Chapter 18  窮鼠猫を噛む

 修道院入口周辺。建物自体は無事。中には一人も魔族が侵入した形跡はなかった。外では大量の血が地面を染めていた。怪我人も多数いる中、無数の魔族が地に伏せ、終戦の兆しを見せていた。


「この辺の魔族は粗方片付きましたわね」

「裏手に何人か回っています。そちらも早急に排除しましょう――」


 指示を出すローズ。その視界に飛び込んできたのは、ガーネットの背を狙う生き残りの魔族だった。


「ガーネット君!」

「えっ?」


 凶刃が襲い掛かる。その瞬間、魔族が修道院の外壁に叩きつけられた。一人の魔法使いの拳によって。


「無事か?」

「スピナー!」

「スピナー君!」


 示す先の魔族はトマトが潰れたような姿となり、壁に染みを作っていた。


「魔族はあれで最後か?」


 首を横に振るガーネット。


「まだ裏の方に何人か魔族が回り込んでいますの」

「さっさと処理しよう。その前に左腕の治療を頼む」


 左の肩の傷跡を見せるスピナー。その傷を見るやすぐにガーネットはその杖をかざす。


「"ヒール"!」


 柔い光に包まれ、徐々に塞がっていく傷口。治療の間、ローズとガーネットがスピナーに問いかける。


「広場の戦況はどうなりました!?」

「ディーアとあのアルマって人はどうしましたの!?」

「落ち着け。グリムフォードとかいう奴は片付けた」


 パッと表情が明るくなるローズとガーネット、そしてその話を聞いていた子ども達。しかし、直ぐ様表情が曇るスピナーを見て、表情の明るさをすぐ失った。


「だが新手が来た。ディーアとアルマはその新手の足止めをしているが、何分も持たないだろう」


 うろたえる修道院義勇兵。そんな彼らにスピナーは喝を入れた。


「騒ぐな! お前らがやることは三つ。その1、残りの雑魚を片付ける。その2、村のみんなを遠くに逃がす。その3、俺と一緒にアルマの加勢をする。解ったら動ける奴はさっさと修道院の裏手に走れ馬鹿共!」


 我先にと駆けだす義勇兵達。ため息をつくスピナー。そこにガーネットが声をかける。


「あなたがいると締まりますわね」

「そうだな……。俺がいなくても動いてほしいもんだが」


 その視線は広場の方を向いていた。


「生きててくれよ……」






 静かな空間。そよ風の音だけが微かに聞こえる。ボロ屑のように地面に倒れている二人。それを見下ろす男が呟く。


「威勢のよさ、根拠なき自信、純粋な友愛。どれも若さの特権だな」


 その時、アルマの指が微かに動く。それに気づいたクロニスは迷いなく刃折れの剣を振り下ろす。煙のように舞い上がる砂塵。アルマは身を転がし、紙一重で回避した。傷だらけの身体を起こし、生まれたての小鹿のように辛うじて立ちあがった。


「ここまで打ちのめして尚、立つことができた歴代の勇者は極少数。他の勇者と何が違うのか、何が貴殿を焚きつけるのか、さらに斬り結べば分かるか?」


 右腕を真っ直ぐ伸ばし、剣先をアルマに向けるクロニス。その目は獲物を狙う鷹のように鋭かった。

 荒い呼吸にかすれた目。そしてデコピン一つで地に倒れ、二度と起き上がれなさそうな程ボロボロな身体。アルマの頭には死の一字がよぎっていた。


「これ死んだふりしていた方がよかったな……。はは」


 何もおかしくないのに顔が笑ってしまう。いや、わざわざ異世界から来て一日でお陀仏とか笑うしかない。自分を犠牲に村のみんなが逃げられるのなら、それでいい。けど、勇者としては違う。次の勇者のために何かを残さねば。そう、ただでは死ねないのだ。

 腹をくくったアルマの顔には真剣な色が現れていた。


「行くぞ」


 駆けだすクロニス。アルマは右手を突き出して魔法を放つ。


「"ギガファイア"!」

魔塵スペル・コンカッセ


 足を止めないクロニス。飛翔する火球は薙いだ刃にかき消される。間合いまで距離を詰めたクロニス。刃折れの剣でアルマを突く――

 

