Chapter 7  襲撃

 真昼間、あれほど照っていた太陽は分厚い雲に覆われ涼しくなってきた。働いて火照った身体を冷ましていた頃、それはやってきた。

 突如、男が吹き飛ばされ砂埃を舞い上げ、地面を滑る。その男をよく見ると、村に入る時に会った見張りの人だった。見張りの男はすぐ立ち上がると、腰の剣を抜いて構える。


「はぁはぁ、いきなり殴ってきやがって……! やっぱり悪魔とは相容れないな!」


 踏み込み、一直線に敵との距離を詰める。そして頭めがけて剣を振り下ろした――


「なっ!?」


 軽く受け止められるその剣。両刃のついた真剣、それが左手で鷲掴みにされていた。まるで子供の戯れのように。見張りは振り解こうと精一杯力を入れるがピクリとも動かない。その大男はわずかに嘲笑って腕に力をこめる。


 パキン――。


 タマゴを握り潰すように刀身は粉々に砕け、破片がパラパラと辺りに散らばった。

 大男は素早く腰を落とすと、高速で真っ黒な右手を突き出した。その腕は――


 見張りの胴を穿っていた。


 腕を引き抜くと、無造作に血溜まりに見張りの体が落ちる。その体はピクリとも動かない。あまりの出来事に、村は時が止まったように一切の動きがなくなった。

 男は軽く手を振るい、付いた鮮血を切ると辺りを見回した。その目に映るのは当然、怯えた村の人々。大男は丁寧にお辞儀をすると、その口を開いた。


「ご機嫌麗しゅうムシケラ諸君。当方、魔王軍幹部の一人『グリムフォード』。お見知りおく必要はありません。この村の者はみな、今日死ぬのですから」


 魔王軍幹部『グリムフォード』。タキシードを纏う筋肉隆々のその身体は普通の人間の倍はあり、まるで黒山羊のような顔を持ち合わせている。グリムフォードの後ろには数十の魔族が立ち並んでいた。

 村は恐怖の静寂に包まれた。その沈黙を打ち破るように、片翼のない魔族が声を上げた。


「あ! あいつ、俺の翼を斬った奴の仲間の魔法使いだ!」


 その指の先には、家の前で女性と共に立ちすくむアルマの姿。魔族の暴露を耳にしたグリムフォードはその冷徹な目線でアルマを見定めた。

 

「ほう、あれが私の忠実なる部下に暴行を働いたムシケラですか……。では、まずあれからご逝去していただく事にしましょう」


 淡々と述べるグリムフォード。掌をアルマに向け、まるで蚊を仕留めるかのような目で狙いを定めた。

 恐らく魔法が放たれる。このままだとこの人も巻き込んでしまう。それに気づいたアルマは固まる足に鞭を打ち、走り出そうとした。しかし、


「"ソルセル"」

 

 放たれた魔法は一歩目より速かった。直撃まであとわずかの距離。何かをする、何かを思う時間すら存在しなかった。

 ただ一人を除いて――


「あらよっと!」


 その言葉と剣を振りぬく音。それが耳に届いた時には、無色透明の球体は明日の方向へ飛んで行っていた。


「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁっと抜けられた。あのヤロー何度もやりやがって。次こそブツ切りにしてやんよ」


 アルマの前にいたのは、先ほどまで埋まっていたはずのディーア。彼は右の肩を回し、凝り固まった体をほぐしていた。


「"ソルセル"は"ファイア"や"ブリザード"といった基本魔法と異なり、属性を持たぬ代わりに速度に優れる魔法。反応可能なムシケラがこんな辺鄙な村にいらっしゃるとは」

「褒めてんのか見下してんのか分かんねーヤローだな」

「いえ、最高級の賛美ですよ。部下に凶刃を向けた主犯は貴公ですね」

「あーそんなこともあったな」


 とぼけた態度を取ったかと思えば、急に声色が変わった。


「だからハイド村に来たってか。なんも関係ねー人に手ェあげやがって……!」

「まさか。貴公らを念入りに始末するのはついでですよ、ついで」


 にこやかに答えるとグリムフォードは左手を突き出し、魔法の構えを取った。

 

 ピシャーン!


