Chapter 19 意地
揺れる大地に鳴り響く爆音。黒煙が立ち込め、辺りの視界を奪った。
煙が入らぬよう、目を閉じてしがみついているディーア。黒煙の中、誰かに強く掴まれたのを感じた。その直後、身体が宙を舞い、そして背中を中心に全身に衝撃が走った。痛みで背中を抑え、地べたで悶えるディーア。気が付いた時には黒煙の外にいた。
無造作に刃折れの剣を薙ぎ、勢いよく煙を掃うクロニス。その姿は爆発前と何ら変わりなかった。
「無……傷……。ウソだろ……?」
「『あり得ない事象と出会った際、疑うべきは己が常識』。知り合いの常套句だ」
「どっかの暴力魔法使いもこの前似たようなこと言ってたな。ってそうじゃねぇ! 相棒は!?」
指をさすクロニス。その先には土壁の側に倒れているアルマの姿。土壁には何かが思い切りぶつかったような跡があった。
行き場のない怒りにディーアは地面を殴りつける。
クロニスはゆっくり剣を下ろし、言い放つ。
「これで俺の用は済んだ」
「ンだと!?」
「亡くなったグリムフォードの代わりに村民を滅ぼす任務は俺には与えられていない。今この場で貴殿が剣を収めるなら、俺はこのまま帰還しよう」
「フザけんな!!」
魔王軍に村を襲われ、命を奪われ、相棒をこんな目に合わせて、のうのうと帰るなんて見逃せるはずがない。ディーアは怒りに任せて斬りかかるが、クロニスは刃折れの剣で軽く受け止める。
一息つくとクロニスは表情を引き締め、剣を弾き返す。姿勢を崩すディーア。そこに剣撃の嵐が襲う。ディーアは後ずさりながらもギリギリで防ぎきる。その腹に刺さる不意の蹴り。吹き飛ばされ、片膝をついた。一瞬のスキも与える気のないクロニス。間髪を入れずに距離を詰める。
その時、風を切る音が鳴った。空を駆ける真剣。ディーアが左手で向かってくるクロニスに投げつけたのだ。
「血迷ったか」
斬り上げて剣を弾く。回転しながら宙を舞う剣。ディーアはニヤリと笑った。
「"グランド"! 来い魔剣:
叫ぶと同時に間合いを詰めるディーア。その右手には地面から引き抜かれた土の剣。流れるように斬りかかる。
刃折れの剣は振り上げた直後のため、ガードは間に合わない。身体を後方にずらしての回避を試みるクロニス。しかし、いつの間にか両足のかかと部分に生成された突起がそれを許さない。地面が隆起して出来た握りこぶし程度の高さのなんてことのない障害物。だがしかし、動きを一瞬止めるのには充分だった。
時が止まったように何一つ動きのない空間。変わりなく無表情のクロニス。その手の刃折れの剣は天に掲げたまま。目を見開き呆然と口を開けたディーア。右手に握られていたのはただの土くれ。風の囁きだけが微かに漂う。わずか数秒の一時停止。その再生ボタンはすぐに押された。アルマの側に刺さった真剣によって。
「なるほど、土魔法か。あの土壁は乗り越えたのではなくすり抜けたのか」
冷静に分析する声は青年には届かない。青年の脳内には刹那の間に起きた受け入れがたい事象が焼きついており、話を聞くどころではなかった。
「手刀で
叩きつけた土の剣。それを左手の甲で受け止めた。ディーアの目にはそう見えた。しかし、甲で叩かれた屠竜は砂のようにサラサラとその形を失った。そう……、クロニスへ何度も放たれた"ギガファイア"のように。
「素手で
「……そういうことだ」
剣で魔法を斬る。その認識が間違っていたのだ。原理は不明だが、魔法に触れることでその魔法をかき消す技。それが
天高く掲げられた刃折れの剣が一直線に振り落とされる。服ごと肉を裂く袈裟斬り。噴き出す赤き血潮。血だまりの上にディーアは座り込む。しかし、その薄れゆく目は敵を睨み続けていた。その鼻先にクロニスは刃を突きつける。
「急所は外した。その殺意を抑え、敗北を認めよ」
生き残るなら最後の機会。わずかな欲求が一瞬ディーアの目を逸らさせる。その刹那、心なしか笑ったかと思うと、すぐに顔を伏せた。瀕死の身体から微かに聞こえてくる。
「……やれよ。やっちまえよ……」
「敗北を認めるくらいなら死を選ぶか。感心しないな、若き剣士よ」
当人の覚悟を受け、不本意ながら刃を構える。
僅かだが空気が不自然に揺らぐ。その微小な波をクロニスの耳は捉えていた。位置は背後、土壁の方向。真っすぐ近づいてくるそれは明確な殺意を纏っていた。
この状況でこの瞬間、背後から攻撃できるのはただ一人。そもそもこの場にはディーア、クロニスの他にあと一人しかいないのだから。
「まだ魔法を撃てるとは見事。だが、俺には効かん!」
腰をひねり背後を水平に薙ぐ。虚空を斬る刃折れの剣。背後には何も見当たらない。魔法も、ディーアの剣も、倒れているはずのアルマすら――
無限にも感じられる数秒。視線を下に向けるクロニス。視界に飛び込んできたのは、動く右手で剣柄を強く握りしめた、紛れもない勇者の姿だった。
「やっちまえ! 相棒!!」
振り絞るように喊声をあげるアルマ。ただ一心不乱に、持ったこともない真剣を振り抜いた。
曇天に消えてゆく咆哮。代わりに甲高い音が辺り一面に鳴り響く。回転しながら宙に大きく弧を描く刃折れの剣。そのまま落下し、カランカランと地面を数回小さく跳ねた。
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