ん」と言いながら、俺の膝の上で丸くなり、頬を摺りよせていた。


「お兄ちゃん。頭を撫でて欲しいニャ」

「え……? 頭を……? こ、こんな感じか?」


 言われるがまま、そっと優しく頭を撫でる。

 絹の様にサラリと柔らかい髪は、触れるだけで何故かドキドキした。

 彩莉の方はというと、ふにゃ~んとした表情でされるがままになっている。


 ヤバっ! なにこれ、めっちゃカワイイんだけど!!


「本当にどうしたんだよ……こんなネコ耳まで生やして…………って耳?」


 まるでネコのように甘えてくる彩莉の頭に、本物のネコの様な耳が生えていた。

 お尻からはちゃんと尻尾も生えている。

 頭を撫でながら、さりげなくその耳に触れてみた。反応してピクっと動く。


「んな!!!?? なんだよコレ? いや……尻尾も動いてるみたいだし、コスプレ……ってわけじゃないよな……?」


 すると彩莉は身体を起こし――

 ゆっくり顔を近づけ――

 俺の頬を――ペロっと舐めた。

 その瞬間、ザラリとした感触を感じ、全身に鳥肌が立つ。


「っっっ!!!?? 猫舌!!!?」

「にゃっは~」


 彩莉はニヤ~っと笑いながらこちらを見つめる。


「お、お前はなんなんだよ……本当に彩莉……なのか……?」


 姿も声も彩莉で間違いない。


 しかしこの行動はなんだ? 今までの彩莉からは到底考えられないことばかり。

 さらにはネコ耳と尻尾、猫舌まで兼ね備えている目の前の超カワイイ生き物を、もはや人間だと言い切るのも難しい。


「ネコはネコだニャ」

「ネコって……彩莉じゃないのか……?」

「そうだニャ。ネコだニャ」

「彩莉は……どうしたんだよ……?」


 するとネコはう~んと難しい顔をしたあと、何かを閃いたようにパァっと表情を明るくする。

 そして、何か謀ったかのような笑みでこう言った。


「ネコは、ニャんにも知らニャいニャ」


 俺の目の前に、ちょこんと座っている彩莉の姿をした生き物はとても愛らしかった。

 もとの彩莉が身内の贔屓目で見ても超カワイイので、そこにネコ耳を付けただでも既に反則級にヤバイ。


 ただ本当にヤバイのは、現実かと疑いたくなるようなこの状況だった。


「ネコは、ニャんにも知らニャいニャ」


 今度はキリっとしたキメ顔で言う。


「なんで二回言った?」

「ちょっと気に入ったニャ」

「いや、でも何も知らないなんてことはないんだろ?」

「ニャんと!! ネコのことはニャんでもお見通しなのかニャ!!?」

「はあ……そうだったらいいんだけど、正直何も見通せてない。お前は一体何者なんだ?」


 この状況をなんとかするにあたり、少し冷静になって情報を整理する必要がありそうだ。幸いにも、目の前の生き物とは会話が成立しているようだし。


「だからネコはネコだニャ。ニャん度も言わせないで欲しいニャ」

「それじゃあ分からないから聞いている」

「ロシアンブルーニャ」

「あー……うん、まあ彩莉のイメージとその名前の響きは合ってるんだけど、耳も尻尾も毛色違くないか? ロシアンブルーってもっとこう……グレーな感じだと思ってたけど」


 彩莉の綺麗な栗色の髪は純白に染められ、生えている耳や尻尾も同じ白を基調としていた。


「実は雑種ニャ。見栄張ったニャ」

「なんでそこで見栄張るんだよ!! ていうか俺が聞きたいのはそう言うことじゃないからね!!」

「いや~ネコも血統書が欲しかったニャ」


 ネコは楽しそうに、にゃっはは~と笑う。


 その笑顔は、今まで見たことのない彩莉の表情だった。いや、今は彩莉じゃないのか。

 彩莉もいつかはこんなふうに笑えるのだろうか。そう思うと胸の奥が苦しくなった。


「まあ~、ふざけても話が進まないので少しだけ真面目に話すニャ」

「やっぱりふざけてたのか」

「掴みは大事だニャ」

「こっちは余計混乱してるんだが」


 再びにゃっはは~と笑ったあと、少しだけ表情を引き締めネコはいった。


「ネコはオバケニャ」

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