Chapter 4  ハイド村

 村に行く道中、アルマはディーアにちょっとした疑問を投げかけていた。


「そういえば、さっきのって龍だったんですか?」


龍。ドラゴン。創作に出てくる生き物。ものによって、トカゲ状やヘビ状のものがいるが、頑丈な鱗が無数についた強靭な体つきに巨大な翼が生え、さらには火を吹くという点がドラゴンの特徴だ。奴はどうみてもドラゴンには見えなかった。でも手から火を出していたし、翼で空を飛んでいたから、この世界ではドラゴンと呼ばれているのかもしれない。その可能性を少し考えた。


「何言ってんだ? どう見ても魔王軍の魔族だろ」

「いやあんたが『龍撃斬』って言ったんでしょうが」


 必殺技?の名前が『龍撃斬』だったため、聞いてみたのだが、ディーアは小馬鹿にしたような顔で答えるものだから、アルマは強めに突っ込んでしまった。ディーアは特に気にする様子もなく話した。


「『龍撃斬』? あー、あれは俺が勝手に呼んでいるだけだ。いつか巨大なドラゴンを斬ってみたくてな」

「ドラゴン? ドラゴンがいるのですか?」

「馬くらいの大きさのドラゴンはいるらしい。けど、オレが斬りたいのはシトラス教の聖典に出てくるドラゴンくらいデカいやつだ。知ってるか? 聖地の大教会にも負けない大きさで、主はそのドラゴンと戦ったんだ。わくわくするだろ?」


 シトラス教。知らない言葉が出てきたが、ディーアがあまりにも目を輝かせて語るものだから話に合わせてうなずくだけになった。

 しばらく歩いていると明かりが見えてきた。


「ついたぜ。ここがハイド村だ」


 入り口には二つの大きな篝火を持ち、帯剣している見張りと思われる人が立っている。

 入り口から村の奥に真っすぐに未舗装の道が伸びており、木や石でできた小さな平屋がその道の両脇に乱立していた。そして道の奥にはこの村で最も明るい建造物が見えた。それは家々と比べ、精工にできており、周りが平屋ばかりのためか、高さのあるその建造物はより目立っていた。

 入口に二人が近づくと見張りが声をかけてきた。


「おー、ディーア。遅かったな。今頃修道院でスピナーがお前をぶっ飛ばす準備でもしてるんじゃないか?」

「大丈夫大丈夫。逆にオレがボコボコにするから」

「また決闘か? 前回お前に賭けて大損したからな。次は頼むぜ」

「任せろ。あの石頭を粉々にしてやるぜ」

「期待してるぞ。それはそうと話が変わるが、その人は誰だ? ディーアの知り合いか?」


 他愛無い会話が一変した。それもそのはず。見張りが見知らぬ人を村に入れるわけがないのだ。ディーアがいい感じに説明してくれるだろう。アルマはそう思った。


「コイツはアルマだ。そこで拾った。魔王軍じゃないし、困ってたからとりあえず連れてきた」

「ふーん」


 アルマの顔をジロジロ確認する見張り。嘗め回すように見続けた後、満足したのか見張りは目線をディーアに戻した。


「まあディーアがそう言うならいいだろう。元々そういう村だ。良かったな、コイツに会えて。でも面倒ごと起こすんじゃないぞ。明日までプラムさんいないんだから」

「大丈夫大丈夫。おし、行くぞアルマ」


 そう言うとディーアは村の奥に向かって走り出した。アルマは見張りに軽く頭を下げ会釈した後、ディーアを追いかけて走って行った。






 二人は村の奥にある巨大な建造物の前に来た。辺鄙な村には似合わない、見上げるような大きな扉がそこにはあった。

 ディーアは両手でその扉を押し、思い切り開け放つ。建物の中は燭台などの照明が数多く灯されていた。まず入口の正面奥にある大きな石像が視界に入り、その石像の前には1台の机があった。そして石像の正面を空けるように、十を優に超える長椅子が左右に配置され、その椅子は全て石像の方を向いていた。壁や床は綺麗に加工された石材で作られており、村の家々とは一線を画していた。

 そしてこの建物には、多くの人々がいた。大多数が子供で、残りの少数でもアルマと同じくらいの年齢に見える。明らかな大人は見当たらない。

 その中の一人、白の服と黄色のミニスカに身を包み、裾の長い頭巾を被った柘榴色の瞳をした少女がこちらに来た。その背中には先端に宝玉のついた棒を斜め掛けしていた。


「ディーア! 遅かったですわね。一体どこまで行ってたのかしら」

「わりぃガーネット、ちょっとな。はいこれブリンナ」


 背負っていた籠をガーネットと呼ばれる修道女に渡すディーア。少女は受け取ると、籠を見てため息をついた。


「はぁ、だから遅かったのですわね。これ、多すぎですわ。」

「何度も獲りに行くより効率良いだろ?」

「食べきる前に確実に腐りますわ。腐るのはあなたの頭だけにしてもらいたいですわね。あ、ライム。これ厨房までお願いしてもいいかしら」


 ガーネットは近くにいた全身甲冑に包んだ緑髪の糸目の少年に声をかけた。少年はうなずいて籠を受け取ると、奥の方へ運んで行った。

 それを見届けていると、ディーアの肩が背後からとんとんと叩かれる。最後に建物に入ったのはディーアとアルマ。ディーアが扉を開けて先に入ったのだから、後ろにいるのはアルマのはずだ。


