双子の妹が僕の事を好きな様です、親は傍観するそうです

大崎 円

第1話

 何故人は…血の繋がった家族を恋愛対象として見る事が出来るのだろうか?

 世の中を見渡せば、そんな難儀な恋をしている人達なんていくらでもいるのだろう。


 ただ、僕にそれが出来るかと聞かれると…答えなんて決まっている。


 もちろん『ノー』だ。


 そのはずなのに……なぜ僕は高校生にもなってこんな生活を続けているのだろうか?




 おもむろにベッドから起き上がり、僕の葛藤なんて知る由もなく隣で幸せそうに寝ている妹の頬をそっと撫でる。


 他人様からすれば妹と一緒に寝ている事を不思議に思うだろうが、物心ついた時にはこうなっていた。

 それから今に至るのだが、思春期真っ盛りの男女が一緒に寝ると言うのは外聞が悪い。

 普通に考えればやめるべきだろう。


 そんな僕の考えとは裏腹に、この状況をあろう事か両親が認めてしまっているのだ。

 絶対に間違いが起こらないという信頼の表れか、それとも別の思惑があるのだろうか?

その問いの答えはいまだ見つかっていない。


 突然頬を撫でられたのがくすぐったかったのか、『ふへへ』と変な笑い声をあげる彼女の名前は露木碧、僕の妹だ。


 妹は、身内贔屓なしの客観的視点でも美少女だと思う。

 色素の薄い髪、いわゆる地毛茶髪の艶やかな髪が肩の辺りで切り揃えられている。

 なんでも地元で有名な美容師さんに切ってもらっているとかなんとか。


 先日16歳になったばかりの高校1年生。

 かく言う僕も、同じ日に誕生日を迎え16歳となった。


 そう……僕たちは一卵性双生児、わかりやすく言えば双子の兄妹だ。


 その証拠に、容姿はとてもよく似ている。

 違うところと言えば声と髪の長さ、目つきの鋭さ…そして性別の違いによる身体的特徴ぐらいだろうか。


 そんな双子の兄妹なんて本来であれば珍しくもなんともないのだが、妹にはとても人様には言えない欠点がある。

 自分で言うのも自意識過剰みたいで憚られるが、妹は世間一般で言うところのブラコン属性の残念美少女だった。


 いや、正確にはその認識は間違っているのかもしれない。

 たぶん妹はナルシストだ。


 と言うのも普段から身だしなみにかける労力が尋常ではない。

 顔の似ている僕に向けられる好意は、きっと自分自身へ向けたものなのではないかと推測している。


 普段、険しい顔をしている妹も寝ている時はとても穏やかな顔をしている。


「今ですら男女問わず人気だけど、この穏やかな碧を知ったら皆の反応はどうなるんだろうな……」


 いつも険しい表情をしている妹の周りには、なぜか必ず誰かがいる。

 その反面、僕は学校で一人でいる事が多かった。

 別に人嫌いと言うわけでもなければ、世の中に絶望して斜に構えているわけでもない。


「はぁ……僕も碧みたいな人気者は無理だとしても、ちゃんとした友達ぐらい作らないとな。秋月さんとこのまま仲良くなれたらいいな……」


 実のところ、一人でいる事が多かったのはもう過去の話である。

 秋月夢乃、一週間程前に他県から転校してきた女の子。

 色素の薄い僕の髪とは真逆の艶やかな黒髪を眉の辺りで真っ直ぐ切り揃えた、いかにも大和撫子といった雰囲気の美少女だ。


