第10話
午前の授業はつつがなく終了し、昼休みを告げる鐘が鳴る。
教室内が慌ただしくなる中、俺は持参してきたパンを取り出す。
無駄に腹に詰めたらその分出る量も増えてしまう気がして、俺の昼食はいつも少ない。
小サイズのペットボトルのお茶に総菜パン一つ。
それをサッと食べ終えたら今日は購買に行かなくてはならない。暑くなる前にジャージの替えをもう一着用意するつもりだったのだ。
そんな風に、一人脳内で昼休みの行動を確認していたら……
「あはははっ! マジでウケるんだけどー!」
甲高い笑い声が教室中を震撼させる。
周囲の大人しいクラスメート達がびくりと肩を震わせるのが気配で分かった。
横目で窺うと、教室最後部のリア充軍団が騒いでいた。
「でさー。あんましつこいからキレてやったわけ! そしたら」
そのなかで際立つのが標準語で話す女子の一派。机の上に腰かけたリーダー格は髪を微妙に脱色していて、俺の婆ちゃんが見たら不良って認定するレベルだ。
「あはは。西崎らしいな」
「もう、風晴。そーゆー事言うの、マジでやめて」
その中には諌矢もいて、ギャルっぽい女子生徒の会話の相手をしている。
「本当、有り得なくない?」
ボヤきながらも、嬉しそうな顔のギャル系女子。
方言混じりのイントネーションで皆が会話する田舎では、標準語はイレギュラーな存在だ。
小学校時代、東京から転校してきた子が言葉遣いをからかわれていたのを覚えている。
しかし、今この場では彼女の標準語を笑う者は一人もいない。
寧ろ、田舎では疎まれがちな標準語のイントネーションを率先して使い、周囲の雑音を黙らせ、どことなくイケてる言葉遣いだというスタンダードまで与えている。
まさに教室の女王。大人しい生徒達は彼らの周りで小規模なグループを形成して、静かに談笑しつつ昼食を摂っている。
まるで、大国の威光にひれ伏す近隣の小国のようだ。
「よう、一之瀬。メシでも行かないか?」
そんな事を考えていたら、視線に気づいた諌矢がグループから抜けてこちらにやってくる。
「何だよ、諌矢。お前いつもあいつらと一緒に学食行ってるじゃないか」
諌矢は掃除の班が一緒なのもあって、その繋がりで仲が良い。
だが、基本的には彼らリア充グループと行動を共にしている場合が多いのだ。
「俺は夏生がクラスに溶け込めるように気を利かせてるんだけどなあ」
さりげなく距離を詰めるように俺の名前を呼ぶ諌矢。
「――ねっ? 江崎さん?」
不意に、諌矢はすぐ後ろでランチを楽しむ女子の小グループに会話を振る。
「え!?」
イケメンに話しかけられて驚き半分、嬉しさ半分の顔の江崎さん。ショートカットをふわっと揺らしてはしゃいでいる。
俺からプリントを受け取る時の無表情が嘘のようだ。
「なあなあ。夏生って酷いんだぜ? 江崎さん達はいじめられたりしてない?」
諌矢は声音を変え、柔和な笑みを浮かべて、江崎さん達に問いかける。
「なつきって……ああ、一之瀬君? 良い人だし。大丈夫だよ……ね?」
「う、うん!」
江崎さんは小動物みたいに小刻みに頷きながら、隣の女子にも同意を求める。
何で俺、二人に怖がられてる風なんだろう。
なによりも、『いい人』って言ってくれる割にこの人達、普段一切コミュニケーション取ってこないんだよね。
そんな、殆ど接点の無い相手を『いい人』って言いきれる理由が分からない。
「風晴ー!」
不意に、馬鹿デカい声が放たれる。
自然と向けられた視線の先には、先ほどのリア充大軍団。その中でもひときわ目立つ大きなガタイの男子生徒が諸手を振っていた。
「学食行かねえの~?」
諌矢は気だるげに手を上げながら、俺の方を見る。
「俺が同席しても浮くだけだよ。諌矢一人で行ってきなよ」
彼らと一緒に行ける訳が無い。首を振って返すと、諌矢は少しだけ寂しそうに笑う。
「じゃあ、夏生。次こそは一緒に行こうな。江崎さん達も、またねっ」
そう言って人好きのする笑顔で手を振りながら去っていく。
諌矢の背中を見送る江崎さん達は仲間内ではしゃぎ始めた。何この反応。
諌矢は基本的に陽キャラでコミュ力もあるから、女子の輪にも平気で入っていける。
おまけに、様々なグループにも顔が利く。あのリア充軍団だけでなく、おとなしめ男子の小集団や同じ部活で固まった内輪感バリバリのグループとも上手くやっている。
「今日は牛丼だっけ。俺二杯いっちゃおっと」
「須山。お前本当バカだな。午後体育だぞ? 腹壊すって」
合流したリア充大軍団は、頭の軽そうな会話をしながら、廊下に出ていった。
「――くそ、あいつら。好き勝手言いやがって」
特に牛丼を腹壊すだけ食ってやるぜとか息巻いていた須山。お前の発言は、腹痛で悩み続けている俺のメンタルには相当効いたぞ。
怒りから来るお腹のモヤモヤ感に耐えながら、一団が完全に遠ざかるのを待った。
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