Chapter 22  プラム先生

 辺りに響く破裂音。それを鳴らした本人もその臣下も忽然と姿を消していた。二人は駆けていた足を止め、キョロキョロと辺りを見渡す。


「どこ行った……!?」

「……どこにも気配がしねー。あんなゾッとする威圧感を見失う訳ねーんだけど」


 その時、アルマの頭の中に一つの解が浮かんだ。


「……帰った?」

「帰った!? あの流れで!? それじゃあ、魔王はただ煽りに来ただけじゃねーか。許せねー」


 ご立腹のディーア。彼に弱々しい擦れた声でアルマが呟く。


「許せないのは事実……。だけど……、帰ってくれて……よかっ……た……」


 電池が切れたようにパタッと地面に倒れるアルマ。その身体は限界などとうに超えていた。むしろ今まで立っていたことが奇跡そのものだった。

 瞳を閉じ、今にも途切れそうな呼吸を続けるアルマに駆け寄るディーア。


「おい、相棒!!」


 その瞬間、強烈なめまいがディーアを襲う。それもそのはず。身体を袈裟斬りにされて、出血を止めずに動き回れるよう人間は作られていない。


「クッ、オレも血が……!」


 崩れるようにアルマの横に伏せる。風だけがその空間で静かに動いていた。




 真っすぐ最高速度で駆けるスピナーとプラム。その視界に土壁が映りこみ始めた。


「見えてきた! 先生、あの壁の向こうだ」

「すごく硬そう」

「どうする? グランドであの壁に穴を空けられるくらいには魔力は回復している」

「大丈夫。蹴破れる。それより、私がさっき言った通りに動いてね」


 表情を曇らせるスピナー。


「先生がクロニスを止めている間に、あいつ等を速攻で回収して撤退。そのまま隣の村まで村人全員で逃走。分かってはいるが……、本当にいいのか?」

「うん。ディーアはもちろん、指輪の勇者も絶対死なせちゃダメ。私の命に代えても」


 覚悟を決めた先生の表情を見て、胸の奥でつっかえていた疑問を打ち明けた。


「……先生にとって、俺達と指輪の勇者って何なんだ?」


 きょとんとした顔をする先生。数刻考えた後、優しい口調で答えた。


「……希望かな?」


 そんなやり取りをしている間に土壁は目の前まで迫っていた。壁に向かって加速するプラム。


「行くよ! はあああっっ!!」


 速度と全体重が乗った飛び蹴りが壁を貫く。土壁は着弾点を中心に激しい音を立ててバラバラに崩れ去った。そのまま壁の内側に滑り込むプラム。辺りを見渡しても、その目に四護クロニスは映らない。映ったのは地面に倒れた二人の青年だけだった。


「クロニス、どこ……!?」


 作戦通り、倒れている二人に素早く駆け寄るスピナー。容態を確認するなり慌ただしく叫んだ。


「先生、こいつ等すぐ手当てしないと命に関わる! あの野郎がいないなら運ぶの手伝ってくれ!」

「……うん、分かった」


 




 ハイド村での魔王軍襲撃事件。村民138人の内、死者32名。幹部グリムフォードを含む魔王軍45名全滅。幹部、四護、そして魔王まで現れたこの闘争は、優勢だった四護クロニスと魔王二ーヴの失踪という歯切れの悪い結末で幕を閉じた。

 勇者アルマと剣士ディーア。虫の息だった二人は、迅速な搬送と適切な処置によって一命をとりとめた。


 アルマが目を覚ましたのは襲撃から2日後の昼だった。

 目をこすりながら、ベッドに寝かされていた体を起こす。


「ここは……?」


 アルマしかいないその部屋の景色に見覚えがあった。修道院の一室。止まるところのなかった自分に貸し出してくれた部屋だ。

 布団をめくり、ベットから降りようと手をついた時、激痛が走った。痛みの源は左手。指先から肘まで、キッチリと包帯で固く巻かれていた。全身を確認するアルマ。左腕を除いて、戦いの傷はどこにも見当たらなかった。

 左手はクロニスの必殺技をまともに受けたはず。本来ならその場で挽き肉になっていてもおかしくない。それが「痛い」程度で済んでいるのは治療のおかげだろう。


 部屋の扉がゆっくりと開く。ドアノブを捻ったのは、白髪メガネの女性で指程度の長さの棒を咥えていた。その棒の先からは細く煙が上がっていた。アルマが目覚めたのを確認すると、咥えていたタバコを白い手袋で包まれた指で摘まむようにして口元から離し、懐から取り出した袋の中に入れた。