「今日も秋月さん可愛いかったよな。このまま仲良くなっていけば、あわよくば付き合ったりとか出来るかも」


 僕はまだ誰とも付き合った事がない。

 この年なら別におかしくない話かもしれないが、人並み程度には恋愛に興味はある。


 そんな気持ち悪い想像をしていた僕は、暗闇の中こちらを凄い形相で睨んでいる妹に気づかないでいた。




「うう〜ん、蒼……どこ……」


 寝ぼけた様子で僕の名前を呼びながら、手が空中を彷徨っている。

 妹は抱きついて寝るクセがあり、今も無意識に僕を探している様だ。

 だいぶ前に理由を聞いたけど、どうやら安心して眠る事が出来るとの事。

 僕にはそういう感情はないけど、妹には双子特有の何かがあるのかもしれない。


「はいはい、少し考え事をしてただけだからもう寝るよ」


 そう言って布団に入り直す。

 いつもの様にこのまま僕の腕に抱きついてくるのだろう。

 ほら、予想通り。何とは言わないが柔らかな感触が腕に伝わってくる。


「碧、おやすみなさい」


「……さない」


「あれ、起きてたんだ。僕が言えた事じゃないけど早く寝なよ」


 どうやら起こしてしまっていたらしい。

 申し訳なく思いながらも、平日という事もあり早々に意識を手放す為に目を閉じる。


 そこでふと気づいた。

 辛うじて聞こえたさっきの言葉の語尾…なんかおかしくなかっただろうか?


 てっきり『おやすみなさい』って言われたと思ったけど、辛うじて聞こえたのは『さない』だった気がする。

 きっと寝ぼけて『おやすみさない』と言い間違えてしまったのだろう。

 妹のこういうところを可愛いと思ってしまう僕もシスコンなのかもしれない。


「許さない……」


 腕に感じていた柔らかな感触が突然消えた。

本能的に身の危険を感じた僕は目を開く。


「許さない」


 すぐさま僕を見下ろす妹の姿が視界に飛び込んできた。

 何の事?と聞き返そうと口を開こうとするより早く、柔らかな感触を唇に感じた。


「んちゅ……ちゅっ……」


 突然の出来事に、何が起きたかすぐには理解できなかった。

 妹にキスをされているのだ、現在進行形で。

 事の重大さに気づいた僕は、慌てて引き剥がそうとするも妹の抵抗が予想以上に強く押し返せない。


 それを好機と判断したのだろうか、あろう事か妹は拍車をかけて舌まで入れてくる。

 そのままなす術もなく無抵抗のままでいると、暫くして満足したのかそっと僕から離れた。


「蒼、あなたは私だけの蒼なんだから。泥棒猫に蒼は絶対に渡さない」


 えっと…なんか凄く怒ってらっしゃいます?

 いや、そもそも僕は誰かのものではないんだけどな……。

 って、怒ってるかどうかは問題じゃなく、言うべき事はそれじゃない。


「碧、急にどうしたの?一緒に寝るのはいいけど兄妹でキスをするのは流石に普通じゃないよ」


 相手を刺激しない様に、諭すように優しく問いかける。


「何を今更。そもそも普通って何?私は蒼の言う普通なんて知りたくもないし求めてないから」


 不機嫌を隠す事もなく、そう言い放つ妹。


 予期せぬ反撃をされてしまった。

 普通ここは『ごめんなさい』とかそういう流れじゃない?