 走る閃光。気づいた時にはグリムフォードの手から煙が昇っていた。グリムフォードは表情一つ変えることなく、遠方より近づいてくる者達を真っすぐ睨んでいた。


「貴様ら魔王軍にくれてやる物など何一つない。とっとと失せろ糞共」

「報復に来た卑しい悪魔に主の裁きがあらんことを。……いえ、私達の手で裁きを与えて差し上げますわ!」


 スピナーとガーネット。それと武装した修道院の皆、云わば修道院義勇兵が駆けつけ、魔王軍に武器を向けた。ディーアの戦闘能力、そして迷いなく武器を取ることができる子供たち。修道院のプラムと呼ばれる先生が教えているのは、『戦い方』なのではないか。そんな確信がアルマに芽生えていた。

 グリムフォードは焼けた腕を確認していた。


「あの距離から正確に"サンダー"を当ててきますか。優れた剣士に魔法使い。指導者はさぞ素晴らしい方なのでしょう。このグリムフォード、お会いしてみたいものです」


 その瞬間、黒山羊の強面がニヤリと笑う。


「失礼、現在『プラムセンセイ』はお留守でしたね」


 その場の誰もがその言葉を聞き逃さなかった。特に修道院に所属するものの顔の変わりようは異様だった。


「どうしてそれを知っているのですの!? ディーア、あなたまさか!?」

「いやいやいやいやオレ話してねーよ!」


 戸惑う人々。犯人捜しすら始まりかけた。それをぶち壊すかのようにスピナーが声を荒げる。


「冷静になれ馬鹿共! 人間殲滅を掲げる魔王軍に情報漏らして得する奴なんざいねぇだろ! 大方聞き耳たてられたんだろうよ。それより――」


 スピナーはグリムフォードを殺意を持って睨みつける。


「それがここに攻め込んだ理由か、グリムフォード」


 その問いにゆっくり答え始めた。


「10年前、私がこの旧ファーローズ領に派遣された際、この村を訪れたことがありましてね。その時、屈辱的なことに辛酸を嘗めさせられたのですよ。プラムと名乗る人間に……!」


 その声は怒りに震えていた。


「だからあの時の御礼をしたいと思いましてね。自分が住む村の村民で醸造した赤ワインなんてどうでしょう。素晴らしいと思いませんか!」


 指先に僅かについていた、血を舐めるグリムフォード。嬉々として狂気的な事を述べる魔王軍幹部にみなが向ける視線は一つだった。


「よーはオレ達全員殺して帰ってくる先生を悔しがらせたいってコトだろ。性格クソすぎなんじゃねーか? 直接先生に挑んだらどーだ?」


 その言葉にグリムフォードは余裕の態度を見せていた。


「おや、勘違いなさっていますね。本気を出せば私が勝つのは自明の理。では、なぜ私はわざわざここに伺ったのか……」


 続く言葉を予知するかのように、雲はさらに厚くなり、天は暗さを増した。


「それは、ただ殺されるしかないムシケラの死に意味を持たせて差し上げようという大いなる慈悲のため! この私に感謝しなさい。ムシケラが理由を持って死ねるのですから!」


 そび散らすと勢いよく両手を合わせるグリムフォード。その瞬間、村を地震のような揺れが襲った。膝をつく人、コケる人、どうにか踏ん張る人。家は何軒も崩れ、朝の荒れっぷりを遥かに超える大惨事となった。

 揺れが収まった後、何人もの村人が別々の遠方を指さして、声を上げた。


「おい、あっちの方、煙が上がってるぞ!」

「こっちでは森が燃えてるわ!」


 元凶をアルマが鋭い目で問い詰める。


「何をしたんだ!?」

炎状陣フレアハーヴェスト。この村を炎の壁で包囲させていただきました。お逃げするなら強行突破されても構いませんが、美味な血液まで蒸発されると困るのでお控え願いたいものです」


 いきなり詰め寄るグリムフォード。巨体から生み出される軽快な動き。そこから放たれる右の正拳突き。鈍く響く金属音。受け止めるはディーアの剣。


「"ファイア"!」


 二人の間にある圧倒的身長差。ディーアの頭を超えるように突き出された左手から、火球を放ったのだ。狙いは後ろのアルマだった。

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