Chapter 5 ワーテルストフ修道院
アルマが急いで向かうと、スピナーは廊下の壁に寄りかかって待っていた。
「来たか」
「遅れてすみません」
謝罪を入れるアルマを気にも止めず足を動かし始めた。アルマは彼についていきながら、今後の自分について尋ねた。
「あの、結局自分はどうなるんでしょうか?」
「ん? その話をガーネットとしてたんじゃないのか」
「?」
「一応このワーテルストフ修道院としては、お前を受け入れることにした」
意外だった。頑なに反対していたスピナーからそんな言葉が出るとは。しかし妙だ。普通このようなことはもっと大人の責任者が決めるはずだ。スピナーとガーネットはどちらもそうは見えないし、他の人と議論する時間もなかったはずだ。
「えっと、そういうのって勝手に決めていいんですか? もっと偉そうな人が決めるイメージなんですけど……」
「……いなんだよ今」
「え?」
「ここを仕切っているのはプラム先生っていうんだが、今別の村に行って留守にしている。その間、俺とガーネットとディーアが留守を任されたんだが、あの馬鹿は……」
頭を抱え、ため息をつくスピナー。真面目な表情に戻し、話をつづけた。
「先生は明日の午後には帰ってくる。そこまでは寝食を保障するが、その後は先生次第だ。あと、やはり俺個人としてはお前を疑う義務がある。だから最低限の拘束として、単独行動は禁止させてもらう。それで妥協してくれ」
「ありがとうございます!」
とりあえず今夜の寝床と食事は確保できた。アルマはその喜びで一杯だった。
そうこう話している内に廊下を抜け、別の部屋へと出た。そこには大きな長机と椅子が複数個並べられ、その机には食器の乗ったトレイがいくつも規則正しく置かれていた。そしてそのトレイは奥の部屋とを行き来している子供たちによって並べられていた。
「ここは食堂だ。ついてきてくれ。一人分増やしてもらうよう厨房に頼みに行く」
奥の部屋へと向かう二人。スピナーがその部屋に体を入れると、途端に苦い顔をしだした。
「げ、ローズ院長……。なんでここに……」
原因はその視線の先にいた、大きなローブを纏った丸メガネをかけた男だ。その男はスピナーにトレイを手渡した。
「なんでって、プラム先生がいない分、僕も働かなければなりませんからね。給仕くらいはしますよ。それより、げ、とは何ですかスピナー君」
ローズ院長と呼ばれるその男は説法を始めるつもりだったが、既に耳をふさぎ目をそらしているスピナーを見て、口に含んだ言葉を飲み込んだ。ローズ院長はアルマを確認するとすぐに盛り付けをし、食事の乗ったトレイを渡した。
「あなたがここに来たのも主の導き。あなたが何者かは存じませんが、これからも主の加護がありますように」
呆然とするアルマ。夕食を受け取った二人は食堂へと戻り、空いていた席に座った。
「今の人は?」
「ローズ修道院長。要はここで一番偉い人なんだが、あんな感じだ。不審者の処遇決定なんかさせられない」
確かにガーネットもそうだった。何でも受け入れられる人は他人を疑うことに向かない性分なのかもしれない。
そんなことを考えていると、ガーネットとディーアが食堂に入ってきた。さっきまで倒れていたはずのディーアは食事を前に活気づいており、むしろガーネットの方が疲れた様子だった。
「飯だ飯ー!」
「あー疲れましたわ。スピナーが与えたダメージもディーアの体力も多すぎですわ。二人とも後始末する私のこと考えて喧嘩してくださる?」
「オマエもやったよな?」
「ちょっと何言っているか分かりかねますわ」
「面倒くさかったらその辺に捨てとけ。敷物になって今より役に立つかもしれん」
「んだとコノヤロー! 正面からならオマエに負けねーからな! 再戦だ!」
「やらん。飯に埃が入る。さっさと座れ」
周りを見ると大体の子供たちが既に着席していた。急いで座るガーネットとディーア。
全員が座ってしばらくするとローズ院長が厨房から現れた。院長はみなの前に立ち、目をつむり祈り始めた。
