Chapter 3 "ファイア"
空が茜色に染まる頃、青年が脇目もふらず全力で森林地帯を駆け抜ける。その後方には低空飛行で追跡する人ならざる者。
「あののじゃロリ肝心なことを教え忘れてやがる。魔力をくれても使い方が分からなかったら意味ないだろ!」
涙目になりながら叫ぶ。しかし、今更つべこべ言っても何も解決しない。アルマは自分のポケットを調べた。今持っているのは財布とスマホだけ。今できる攻撃がスマホと財布を投げつけ攻撃と喧嘩ド素人のへなちょこパンチなのは悪夢だと信じたい。いやいっそのことさっきまでの話も全てなかったことにしたい。
ひたすら逃げるしかない。けど、翼が生えている奴から逃げ切れるのか? 周りは森でもう日も落ち始めている。暗がりと木々に紛れればもしかしたら……。でもコウモリみたいに暗闇でも見える目を持っているかも……。
交錯する思考。そのノイズが彼の注意を鈍らせた。頭から地面にダイブするアルマ。木の根につまずいてしまったのだ。
すぐに顔を上げるアルマ。しかしもう遅かった――
「コケちまうとはツイてねぇなぁ! 死ねぇ!!!」
振り向くアルマに右手で振りかざした剣が下ろされる。反射的に目を閉じた。
ガキンッ!!
金属がぶつかる響き。それに目を開けさせられた。そこに立っていたのは立派な剣を携えた金の長髪の青年。彼は攻撃を受け止めるどころか奴を吹き飛ばした。
「おい、大丈夫か?」
服や顔についた土や葉っぱを払って立ち上がるアルマ。
「は、はい。大丈夫です。……あの、あなたは?」
「そんなのは後だ。まずはあのヤローを倒すぞ!」
奴に追撃をかける青年。目にも止まらぬ連撃。何度も響く金属音。奴は青年の猛攻を剣で防ぐので精一杯のようだった。
耐えきれなくなったのか、押されていた奴はその翼で空を飛び、攻撃の届かない空中で静止した。
「なんだってんだ。……まぁいい。二人とも殺しちまえば関係ねぇ。まずはてめぇからだ」
左手を剣士の方に突き出す。
「"ファイア"!」
掌に現れた真紅に輝くこぶし大の火球が青年に襲いかかる。直線的に飛翔する火の玉。余裕をもって回避する青年。しかし着弾した地面は抉れ、付近は炎上した。
「ずいぶんシケた魔法だな。あのリアリストの方がいくらかマシな魔法を使うぜ」
「ふん、言ってろ!」
奴は2発目を放った。再び襲い掛かる火球。なんと青年はそれを剣で撃ち返した。跳ね返された火球は奴の頬を掠め、夕空の果てへと消えていった。
勝ち誇った顔で中に浮かぶ敵に剣を向ける。
「舐めやがって……!」
すると奴は右手に持っていた剣を収め、空中で踏ん張るように腰を落として構えた。
「死ねぇ!
その両腕から無数の火の玉が放たれる。青年はその流星群を避け、弾くことでなんとか凌ぐ。燃えあがる地面。バラバラな方向に飛んでいく火球。いくつかは近くに生えていた木々に当たり、炎で紅葉した。
一面火の海とはこの景色のことをいうのだろう。二人の戦いを端から見ていたアルマの口からこぼれる。
「これが……魔法?」
手から火の玉を放ち、攻撃する魔法。"ファイア"というらしい。そして今使っているのがおそらく"ファイア"をたくさん放つ魔法だ。
アルマは右手で左手首を掴み、左手の掌を奴の方へ向けて構えを取ってみた。見よう見まねだ。そしてイメージした。自分の中の何かが掌に集まり、炎となって相手に飛んでいく、そんな感覚を。
目を閉じて集中する。その時、左手に付けていた指輪が小さく赤く光りだした。
「"ファイア"!」
掌に熱さを感じる。左手の先に火球が現れていた。それはバスケボールほどの大きさで奴の"ファイア"より明らかに大きい。それを押し出すようにアルマが力むと、ものすごい勢いで発射された。
直撃。青年に向けて"ファイア"の雨を降らせていた奴は、アルマの火球に気づかなかったのだ。奴の体に当たった"ファイア"は爆発し、火だるまにした。燃え盛る身体は地に落ち、奴は悶えた。
「ちっ! 昼寝野郎は魔法使いだったのか!?」
奴は四つん這いで苦しみながらも、アルマをにらみつけた。
「強いじゃねーかオマエ。ナイスだ!」
青年は地に落ちた奴を逃さなかった。宙高く飛び上がる青年。そして、剣を頭上に構えて、振り下ろした。