 親の力を借りたくないけど、妹に道を踏み外させる訳にはいかない。

 きっと今なら間に合うはずだ、心を鬼にして最終兵器を早々に投入する事を決める。


「反省するならこの事は僕達二人だけの秘密にする。でもその気がないなら僕にも考えがある」


 そう言って不敵な笑みを浮かべる僕。


「何その笑っているかよく分からない微妙な顔」


 どうやらうまく不敵さを演出できなかったらしい。


「顔の事はいいから。で、どうするの?謝るの?謝らないの?」


 恥ずかしくなった僕は、強引に話を進める。


「好きにしたらいいじゃない。そんな事してもどうせ意味ないんだし」


「そうか……改心する気はないと。分かった、朝になったらこの一件は母さんに報告する」


「ふんっ、蒼こそ覚悟しておきなさい。もう遠慮はしないから」


 遠慮しないって何?鼻息荒いし、物騒な事言ってますけど……


 時刻は深夜、夜が明ければ平日なので学校もある。

 これ以上は平行線だろうと判断し、今は話を一旦切り上げる事にした。

 リビングで寝ようとしたけど、妹はそれを許してくれなかった。

 先程の出来事なんてなかったかの様に、妹は僕に抱きつき早々に寝息を立て始める。


「母さん聞いたら…驚いて気絶するかもしれないよな。困ったな、どうしようかな……」


 柔らかな感触と温もりを腕に感じ、気付けば深い眠りに落ちていった。




 朝になり、リビングに行く。

 いつもはいるはずの妹の姿は既になかった。


「母さん、おはよう。碧はもう学校に行ったの?」


「用事があると言ってついさっき出て行ったわ。バラバラに登校するなんて珍しいから驚いたけど、喧嘩でもしたの?」


 妹にはあれだけ啖呵を切ったけど、実際に言うとなると躊躇してしまう。


「いや、その……」


「どうしたのよ?喧嘩ぐらい普通でしょ?別に怒らないから話してみなさい」


「…………」


 そう簡単に妹からキスをされたとか親に言える訳がない。

 話しやすい環境を作ってくれていると分かりつつも、つい無言になってしまう。


「別に何聞いても驚きはしないわよ。あなた達の事は蒼以上に知ってるつもりだから」


 母さんの言葉にひっかかりを覚えてしまった。

 僕達の事ってなんだろう?そして僕より知ってるってどういう意味だ?


「母さん、それどういう意味?流石に自分の事は自分が一番分かっているって。僕より知ってるっておかしくない?」


「そう思うなら話してみなさい。蒼の悩み事なんて自分が思うより大した事じゃないかもしれないわよ」


 その言葉にカチンときた。


「じゃ、言うけど聞いて後悔しても知らないから」


 僕の捨て台詞を受けても全く動じる様子が見えない。

 ならいいさ……聞いて驚け!!そして僕と同じ様に苦悩したらいい!!


「昨日の夜、妹に突然キスをされた」


「理由は?」


 ものすごい淡白な反応が返ってきた事に困惑する。

 予想していた放心するとか驚くとかそういう反応ではなかったのだ。


「え?理由…?い、いや、それは分からないけど……えっと、確か許さないって言ってた……様な?」


 予想とは違った展開に怯んでしまい、言葉に勢いがなくなってしまった。


「何を許さないって?」


「分からない。でも…蒼は私だけの蒼とか重い事言ってた気がする」


「なるほどね。蒼、もしかしてあなた最近特定女の子と仲良くなったりした?」


 そう言われて秋月さんの事を思い浮かべる。

 彼女の話はしてないんだけど、もしかして浮かれたりしていたのかもしれない。

 母親というのは意外と鋭いものだな。


「一週間前に転校してきた秋月さんって人と毎日話す様になったかな」


「ああ……なるほど。それは碧としては気が気じゃないわね。もういいわ」


 もういいって何だ?いや、全然良くないし親として他に言うべき事があるのではないだろうか。


「もういいって何だよ!?碧が道を踏み外そうとしてるのにその反応は親としておかしいでしょ。それに僕は…ファーストキスを奪われたんだぞ!?」


「別に減るもんじゃないし、キスの一つや二つで何を大袈裟な。そもそも蒼?あなたのファーストキスなんてだいぶ前に終わってるわよ?」


「…………はっ?」


 衝撃の事実を聞かされて、つい間の抜けた声をあげてしまった。

 それはもしや、小さい頃に『お母さん大好き』とか言ってやってしまうアレの事だろうか?