「主よ。あなたの慈愛に感謝し、この祝福を積善への糧とすることを誓います」
院長の言葉に合わせ、ガーネットや子供たちも祈り始める。おそらく宗教の食前の祈りなのだろう。郷に入っては郷に従え。この言葉を思い出したアルマは見よう見まねで祈った。
よく見ると、何人か祈らずに食事を始めていた。ディーアとスピナーもその一人だ。修道院にいる者が信徒でないことがあるのだろうか。
アルマは疑問を感じながら、スプーンを手に取る。食事は質素なもので決して量が多いとは言えないが、食事にありつけただけ幸運だ。味には目をつぶろう。そう思いながら一口すくって食べてみたところ、そこそこイケる味だった。お腹も空いていたため、アルマは夢中で食事を口に運び続けていた。
「そういやオマエ、シトラス教徒だったんだな。祈ってたし」
食事を粗方平らげ、ブリンナに噛り付いていたディーアが問いかけてきた。
「いえ。さっきのは周りの真似をしていただけです。実はシトラス教?というのがどんな宗教なのかも分かってません……あはは」
笑って誤魔化すアルマ。その答えを聞いたガーネットは、まるで珍獣を見つけたかのように驚いていた。
「はい!? そんな人本当にいますの!?」
「目の前にいるだろ。出身がグラフィコの田舎とかどっかの小島とかその辺なんだろ多分」
「まぁそんな所です」
「なら私がシトラス教のシスターとして説いて差し上げますわ!」
「いーや、飯食ったらアルマはオレと模擬戦やるんだ! 中々強そうだったからな。面白い戦いができそうだ」
「外真っ暗ですし明日にしたらどうですの?」
「シトラス教の長くてつまんない話なんかアルマは興味ないってさ」
「なんですって!?」
「イテテテ。こんにゃろ」
この後の予定についてディーアとガーネットが互いの頬をつねって争いを始めた。アルマは突然争いを始めた二人を止めようとはしたが、聞く耳を持たなかった。
「”サンダー”」
突如スピナーがつぶやくと争っていた二人に小さな雷が落ちた。床に倒れ、黒煙を上げる二人。
「この後はこいつの寝床の確保だ。飯食い終わって暇なら、寮の空き部屋の掃除とベッドメイクでもしてこい馬鹿共」
吐き捨てるスピナー。その声を聞いて、少年少女が数人集まってきた。その中の無垢で人形のような少女が座っていたアルマを軽く見上げて話しかけた。
「ねーねーお兄ちゃん。寝るところないの?」
続いて、淡紫色の短髪の少年が口を開いた。
「その人が泊まる部屋を準備すればいいんですか、スピナーさん?」
「そうだ、シャガ。お前達、そこで黒焦げになっている馬鹿共の代わりにやってくれるか?」
「任せてください!」
意気揚々と食堂を出る子供達。部屋を出る直前、アルマに話しかけた少女が振り向き、腕を大きく振って
「お兄ちゃん、待っててねー。リリー頑張る!」
と叫び、元気よく駆けて行った。
修道院の子供たちの温かさを感じていたアルマは無意識に呟いていた。
「優しいね。シトラス教の教えなのかな」
「信徒かどうか以前に、ここにいる奴等はみな、行く当てのない人に優しいからな。経歴上」
呟きにそう答えると、スピナーは食べ終わったトレイを食堂の返却口に返しに行った。
経歴上。その言葉が気になりつつも、アルマはトレイに乗せられたブリンナを手に取った。赤く染まった表面はしっとりとした触感。アルマはディーアと同じように皮ごと噛り付いた。皮は苦みがあったが、中の半透明の黄緑色の果肉部分は非常に甘くぷるぷるとした食感だった。
「チッ。お前、皮ごと派かよ」
背後から声が聞こえる。帰ってきたスピナーがそこにいたが、どこか不満そうだった。
「まぁいい。食べ終わったら教えてくれ。寝室に案内する」
スピナーは足を組んで元居た席に座ると、年季の入った分厚い本を読み始めた。
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