Chapter 6  ディーア

 時刻は夕方、オレンジ色が空を覆う頃。2日目の野宿をすることになったパーティメンバーはそれぞれ夕食の準備に勤しんでいた。アルマはディーアと共に夕食の材料を探していた。


「どっかに美味そうな肉いねーかなー」


 キョロキョロしながら獲物を探すディーア。しばらく歩いているが、食べられそうな動物は一匹たりとも見当たらなかった。

 突如、物音が微かに響く。姿勢を少し低くし、腰の剣に手をかけて構えるディーア。木陰から現れたのはまたもやオークだった。スピナーと一緒の時に会った個体とは違い、屈強で強そうなオークだ。

 こちらから襲わなければ、何もしてこない。スピナーはそう言っていた。しかし、ディーアから今にも剣を抜くつもりの気迫を感じた。今やっているのは食材探しだ。食べられない動物をわざわざ襲う道理はない。アルマは急激に背筋が凍る感覚に襲われた。


「た、食べる気!? オークを!? やめよう! 人型で言葉を話す生き物はさすがに食べれないッ!」


 涙目に必死に訴える。ディーアは特に残り惜しい様子もなく、すんなり構えを解いた。


「相棒がそー言うならやめるか。正直、大して旨くない上に解体メンドーだしな」

「食べたことあるんだ……」


 戦う意思がないことを確認したオークが口を開く。


「人間ナンカ不味クテ食エタモンジャネェ。コッチモ戦ウ気ハネェゾ」

「んー、でも、1戦やってみてーな。オッサン強そうだし、面白そーだ」

「人間ノ若造如キ二倒サレル気ハネェヨ。……獲物ナラ、アッチ二『マウントバイソン』ガ居タゼ」


 森の奥をその太い腕で示す。二人は穏便に感謝を告げて、示してくれた方向へとずんずん歩いて行った。道すがらディーアに尋ねた。


「ねぇ、ディーアってなんでそんなに戦うのが好きなの? 強くなりたいから?」

「そりゃーそうよ、オレが目指すのは『世界最強の剣士』だからな!」

「……『世界最強の剣士』ってどうやってなるの?」

「そりゃ『世界最強の剣士』に勝ったら、だろ」

「……『世界最強の剣士』って誰?」


 その場が沈黙に包まれる。何をもって『世界最強の剣士』足り得るのか。その解答に最重要な要素をディーアは持ち合わせていなかった。しかし、「多分こうであろう」という曖昧としたものなら、浮かび上がっていた。


「あーっとな、一応魔王倒したらなれるんじゃね-かなって思ってる。もし『世界最強の剣士』が魔王軍なら、この旅のどっかで絶対戦うことになりそうだろ?」

「そこで倒せばいい、と。もし『世界最強の剣士』が人間なら?」

「もし人間で、もしソイツが魔王より強いなら、もうとっくに魔王を斬ってると思うんだよなー」

「なるほど。だから魔王が生きているということは――」

「いたとしてもソイツは魔王よりは弱い。つまり、オレが魔王に勝てばオレが最強だ!」


 どや顔で決めるディーア。確かに理にはかなっている。いるかは分からないが『世界最強の剣士』が魔王軍と人間との争いに関与しない立場でなければ、の話ではあるが。アルマは納得すると共に、1つ疑問を覚えた。


「それって魔王と1対1が前提になってない?」

「……ホントだ! まぁもし、オレら全員で倒したとしても、オレは満足してそーだけどなー。満足できなかったら……、あれだ、最強剣士大会でも開こう。そこでオレが勝てば万々歳だ!」

「1対1にはこだわらないんだね」

「『世界最強の剣士』と同じくれー重要なモンがあるからな」

「?」

「勇者の最高の相棒であることだ! 最強な上に絶対の信頼を置ける相棒。サイコーにかっこいいと思わねーか!?」


 キラキラした笑顔を見せる。心から背中を任せられる相手。人とそこまでの関係を築いたどころか、まともに友人とすら付き合ったことのないアルマにとって、それはあまりに眩しすぎた。しかし、確かに惹かれる物をそこに感じていた。




 そうこう話をしているうちに、目的の獲物を発見した。牛と猪を8:2で混ぜたような2〜3mにもなる、屈強で鋭い2対の角が生えた茶色の生き物が、むしゃむしゃと地面に生えた草をむさぼっていた。

 

「相棒!」


 突然、剣を鞘ごとアルマに放り投げた。何とか受け止めたアルマは戸惑いの表情で見つめた。


「オレはオマエの相棒で、オマエはオレの相棒だ。『世界最強の剣士』の相棒が、剣で牛1匹倒せねーってのは恰好がつかねー」


 口笛を吹くディーア。その音にマウントバイソンが反応した。


「何より勇者って言ったらやっぱ剣だろ! てことで、アルマ。アイツを剣で倒せ! もちろん魔法はなしだ!」

「……ゑ? 僕今怪我してるんだけど……」


 軽々と近くの木の上に昇るディーア。残されたのは左腕が包帯で巻かれた青ざめた勇者と、その勇者を息を荒げて睨むバイソンだけだった。

 咆哮するバイソン。角を突き出し、突進する。


「ちょッ!」

 何とか回避するアルマ。木の上から声が聞こえてくる。


「それ直撃喰らったら、フツーに死ねるから気を付けろー」

「他人事だと思いやがっうぁああッ!」


 二度目の突進もギリギリで避ける。さらに後退しようとしたが、背後に生えた太い木がそれを許さなかった。


「戦いの基本は相手をよく見ることだ! 相手は直進しかしてこねーぞ!」

 

 ディーアの言葉通り正面を向き、剣を抜く。怪我をしている左手を添えるように両手で握り、剣先を真っすぐバイソンに向ける。バイソンは激しく鼻息を鳴らし、隙を伺っているようだった。

 背水の陣ならぬ、背木の陣。もう逃げ道はない。第一、動物ごときに逃げ腰でどうする。心の中でアルマは鼓舞した。

 けたたましい鳴き声を上げるマウントバイソン。わき目もふらずに突撃する。

 凝視し続けるアルマ。ぶつかるギリギリで右に飛んで回避する。大木に衝突するバイソン。アルマは着地した脚に力を込め、全身をバネのようにして飛び掛かる。突き出す剣。その刃はバイソンの首を貫いた。バイソンにもがく隙も与えず、目一杯剣を差し込むアルマ。深く差す程、大量の血が噴き出し、バイソンの動きは弱々しくなっていく。ついに、その巨体は地面に倒れた。

 アルマは血だらけの顔を、振るえる手で拭う。木から飛び降りたディーアは笑顔を浮かべて、ゆっくり拳を突き出す。それを見たアルマも軽く笑みを返し、拳を突き合わせた。

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異世界に呼ばれたら80億の魔力を渡されて魔王を討伐することになった件 関数f(r) @function_R

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