Chapter 21  戦争開始

 驚きを隠せず、目を見開くクロニス。それは刃折れの剣を弾いたことに対してではなかった。

 もうすでに左腕は使い物にならない。全身ズタボロ。動くことはおろか意識を保っていることすら不可能なはず。さらに、幾多もの戦場を切り抜けた四護だからこそ一振りで見抜けたが、その太刀筋は素人そのもの。しかし、目の前の勇者は相棒を助けるため、身体に鞭を打ってその剣を手に取った。その事実に驚倒したのだ。

 

 振り抜いた剣を返し、二撃目に転じるアルマ。 しかし、悠々と後ろに大きく下がった魔族にその刃が届くことはなかった。

 突如、身体がふらつく。杖のように剣を地面に刺して立てて、アルマは何とか立ち姿勢を保った。一方、ディーアは血に濡れた身体を無理やり起こし、ゆっくりとその足で歩く。その手には屠竜が握りしめられていた。

 そして二人が並び立ち、真っすぐクロニスに剣先を向ける。限界を超えた外傷。今にも消えそうな命の灯。端から見れば、二つの死体が立っているようにすら見える。しかし、二人のその目には燃え上がる灯があった。


「僕達はまだ戦えるぞ……!」

「オレ達はまだ戦えるぞ……!」


 瀕死に似合わぬ圧倒的な気迫に口角を上げ、目をギラつかせる男。その高揚感が、無意識に腰に差した愛剣へと手を伸ばさせた――




パチ、パチ、パチ、パチ




 突如、乾いた空気に手を打つ音が走る。音の鳴る方向に視線を向ける三人。アルマが創造した長大な土壁の上に、何者かが腰を掛けていた。大きな外套を纏い、フードで頭部を覆ったその男は隙間から見える黄金色の瞳に片手を当て、高らかに笑う。


「ギヒャヒャヒャヒャ! いやァ、おもしれェモン見せてもらった。アイツが人間に期待すンのも分かる気がするわ」


 その青年を確認するや否や、慌ててクロニスが左胸に右手の掌を当て、頭を下げる。


「陛下! どうしてこちらに……!」


 陛下。つまり王のこと。その単語に目を見開くアルマとディーア。この世界の巨悪、魔王軍。その親玉が目の前にいるのだ。シトリーの願いは魔王を倒すこと。つまり、あの青年を倒す、たったそれだけで全てが終わる。その事実にアルマの剣を握る手に力がはいる。


「どうしてって、オマエが通信水晶の応答を返さねェからだろ」


 すぐさま自身の懐をまさぐり、透明の球体を取り出すクロニス。その球体は等間隔に点滅を続けていた。


「申し訳ありません……!」


 深々と頭を下げるクロニス。魔王は特段気にしていない様子であった。


「別に怒ってねェよ。オマエが連絡に気づかねェ程楽しンでたってことは、つまりそういうことだろ?」

「はい、仰る通りです」

「やっぱりな。……クロニス、オマエは下がれ。後はオレにやらせろ」


 フードの隙間からギラつかせた目を見せる。魔王は視線をアルマとディーアに移し、顎に手をやりながらその金の瞳でじっくり凝視する。

 

「……なるほど、黒髪の方か。ケッ、冴えねェツラだな」


 そう吐き捨てると、躊躇いもなく何mもある土壁の上から飛び降りる。落下に合わせて視線を動かしていたアルマとディーア。しかし着地の瞬間、凝視していたはずの魔王を見失ってしまった。二人の視界から忽然と消えたのだ。戸惑いながら辺りを探す二人。


「オイ、勇者。オマエの名は?」


 背筋の凍るような悪意に満ち溢れた声。それがアルマの真後ろから聞こえた。

 すぐさま振り向く二人。フードの男がそこに立っていた。咄嗟に距離を取りながら、


「"メガグランド"!」


 その巨悪に魔法を放つディーア。何本もの土錐が魔王の足元から飛び出した。


「いきなりヒデェなァ。あれか? 名前を聞くときはまず自分からってヤツか?」


 魔王は直立していた。アルマとディーアの間に。アルマの方を向く魔王。二人は挟み撃ちにするように剣を構える。鼻先と背中、両方に剣を向けられても魔王は何ら気にすることなく言葉を続けた。