「なんだ、アルm……」


 振りむいた瞬間、後ろにいた青髪の青年に左手で顔面を鷲掴みにされた。身長はディーアと同じくらいなので、宙づりにされることはない。しかし、ディーアがあがいても抜けられないほどには強固に掴まれていた。ディーアにはこの者の正体に確信があった。


「クッソ、離せスピナー! この馬鹿力め! どっから現れやがった」

「えっと、扉の影からヌッと出てきました……」

「そうですわね。ずっと隠れてましたわね。ディーアが帰ってきたら血祭りにあげるって意気込んでましたわ」


 2人はスピナーと呼ばれる者の接近に気づいていた。しかし、何をするのか分かってなかった人と、止める気がさらさらなかった人だったため、奇襲に成功してしまったのだ。


「みんなを心配させた罪と俺を待たせた罪と日頃の恨みを込めて、お前を殺す」

「おい、バカ止めろ! オマエそんなセリフが初セリフで許される訳ないだろ!」

「"サンダー"!」

「あbbbbbbbb」


 部屋の中が碧く激しく点滅する。スピナーが掴んでいた左手から電気を発生させたのだ。叫びながらびくびく動いているディーア。それを見たアルマは血相を変え、すぐに止めにかかる。


「止めてください! その人が遅くなったのは自分のせいでもあるんです!」


 懇願するその青年の方を振り向くスピナー。そして未練がましい顔をした後、ディーアに目線を戻し、電撃を放つのを止めた。両腕をだらんと垂らし動かなくなるディーア。それは鷲掴みにされている手のおかげで、ようやく立っているような状態だった。

 

「あの、ディーアさん。生きてます?」

「心配無用ですわ。この程度ではまだピンピンしてますわ」


 電撃は元の世界だと死刑にも使われる代物なのだが、ここではこの程度で済むらしい。

 スピナーは何かに気付いたような顔をすると、すぐさまアルマの方を向いた。当然アルマはビクッと驚いた。そしてディーアを睨むと、こう問い詰めた。


「誰こいつ?」


 さっきまで電気を流されており、まだ頭を掴まれている状況だが、何事もないかのように答えた。


「あー、ソイツはアルマ。行先ないって言ってたから拾ってきた」


 その返答を聞くと、空いていた右手で思い切りディーアの腹を殴りつけた。それはすごい剣幕だった。一撃を貰ったディーアは崩れるようにその場でうずくまった。


「ふざけるのも大概にしろ。よりにもよって先生がいない時によそ者を連れてきやがって」


 当然である。魔王軍という敵対勢力が闊歩しているこの世界で、見知らぬ人を連れ込むなど愚か者のすることだ。アルマはほいほい同行した自分を後悔した。

 もう一撃入れようとするスピナーを諭すようにガーネットが止めに入った。


「アルマさんがディーアに連れられ、ここにたどり着いたのも主の導き。人間は主の元、みな等しく救われるべき。ですわ」

「俺にその文言は意味をなさないって事、理解しているよな? 第一こいつが魔王軍の息がかかっていたらどうするんだ? 主というのは魔王軍救わないんだろ?」


 その時、足元でうずくまっているダンゴむs……ディーアから声が聞こえてきた。


「ソ、ソイツは魔王軍じゃないぜ……」

「そう思う根拠を5秒で話せダンゴ虫」

「アルマは魔王軍に襲われていたんだ。俺が入らなきゃ間違いなく殺されてたぜ」

「……その魔王軍は?」

「ぶった切ってやったが逃げられちった」


 それを聞くや否や、ガーネットは背負っていた先端に宝玉のついた棒で思い切りディーアの頭を殴りつけた。


「何勝手に魔王軍と一戦交えているのかしら!? 報復に来たらどう責任取るつもりですの!?」


 スピナーに負け劣らずの剣幕で問い詰めたが、ディーアには届いていなかった。ディーアはうつ伏せでピクリとも動かなくなっており、霊魂すら飛び出ている気がした。


「ふう、少しやりすぎてしまいましたわ。私これに"ヒール"かけておきますから、彼の事任せてもいいかしら」

「チッ、分かった。おいアルマといったな、ついてこい」


 そう言うと不機嫌な様子で部屋の奥の通路へ歩いて行った。怯えながらも付いていこうと足を動かしたとき、ガーネットが優しく声をかけた。


「彼はぶっきらぼうだけど、みんなを守ろうと必死なだけ。あまり気にしないでくださいな。それに今回はこれがやってはいけないことをしただけですから、あなたが気に病む必要はありませんわ。全ての人間は主の元、みな等しく救われるべき。私はあなたを歓迎しますわ」

「……ありがとう」


 彼女の言葉に感謝を述べる。その後、部屋の奥の通路から催促の声が聞こえるとアルマは駆けていった。

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