Chapter 8 僕は戦う
ドンッ!!
突如突き飛ばされ、地面に叩きつけられるアルマ。すぐに顔を上げた彼の目に入ってきた現実は受け入れ難いものだった。
パチパチと激しく燃え盛る炎。その揺らめく焔の隙間に見える影。それはアルマが広場で片づけを手伝い、短いながら同じ時を過ごしたあの女性だった。
猛烈な火炎に包まれたその身体は、物が倒れるように自由落下で地に伏せる。場に漂う鼻につく匂いをアルマは嗅いだことがあった。そう、母親の火葬の時に。
「花屋のバーさん! チッ、この!!」
ディーアは目の前の大男を思い切り蹴り飛ばし、引き剥がす。そして燃えゆる女性の元へ駆け寄った。
「スピナー、"ブリザード"! ガーネットは"ヒール"だ! 早く!」
二人は苦渋の表情で顔を背けた。他の村の人々もディーアもその理由は分かっていた。
炎はすぐに消えた。そこに残ったのは身体とすら判断できない黒炭だけだった。
「おや? 軽く炙っただけで跡形もなくなりますか。人間は脆すぎて困りますねぇ」
微笑し嘲るグリムフォード。ディーアの背中に狙いを定め、指先に炎を灯す。
「そして、戦場で堂々と隙を晒す。それがムシケラがムシケラたる所以……!」
向けられた殺意にすぐに気づくディーア。火球を撃ち返せるよう、剣を握る手に力を込める。しかしその直後、想定していた展開とは全く別の現実が描かれていた。
突如、指先を真横に向けるグリムフォード。全く別の方向にその"ファイア"を発射したのだ。
凄まじい速度で飛翔する火球は、幼い少女を炎で包んだ。
「リリー!!」
修道院で会った女の子。義勇兵と共に来ていた彼女は瞬く間に灰燼となった。たった一瞬の出来事だった。
「これは失礼。手が滑りました」
包み隠さず笑うグリムフォード。その大男は連れてきた魔族の方を向いた。
「お待たせしました、皆さん。好きなだけ殺して構いませんよ」
遂に出た攻撃命令。魔族たちは歓喜の声を上げ、我先にと村人たちに襲い掛かった。
殴られ、斬られ、魔法で焼かれ。村はすぐさま地獄絵図となった。武装した修道院義勇兵は善戦をしていた。しかし縦横無尽に動き回る魔族たち相手に、村人全てを守り切ることは不可能だった。
また一人、また一人と倒れていく最中、ディーアが大きく息を吸い込み、力の限り声を張り上げた。
「全員修道院に駆け込め!!!!!!」
突然の大声。その場にいた全員が動きを止めた。
「いきなりどうして!?」
「修道院に立て籠る」
「立て籠もるって……」
「先生が戻ってくるまで耐えきれればオレらの勝ちだ」
籠城戦。この作戦は理にかなっていた。プラム先生が帰ってくるのは今日の午後。既に時計は12時を回っている。あと数時間で帰ってくるはずなのだ。
「修道院ですか……」
ワーテルストフ修道院、村最大にして最硬の建造物を確認するグリムフォード。
「確かにあれに籠られると、部下はかなり手こずるでしょうね。ですが、私には障害にすらなりませんよ」
その瞬間、ディーアが斬りかかる。その一撃は前腕で防がれたが、巨体を少し後ろに動かした。
「だからオレがオマエを止めておくんだよ!」
「中々のパワーですね。良いでしょう、受けて差し上げましょう」
剣と拳の戦い。その火蓋が切って落とされると同時に、スピナーが指示を出す。
「ディーアの言うとおりに修道院に走れ! 動ける奴は怪我人を担げ!」
続いて、慣れた様子で素早く修道院の皆の采配を取った。
「お前らは逃げるみんなを援護だ。これ以上死人を出させるな!!」
かかった号令に従い、一目散に動きだす村人達に修道院義勇兵。逃げる者とそれを護る者。魔族の攻撃で流れる血は格段に少なくなった。
作戦の最中、スピナーはガーネットに耳打ちした。
「後のことはお前と院長に任せる」
「分かりましたわ。あなたはどうしますの?」
「俺は――」
唐突に戦闘している二人の方へ駆けだす。怒りに満ちたその目に映っていたのは一つだけだった。
「"メガファイア"」
つばぜり合う二人がほんの僅か離れた瞬間。そこを狙って放たれたその魔法は、グリムフォードを炎で包んだ。
「撃つなら撃つって言え! オレまで燃えるとこだったろ」
「外したか」
「んだとコラ!」
言い争っているうちに、グリムフォードは軽く腕を払って炎を消し去った。
「貴公も私の足止めですか。正直、貴公も部下には持て余しそうですので、来てくれて助かります」
指先をスピナーに向け、魔力を溜め始める。
「"ブリザード"」
その時、狙いは全く別の方向へと変わっていた。そのターゲットはアルマ。放たれた魔法は足を凍り付かせていた。
「この流れでお逃げになられると困りますね。部下を傷つけた貴公は私の手で死んで頂く必要があるのですから」
両足を氷に捕らわれ、一歩も動けないアルマ。すぐさま"ファイア"を唱え、掌に浮かぶ火球を足元に近づけて、その氷を溶かし始めた。
魔法を使った際に赤く光るアルマの指輪。その光を見たグリムフォードは顎に手をやって思案する。
「光る指輪……。いつかにそのような代物を拝見した気が……」
記憶を辿るグリムフォード。その側に部下である魔族が数人集まってきた。
「グリムフォード様。お力添えは必要ですかい?」
「いえ、必要ありませんよ。それより貴公らは一人でも多くムシケラを殺してきなさい。怪我をしている者、単独行動をしている者が狙い目ですよ」
「承知!」
そう残すと魔族たちはバラバラに飛び去った。
やり取りが終わった頃には、アルマはその氷を溶かし切っていた。自由となったその足で、ゆっくりと歩を進める。元凶の方へと。
「ほう、貴公も戦われますか」
指輪に目を落とすアルマ。
「……成り行きとはいえ、あの人との約束もある」
顔を上げ、迷いのない目で倒すべき敵を捉えた。
「でも、これが魔王軍の実態なら、約束なんかなくても関係ない。迎え入れてくれたハイド村と修道院のみんなのため。そして――」
懐から一輪の白い花を取り出した。
「この想いに報いるために、僕は戦う!」
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