 滴る鮮血。その刃は肉を切り裂き、アルマの左の掌を貫いた。少し驚きの表情を浮かべるクロニス。左手を狙ったのではなく、アルマが左手で受けて刺させたからだ。

 刃は深く刺さり、前腕の中まで貫通している。想像を絶する痛みで叫ぶアルマ。その叫びを噛み殺し、力の限り声を張った


「"ブリザード"!!!!」


 一瞬にしてアルマの左手、剣を伝い、クロニスの右手、そして右肩まで厚氷が覆った。

 クロニスが右腕を動かそうとするが、氷の拘束が外れる気配はない。


「刃は僕の腕の中に刺さってる。これで魔塵スペル・コンカッセは使えない――!」


 すかさず右手を構えるアルマ。その手の上にはオレンジ色の光球が浮かんでいた。


「"デトネイト"……。グリムフォードと相まみえた貴殿が知らぬはずもないが、この距離で撃てば確実に巻き添えを喰うぞ」

「そんなの百も承知。ただで殺されるくらいなら、道連れだ!」


 光球は光を強める。アルマの迷いのない目を見て、クロニスは言い放つ。


「悪くはない。が、一流には程遠い」


 力を込めるクロニス。その身体に風が走り始める。


貫嵐ストーム・アッシェ


 刃を中心に放たれる鋭く巨大な竜巻。貼り付く厚氷を粉々に吹き飛ばし、地を抉り、アルマの左腕を飲み込んだ。

 何が起きたか理解が追い付かないアルマ。ただただ激痛で声が出なかった。

 ピタッと収まる竜巻。露わとなったのは小さくない無数の切り傷に覆われた左腕。とめどなく血は流れ、惨たらしく肉は裂け、辛うじて腕だと認識できる程。もはや身体から切り離されていないのが奇跡と言わざるを得なかった。

 アルマは俯き、動くはずもない左手を垂らし、血の上に片膝をつく。右手の上の光球だけが虚しく輝いていた。


魔塵スペル・コンカッセを封じ、回避も封じて確実に魔法を当てるという貴殿の策は賞賛されるべき。しかし――」


 見下ろすクロニス。刃折れの剣を真っすぐ天に掲げる。


「一流は全てを警戒する。相手が想定を超えてくることを見越してだ」


 チェックメイト。この状況よりこの言葉が似合うものはないだろう。今右手の"デトネイト"を放っても、間違いなく斬り落とされる。光球で照らされているにも関わらず、アルマの意思は暗黒に包まれていた。


「じゃあオマエは二流だな!」


 暗黒を引き裂く声。顔を上げるアルマ。そこに見えたのは、クロニスの天高く上げた右腕に全身でしがみついたディーアだった。


「貴殿もまだ動けたか」

「オレへの警戒怠ったよな!? オッサン!」


 右腕を動かそうとするクロニス。しかし、ディーアの全力を前に自由に腕が動かせなくなっていた。クロニスは腕を激しく振って引きはがそうとしたが、ディーアは必死にしがみ続けた。振り回されながらディーアが叫ぶ。


「アルマ、ソイツをブチかませ! 今逃したら二度とこのオッサンは倒せねー!」

「でも……」

「ダイジョーブ。オレはこのオッサンを盾にするから喰らわねーよ!」


 頷くアルマ。すぐさま光球に目を落とし、徐々に大きくしようとする。しかし、それはすぐディーアの声に遮られた。


「ただし! 死ぬのは認めねー。このオッサンはタダの通過点。目標は魔王の首だ! それまでオレはオマエが死ぬことをゼッタイ認めねー! だから――」


 あまりに振り回されたため、クロニスの顔に足をかけ身体を固定するディーア。


「最大出力でブチかまして生き残れ」


 アルマは目を閉じ、そしてゆっくりと開いた。その顔からは無意識に笑みが零れていた。


「無茶苦茶な事を言ってくれるよ、相棒!」


 急激に膨張を始める光球。アルマの目にもう迷いはなかった。


「"デトネイト"!!」

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