「あ、おはよう」

「お、おはようございます」

「あ、ゴメン。今お昼だから『こんにちは』だった」

「先生、違う、そうじゃないですわ」


 プラムの後ろから聞こえる声。先生を押しのけるように明るい顔で部屋に入ってきたのはガーネットだった。


「アルマ、目が覚めたのですわね! 体調はどうかしら?」

「特に問題ないです。左手が痛いこと以外は、ですけど」


 アルマは左手を左右に振ってアピールした。


「その腕は中途半端に”ヒール”かけると跡が残りそうでしたわ。なのでまとまった魔力が回復した後、上級の回復魔法で一気に治しますわ」


 特に回復魔法が得意なガーネットは、襲撃中はもちろん、襲撃後もずっと村を駆け巡り、回復魔法をかけて回っていたそうだ。その行いのため、傷が深い左腕に傷跡が残らないような強力な回復魔法を使う魔力が残っていないのだ。アルマは心の底から責めるつもりなどなかった。


「ガーネットが治してくれたのですね。ありがとうございます」


 丁寧に感謝を述べるアルマ。しかし、その言葉を受けた彼女は不服そうな表情を見せた。


「別にいいですわ。それよりディーアとは随分仲良くなって、相棒と呼び合っているのに、私には他人行儀なのなんでかしら? これから旅をする仲間ですのに……」

「そうだ、ディーア! ディーアは無事なんですか!?」

「ディーアなら今朝目を覚ましましたわ。そもそもアレが死ぬわけないですわ」

「よかった……」


 肩をなでおろす。直後、先ほどの彼女のある言葉に遅れて違和感を感じた。


「旅をする……?」

「それについては私が話すよ」


 一つに真っすぐ束ねた白い髪をたなびかせながら、アルマの知らない女性が割って入ってきた。


「あなたは?」

「プラム=キャンドル。ここで先生やってる。話はディーアとスピナーから聞いたよ。指輪の勇者アルマ、これからよろしく」

「よろしくお願いします」


 度々話に出てきた『先生』、それがこの人なのだろう。見た目は30前後だろうか。どこか抜けているところのある女性だった。

 部屋に一つだけある椅子に腰かけると、急に口籠るプラム先生。どうやら言葉を選んでいるようだった。


「えっと……、お待ちしていました?」

「……ゑ?」

「先生、話を飛ばし過ぎですわ」


 意味が理解できずに固まるアルマを見て、すぐさまガーネットが介入する。一息ついて落ち着くプラム。そして、その言葉の真意を丁寧に語りだした。

 

「10年前、私とローズが魔王軍によって住む場所を奪われた人達を集めて作った避難所、それがハイド村。みんなそう思ってる。でもそれはおまけにすぎない。本質はこのワーテルストフ修道院。この修道院は、指輪の勇者と共に戦う者を育成する場として作ったの」

「私も先ほど聞くまで知らなかったですわ」

「これは私とローズの秘密だったからね。今日まで誰にも教えてない」


 開いた口が塞がらないアルマ。指輪の勇者のために育てられた少年少女。それがディーアやスピナーの正体だったのだ。このハイド村にたどり着いたのは運命か、それともシトリーの策略か。その真偽は分からない。確実に言えるのは、自分は間違いなく幸福である、という事だった。

 ただ、一つ気になる点がある。なぜ指輪の勇者を知っているのか、だ。それについて推案する前に、仮説が既に口から飛び出ていた。


「もしかして、自分以外の指輪の勇者に会ったことあるんですか!?」


 プラムは小さくうなずく。しかしその表情は決して明るいとは言えなかった。


「……会ったことはないけど、知ってるよ。ふらりと現れ、勇敢に戦い、そして儚く散っていった」


 口をつぐむアルマ。その生き様はクロニスが話していた通りの指輪の勇者そのままだ。何十人と散っていった指輪の勇者の……


「『自分がいなくなっても次の勇者が現れる』。それが最後の言葉だった」


 会ったことはないと言ったが、まるで共に生き、実際に見取ったかのような話しぶり。もしやプラム先生とローズ院長は先代指輪の勇者の仲間だったのではないか。そんな考えがアルマの頭をよぎったが、言葉にすることは控えた。

 

「だから私はそれに賭けることにした」


 希望を秘めた瞳でアルマを見つめる。部屋に清新な風が駆け抜ける――


「そして10年の時を経て今、目の前に勇者が現れた……!」

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