 もしそうだとしても物心つく前にしてしまったキスなんてノーカウントだ。


「あ、言っておくけど相手は私でも、ましてやパパでもないからね」


 だとしたら相手は誰だ?幼稚園の頃に仲の良かった女の子とか近所に住んでた幼馴染のお姉さんとかその手の話だろうか。

 しかしながら、昔を思い返してみてもそんな存在には思い当たらない。


「えっと……母さん?あの…全く覚えがないけど……僕のファーストキスの相手って誰?」


 おそるおそる尋ねる。


「それ、碧が聞いたら確実に荒ぶるわよ」


 何故妹が荒ぶるのだろうか。は!?それってもしかして…


「その顔はようやく分かったのかしら。推測の通り、ファーストキスの相手は碧よ」


 そう言われたものの、俄に信じ難い。

 そんな僕の様子を察した母さんが、2階に上がったかと思うと一つの箱を抱えてすぐに戻ってきた。


「これ、碧の宝物だから勝手に蒼に見せたのは内緒にしてよ。これフリとかじゃなくて、バレると私もあなたもタダじゃ済まないからね」


 そう言って一枚のディスクを取り出し、テレビの下のDVDプレーヤーに挿入する。




 映し出された映像には……小さい頃の碧が映っていた。


『そーくん、おきて。ねぇ、おきてってば!!』


 その掛け声に反応する事もなく、眠り続けている幼い頃の僕が次に映る。


『もー、おひるをたべたらあそぶって、やくそくしたのに……』


 僕を起こそうと一生懸命揺らしている幼い頃の妹を見て何だか微笑ましい気持ちになる。


「来るわよ…しっかり目を凝らして見ておきなさい」


 感慨深い気持ちになっていた所に、母さんの鋭い声が飛んできた。


『そーくん、おきないとちゅーするよ。3秒だけまつからおきないとしらないからね。3…0』


 おい、妹よ。それ3秒じゃなく1秒ぐらいだぞ。

 というか3秒ぐらいでは、そもそも起きないだろう。


『はい、だめー。では、いただきます』


 妹の顔が寝ている僕に近づき……そのまま二人の唇が重なる。え、重なったの!?


「どう?これで分かったかしら?蒼のファーストキスはこの時よ」


「いや、寝ている時にされても覚えている訳ないし、こんな小さな頃のなんてノーカウントだろ。しかも妹となんて!!」


 僕はこんなのファーストキスとは認めない。絶対に認めたくない!!


「まぁ、そう言いたくなる気持ちも分かるけど……。これ見ても同じ事が言えるかしらね。蒼、あなたと碧ってこれまでに何回ぐらいキスしてるか分かるかしら?」


「えっと…昨日の分と合わせて2回?いやもしかしたら他にも余罪があるかもしれない。分からないけど多分10回ぐらいとかかな」


 僕の答えを聞いた母さんが無言で首を横に振る。

 流石に余罪うんぬんは、碧でもなかったらしい。

 自意識過剰みたいで少し恥ずかしくなった。


「もっとよ」


「へ……?」


 一瞬母さんが何を言っているか理解が追いつかなかった。

 どういう事だ?僕は既に10回以上も妹にキスをされていたのか……。


 というか、本当に何で母さんがそんな事を知っているんだろう。


 内心ではそんな事はないだろうと思いつつも、この不毛なやり取りに終止符を打ちたかった僕は 面倒に思いながらも多めの数を提示した。


「20回ぐらい?」


「全然足りないわ」


 どうやらこちらの想定を遥かに上回る数の既成事実が存在するらしい。

 僕はどれだけ妹に汚されてしまったのだろうか。


「30回?」


「足りなさすぎる」


「40」


「足りなさすぎるって日本語分かってる?少しずつ足さずにもっと一気に行きなさいよ」


 何故か説教される僕。

 妹とのキスした回数を母親に質問されて答える高校生の息子って…これ普通に考えておかしいでしょ。

 そして、少しずつ不機嫌さを露わにしてくる母さん。

 この状況にめんどくさくなった僕は大袈裟な数字を口にした。


 もうどうにでもなれ!!