「
重く速い一撃。その風圧は辺りの烈火を一瞬にして消し飛ばした。しかし奴は咄嗟に翼を広げ、空中へと逃げた。外したのを嘲笑う敵。それに対し青年は軽い笑みを返した。
突如、奴は鈍い呻き声をあげた。肩から青い鮮血を吹き上げたのだ。左翼は捥げ、奴は再度地に堕ちた。自身の血の上でのたうち回る。青年は見下すように奴に剣先を向けた。
その時、一面が闇に覆われた。完全に日が落ちたのだ。いきなり暗くなったことに気を取られ、アルマも青年も一瞬、空の色に目を向けてしまった。奴はその一瞬を見逃さなかった。
「
二人とも声を聞いてすぐさま奴を確認したが、既に遅かった。奴の体はみるみる夜の闇に溶けていき、次の瞬間にはいなくなっていた。ただこの場から離れる足音が聞こえるだけだった。
「逃げやがったか。一昨日きやがれバカヤロー」
青年は足音が去った方角を向いて中指を立てながらそう吐き捨て、右手の剣を背中に装着した鞘に収めた。
アルマは危機が去ったことに安堵し、座り込んでしまった。元居た日本において、明確に殺意を向けられながら、凶器を突きつけられる経験など基本ありえない。で、それを魔法と剣という今まで見たこともなかったもので退けたのだ。理解など追い付いているはずがなかった。ただ、分かっているのは、今生きているという事だけだった。
ふと気づいたら、アルマの前に青年が立っており、手を差し伸べていた。
「立てるか?」
その手を掴み、立ち上がる。
「ありがとうございます。えっと……」
「オレはディーア。近くのハイド村に住んでるぜ。オマエは?」
「僕はアルマといいます。さっきは助かりました」
「気にすんなって。で、アルマ。さっそくで悪いんだが、コイツに"ファイア"で火をつけてくれないか? オレ"ファイア"使えなくてさ」
そう言ってディーアはランタンを取り出した。四面がガラスで作られており、そのうち一面は開けることができる構造をしている。中には脂がしみ込んだ芯が立っていた。おそらくこの芯に火をつけるのだろう。
「分かりました。やってみます」
アルマはランタンを受け取り、ガラス窓を開けた。そして"ファイア"を唱えた。アルマの右手に先ほどの戦闘時と同じくらいの大きさの火球が浮かび上がった。それを見たディーアは慌ててアルマを止めた。
「デカいデカいデカい! その大きさだとランタン壊れちまう!」
「あっ、すみません。えっと、小さく小さく……」
そうつぶやきながら、小さな火球をイメージして集中した。徐々にしぼんでいく火球。最終的には指先くらいの大きさとなった。アルマはその火球をランタンの中に入れ、着火した。一面夜の闇に飲まれていたが、そこにほのかな明かりが灯った。アルマはランタンをディーアに返した。
「サンキューな。オレはこのまま村に帰るけど、オマエはどうすんだ? 行くアテがないなら村まで案内してやるけど」
現状、真っ暗闇の中、寝る場所も食べる物も見つかっていない状況だ。おまけに野宿したらまたさっきのみたいなのが来るかもしれない。そう考えたアルマの答えは一つだった。
「いいんですか、ありがとうございます」
「オッケー任せろ。あ、ちょっと待っててくれ」
ディーアはそう言うと、近くの木陰に駆け出した。そして、大きな籠を抱えて戻ってきた。その籠の中には赤いミカンのような果実が大量に入っていた。
「それは……?」
「ブリンナだ。コイツを獲りにこの辺に来てたんだ。ってブリンナ知らねーの?」
「初めて見ました」
「ふーん。オマエこの辺の人じゃないな。大方旅人か?」
旅人……とは違う気がするけど、遠くから来た点は同じか。常識的に考えて、別世界から来たことを信じる人なんていないだろうし、旅人ということにした方が今後何かと都合がいいかもしれない。
「そんなところです」
「やっぱりな。そんなオマエにブリンナの良さを伝えたいところだが、これ以上帰りが遅くなると怒られちまう」
ディーアは木々の中へ足を進めた。
「付いて来てくれ。村はこっちだぜ」
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