「オレの名はネーヴ。ご察しの通り、魔王をやってるモンだ」


 魔の王を名乗るにはあまりに丁寧な名乗り。しかし、二人は一切戦闘態勢を解くつもりはない。背後に立つディーアが屠竜で薙ぎ払うが、当然のようにその剣は空を斬った。


「あのさァ……、こっちが聞いてんだからサッサと答えろよ。無駄な事させンな」


 苛立ちの籠った声が聞こえる。二人から十数歩離れた位置で魔王ネーヴは佇んでいた。


「オマエら状況解ってねェだろ。今この場でクロニスに全員殺せと命令すれば、オマエらも壁の向こうの人間共もアリのように潰せンだぜ?」


 離れた位置で両腕を組んでいたクロニスが、愛剣に手を伸ばす。


「オレの機嫌次第ではこのまま帰るのもやぶさかじゃねェなァ」


 挑発的な態度を取るネーヴ。斬りかかろうとしたディーアの前にアルマが剣を突き刺す。二人の怪我の具合、そして敵の戦力。どう考えても勝ち目はない。自身を睨むディーアに対し、首を横に振った。

 虎城歩舞は魔王ネーヴを鋭く見つめる。


「僕はアルマ、虎城歩舞だ」

「オレはディーア。勇者の相棒にして世界最強の剣士になる男だ」

「アルマ……ねェ。この先殺し合うヤツの名だ。できる限り覚えといてやる」

「いやオレは無視かよ!」


 ツッコむディーアをスルーして魔王は話を広げる。


「グリムをやったのはオマエだな。面倒な事してくれやがって。ついこの間やっと幹部がまた12人揃ったってのに。あのレベル見つけンのも楽じゃねェんだぞ」


 たらたらと愚痴を並べるネーヴ。仲間を倒されたことではなく、幹部の後釜を探すのが面倒な事に腹を立てていた。その事実に二人は怒りで歯を食いしばっていた。荒げた声でアルマが尋ねた。


「なぜ魔王軍は僕たち人間を狙うんだ!? 幹部を犠牲にしてまで……! 何が目的だ!?」


 その質問に魔王は深くため息をつく。


「無駄極まりねェクッソ下らねェ問いだなァ……」

「なんだと!」

「もしオレが『自分にかけられた呪いを解くのに、人間の生き血がたくさん必要なんでちゅ~』とか言ったら、オマエら手ェ引くのか、ア¨ァ!?」


 身震いがするほどに気持ち悪い演技、そして感情むき出しの怒号。その剣幕に二人は一瞬ビクついた。


魔王軍オレらが暴れる。勇者一行オマエらが止める。それで充分だろ。納得いかねェなら、オマエの中の動機りゆうを引きずり出してやる」


 打って変って冷静な口調になる魔王。一歩、一歩と、ゆっくり二人の方へ歩き出した。


「……魔王軍は結成から700年間、星の数ほどの人間を殺してきた」


 一歩、また一歩。フードの隙間から見える燃えるように赤い髪が揺れる。


「時折現れる指輪の勇者も悉く葬ってきた」


 さらに一歩、また一歩。着実にその距離は縮まっている。


「その過程で星の数ほどの魔王軍をボロ雑巾のように使いつぶしてきた!」


 距離が近づくにつれ、魔王は声量を大きくする。話が進むにつれ、怒りでアルマの握りこぶしに力が入る。


「今日、魔王軍が村を襲って大量に人間を殺した!!」


 ピタッと静止する魔王。その位置は眼前も眼前。額と額が接触する距離だ。あまりの近さに嫌でも、アルマの目線は魔王の瞳に吸い込まれる。その巨悪に歯ぎしりが止まらない。ついに額をぶつけて


「全てこの魔王ネーヴが命令した!!! どうだ、憎いか!? このオレを殺してェか!?」


 アルマの中の何かが弾けた。怒りに満ち溢れた表情で地面に刺した剣を引き抜き、躊躇いもなく即座に薙ぎ払う。その剣は宙に半円を描いた。


「そうだァ! 殺す理由なンざ『ウゼェから』で充分なンだよ!」


 胸に突き刺すような荒げた声。声の主はクロニスの側に移動していた。魔王はどこか期待感を感じる表情で、自身の首を指で示す。


「この首が欲しかったら、魔王城に来い。いつ何時でも玉座の間でオレは待っている」

「今この場でその首、落としてやる!」

 

 剣を構え、全速力で駆けだすアルマとディーア。迎え撃つべく剣柄に手をかけたクロニス。その正面に魔王は掌を差し込み、静止を促した。


「勇者アルマと魔王軍、戦争開始だァ……!」


 怪しい笑みを浮かべるネーヴの指を鳴らす音が響いた。

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