「100!これでどうだ!」


「育て方を間違ってしまったのかしら。ここまで読解力に乏しいとは……」


 そう言って残念な子をみる様な目を僕に向ける。

 こんな下らない内容でそんな目を向けられた事と妹が僕にしたキスの回数の多さに眩暈がした。

 もう嫌だ……このやり取りを早く終わらせたい。

 そう思った僕は絶対に有り得ないと思われる数字を口にした。


「せ、千……1000だ!!」


 流石にこれはないだろう…。

 言った自分でも流石に引くレベルの数だ。

 母さんを見ると……微笑みを浮かべていた。多すぎると言ってくれ。そして、正解を……


「もっと。もっともっとよ」


 僕の中で何かが音を立てて崩れた。


「ちょっと待って。どう考えてもおかしいだろう。そんだけされて何で僕が全く知らない訳?嘘をつくのもいい加減にしてくれ」


 痺れを切らした僕は母さんに詰め寄る。

 母さんは無言で一枚のアルバムを差し出してきた。

 そのアルバムを開くと……日付と共に僕と妹がキスをしている写真が視界に飛び込んできた。


「え?何これ?日付は……先月?朝と夜?どういう事だ……1日2回もしてたのか……?」


 パニックに陥った僕は、つい思った事を口に出してしまう。


「蒼……こっちを見て」


 そう言って箱の中を見るように促された。

 箱の中には似たようなアルバムが何冊も入っていた。


「この箱の中身と同じアルバムが碧の部屋にはまだまだあるの。さっき見せた昔の動画……あの日から今までの月日の分が。たまに一枚しかない日があるでしょ?それの意味が分かるかしら?」


 指摘されて注意深く見ると、確かに一枚しかない日もある。

 確かに不自然ではある。だけど圧倒的に二枚の日が多い。


「分かってないみたいね。一枚しかない日は、蒼が碧より先に起きた日よ。思い返してみて、あなたが先に起きた日は、碧の機嫌が凄く悪くなかったかしら?」


 言われてみれば、確かに思い当たる節がある。

 あれは朝食を先に食べていたからだと思っていたが、どうやら違ったらしい。


「おはようのキスが出来なかった日の碧は正直私でも怖くて話しかけられなかったわ。それなのに蒼は『朝食を先に食べたぐらいで怒るなよ』とか的外れな事を言うから気が気じゃなかったのよ」


