Chapter 10 もう死なせない
「みんな早く中に!」
ワーテルストフ修道院正面入り口前。大勢の人が建物の中に駆け込んでいる最中、高く張り上げる声が聞こえる。
「あだっ」
コケるおじいさん。魔族はまるで池に餌を投げ込まれたコイの如く群がってきた。
「ウィンド!」
「グランド!」
各々の杖から放たれた突風・土塊が魔族を散らす。二人はすぐに駆け寄った。
「シャガ、このおじ様背負って中に!」
「任せて、ガーネットさん!」
シャガと呼ばれる少年はすぐにその老人を背負うと修道院へと走って行った。
まだ逃げきれていない人はいないか。ガーネットは周りを見渡した。
「もう外に人はいませんわね。……広場で戦っている彼ら以外は」
荒廃した村に見えたのは、血の気のたぎる何十もの魔王軍兵士。それと、無残に倒れている人々。家の陰に隠れて見えない遺体も含めれば、その数は30を超えるだろう。彼女は自身の顔を振るえる手で覆った。その隙間からは涙が零れた。
「こんなにも助けられなかった人が多い……ですの……?」
そんな彼女の肩を優しく撫でる者がいた。
「……ローズ院長」
「ガーネット君、後ろを御覧なさい」
涙で腫れた顔で振り向く。開放された修道院の扉。その中に見えたのは大勢の村人の姿だった。無傷とは到底言えない。しかし、確かに生かされた人々がそこに存在していた。
「こんなに助けられなかった、のではありません。これだけの人を助けたのです」
その時、彼女に迫る魔の手。剣を構えた魔族が真っすぐ向かって来たのだ。
「背を向けるとは馬鹿な奴だぜ!」
ガキン!
振られた剣が大きな盾によって防がれる。重装に身を包んだ少年が間に入ったのだ。
「ライム!」
「無事? ガーネット」
斬りかかってきた魔族をローズが睨む。
「人が一番弱っている瞬間を狙うとは卑怯千万。主の名のもとに裁きをくれてやりましょう!」
その魔族の額に手にした神々しい杖を突きつける。
「シャイン!!」
「ギィエエエエエエエエ」
魔族を包む眩い光。それは魔族の寒色の身体を焼き尽くす。そして断末魔だけを残し、跡形もなく消し去った。しかし、その光がきっかけで散り散りに徘徊していた魔王軍は徐々に修道院前に集まりだした。
ローズはガーネットの目線に合わせるように姿勢を低くし、語りかける。
「ガーネット君、戦いはまだ終わってません。みんなで助けたこれだけの命を、次はみんなで護るのです」
「……分かりましたの。もうこれ以上誰も死なせませんわ!!」
「その調子です」
ローズは立ち上がると、高々と手にした杖を掲げ、号令をかける。
「みなの者、プラム先生が帰ってくるまで、何としてでも護り抜きますよ! 腕に自信のある者は僕と共にこの正面入り口を死守、回復魔法が使える者は中で怪我人の治療、他の者は修道院内のありとあらゆる侵入経路を塞いでください! 間違っても死なないように。全員生き残りますよ!!!!」
「はい!!!!」
皆の心が一つになった返答。全員がローズの鼓舞に奮い立っていた。
ライムがガーネットに声をかける。
「行って。一番回復魔法が得意なのはキミなんだから」
「分かりましたわ。さっきはありがとうですの」
顔を上げて駆けだすガーネット。それを振り向かず背中で見送るライム。ただ一つ言葉を残して。
「安心して、正面はボクが絶対に通さないから」
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