 母さん、娘に対してそんな弱気でどうするんだよ。

 自分の子供が兄弟で恋愛とか…うまくいってもいかなくても、どっちに転んでも誰も幸せにならないだろう。それに世間様の目だってある。


「母さん、流石に兄弟での恋愛はアウトでしょ。親としてそこは止めようよ。僕は碧に対してそんな感情は抱いてないからさ。碧がこれ以上道を踏み外す前に止めないと」


「いやよ、碧に呪われたくないもの」


「呪うとかそんな大袈裟な……」


 僕の反論に母さんは無言のまま、首を何度か横に振り大きな溜息を吐いた。

 僕に対する行為を考慮すれば、そう思うのも仕方ないのかもしれない。


「今でこそ手伝わなくなったものの、考えてみなさい。なんでそんな小さな頃の記憶が写真として残されていると思う?」


 言われてみると確かに幼い頃の妹がこんな写真を残せるとは考えにくい。


 別に協力者が……はっ!?まさか……


「協力者は私。もちろんこの事はパパも知ってるわ」


「…………」


 倫理観がズレていたのは、妹だけではなく両親もだったらしい。


「思春期真っ盛りの2人には、何を言っても無駄だろうから止めはしないけど、まだ学生なんだから避妊だけはちゃんとしなさいね」


「…………」


「もうちゃんと聞いてるの?避妊だけはちゃんとしなさいね」


 大事な事なので二回言うみたいなノリ……そもそも妹とそんな関係になる訳ないだろう。

 ブチッと……僕の中で何かが切れた音がした。


「どこの世界に血の繋がった自分の息子と娘を人様に言えない様な関係にさせようとする親がいるんだよ。どう考えてもおかしいだろうが!!」


「蒼……あなたは碧の事嫌いなの?」


「いや、そういう訳じゃ……」


 寂しそうに問いかける母さんの姿に、込み上げていた怒りが霧散してしまった。


「頃合かもしれないわね。蒼、あなた今日は学校を休みなさい。真面目な話があるの」


 そう言って母さんは、僕の返事を聞かずスマホを片手に立ち去ってしまった。

 どうやら僕に拒否権はないらしい。


 待つこと数分、二冊のアルバムを持って戻ってきた。

 アルバムの背表紙には、僕と妹の名前がそれぞれ書いてある。


「昔見せたことがあったわね。覚えてるかしら?」


「覚えてるよ。それがどうしたの?」


「まずは見てちょうだい。話はそれからよ」


 まずは自分の名前の書かれているアルバムを開き写真を確認する。

 最初のページには両親と生まれてきたばかりの僕が三人で写っていた。


 続けて妹のアルバムを確認すると、これまた同じ構図で三人が写っていた。


 へぇ、僕達は生まれた頃からそっくりだったんだな。


「見比べた感想は?」


「僕と碧は赤ちゃんの頃からそっくりだったんだね」


「そうね、私達も驚いたわ。あの頃はこんな奇跡のような偶然を与えてくれた神様に感謝したわ」


 神様とか大袈裟だな。そもそも一卵性の双子なんだから似てて当たり前だろう。


「ねぇ、何か気づいた事はない?」


 再度問いかけてくる母さんの声が僅かに震えている様に聞こえた。

 他に見るべき点があるのだろう。


「…………」


「察しの悪い子ね。ほんと誰に似たのかしら……」


 余計なお世話である。

 うーん、どこにである家族写真の様にしか見えないけど……四人で写った写真が…見当たらない?


「ねえ、何で僕と碧が一緒に写った写真がないの?」


「ようやく気づいたのね。先に答えを言うと、四人一緒の写真はないわ。でも見て欲しいのものがあるの。これしかもう残ってないから大切に扱ってね」


 そう言って封筒から取り出した一枚の写真がテーブルの上に置かれた。

 二組の男女が左右対称に並んだどこにである構図だったが、一つ問題があるとすれば二組の男女が同じ顔をしていた事だろう。


「父さんと、母さんが二人……これって合成写真?」


「普通はそう思うわよね。でもそうじゃないわ。私達六人で撮った写真よ」


「六人……」


 僕達は四人家族だ、となるとこの二人は誰だ!?何故父さんと母さんと同じ顔をしている……まさか!?


「混乱する気持ちは分かるけど、冷静に聞いてちょうだい。私とパパもね双子だったの。双子同士が結婚して、それぞれ子宝に恵まれたの」


「それぞれ……という事はまさか!?」


「そうよ、蒼と碧は本当は兄弟じゃないの。あなたは私の姉夫婦の子供だったのよ」


 絶句……両親が双子だった事も驚いたが、僕が親だと思っていた人達が本当の親ではなかったという事実に頭が真っ白になった。


「あなたの本当の両親はね?とても素敵な人達だったわ。発展途上国の人達の為に尽力して、多くの方から慕われていたわ。でも、日本に一時帰国した際に事故に巻き込まれて……そして……」


 泣き崩れる母さん。

 その姿に胸が痛んだ僕に、話を続けてくれと言う勇気はなかった。





「落ち着いた?」


「取り乱してごめんなさい。えっとその……」


「もういいよ。事実がどうであれ僕の親は父さんと母さんだからさ」


「蒼……」


「一つだけ確認させて欲しいんだけどさ?僕は二人とは血が繋がってないんだね」


「あなたの言う繋がりの定義が分からないけど、血は繋がってるわよ。もっと言えば、写真を見て分かったと思うけど私達夫婦はどちらも一卵性双生児の双子だった。一卵性双生児のDNAは同じはずだから、私達と蒼は実の親子に近いんじゃないのかな?」


 説明がややこしくて、理解が追いつかない。

 双子同士の結婚、DNA、血の繋がり……しっかり知っておきたいと思うものの、もっと気になる疑問が浮かんだ。


 僕と妹の関係って何だ?この場合って従兄弟なのでは?


「母さん……一つ聞きたいのだけど僕と碧はもしかして兄弟じゃなく従兄弟?」


「今は養子として迎えているから、法律的には兄妹よ。でも本来なら従兄妹になるわね」


「そっか……ついでに聞いておきたいのだけど、僕と碧がそっくりなのは何故?」


「それは神様に聞いてちょうだい。私達の方が知りたいぐらいよ」


 僕らがそっくりなのは偶然だったらしい。


 元々が従兄妹という事であれば、結婚できる関係という事になるのだろうか?

 そして妹は既にこの事実を知っていた?そう考えれば妹の行動に説明がつく。


「もしかして碧はこの事を……」


「知らないわよ、言ってないもの」


 僕の推測は音を立てて崩れた。


「……えっ?実の兄妹と思ってるのに僕にあんな事を!?」


「そうよ、もしもあの子がこの事実を知ったらどうなると思う?今の状況からは想像出来ないけどもしかしたらアレでも自分を抑えてるかもしれないでしょ?」


「確かに……。いやでもさ?むしろ実の兄妹と認識してる方が問題なんじゃないのか?」


「言いたい事は分かるけど、そんなに無碍にしないであげて欲しいの。あの子は本気であなたの事が好きなの。きっと気づいてないだろうから、少しだけ聞いてもらえる?」


 母さんが改まった態度になったので、反論する事を止めた。


「碧っていつも不機嫌そうにしているでしょ?あれってどうしてか分かる?」


「もう見慣れたから気にした事ないけど、何か理由があるの?」


「本人としては、不機嫌そうにしているのは男避けのつもりみたいよ。あとあなたに近づく女の子を警戒して、私怖いですアピールってところかしら」


「…………」


 そんな理由が隠されていたとは知らなかった。


「次に、あの子の身だしなみにかける時間。家族から見ても異常だと思わない?あれについてはどう思ってる?」


「自分大好きのナルシストなのかとずっと思ってた」


「それ絶対に碧の前で言わないでね。私を犯罪の被害者と加害者、両方の親にしないでね」


 とても物騒な事を言われた。


「あれも本人からすると、自分をよく見せる事で女としての格の違いを周りの女の子に見せつけて蒼に近寄らせない様にさせる為と…あとは単純にあなたに可愛いと思って欲しい女心からよ」


 事実を知らされた今だからこそ、その言葉に納得出来た。

 僕の知らないところで、努力をしていた事実を知り後ろめたい気持ちになった。


「だからこれだけは本当に守ってね。避妊だけはちゃんとして」


「うん、そうだ……って違うだろそれ!?」


 どうしてそこに戻った!?少し感動してたのに台無しだ。


「だから、僕はそんな事はする気ないから」


「さっきから誤解してるみたいだけど、私は蒼がそんな事を自分からすると思ってないわ。心配なのはあなたが襲われないかどうかよ」


 いやいや流石にそこまではしないだろう。しないよな?


「この事をずっと黙っていた事から察するに碧もどこかで後ろめたい気持ちがあったはずなの。それをついに打ち明けてしまった、多分もうあの子にあったブレーキは壊れてしまっている。最初に言っておくけど、私はこの件に関しては傍観するからね」


「いや、そこは親として止めるところでしょ?」


「可愛い娘の初恋、しかも法律的にセーフっぽいし……仮にアウトでも私は全力で応援するわ。あの子は絶対に避妊とかしなさそうだから蒼にお願いしてるの」


 言ってる事が滅茶苦茶である。

 これはもう自分でなんとかするしかないのか……。


「あ、先に言っておくわね。童貞卒業おめでとう!!」


 親指を立てて、そんな事を言う母さん。

 この家にはまともな人は僕以外に居ないと悟った瞬間だった。


 その後、母さんの預言していた通りになった。

 あのカミングアウトの日から妹は僕に対する一切の遠慮がなくなった。


 親の目を気にせずキスをねだる様になったし、拒むと泣く。

 そんな日々が続き結局僕が折れる事になり、家の中限定ではあるが妹から求められたらキスをする様になった。


 例の秋月さんとは、完全に疎遠になってしまった。

 妹との関係を後ろめたく思った僕が距離を取ってしまったからだ。

 話す事は無くなってしまったが、それでも時折彼女からの視線を感じる気がする。

 これはきっと僕の願望がそう思わせているのだろう……。


 そして今、僕はまたキスを求められている。どこで?それ聞いて誰得なんだよ。


お風呂で妹の身体を洗っている最中ですが、何か問題ありますか?

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