Chapter 2 契約成立
アルマはきょとんとした顔でつぶやいた。
「80億……?」
それがどれくらいなのか全く見当が付かない。80億という数字がどこから出てきたのかも分からなかった。
「うーむ、人間の優秀な魔法使いが持つ魔力量が、およそ500から1000といったところかのう。魔族やエルフなど人間に限らなければ、もっと魔力を持つ者もおるが……。万を超える生き物は、歴史で見ても片手で数え切れる程度しかおらぬな」
驚愕するアルマ。1万以上の魔力ですらごく希少な存在なのだ。この魔力がそのまま強さになるのなら、80億の魔力を持つ自分は誰よりも強いという事になる。
でもならどうしてシトリーは自分で戦わないのだろう? 与えられるという事は自分で使う事もできるはずだ。
「えーっと、その80億の魔力でシトリーさん自身が戦えばいいんじゃないでしょうか? なんでわざわざ僕に……」
「理由は簡単。この魔力は別世界の者にのみ渡せるものだからじゃ。わしには行使できぬ。だからわざわざ別世界を探して回っておるんじゃ」
つまりアニメ風に言えば、異世界転移の特典のようなものだろうか。
シトリーはアルマの方をしっかり向き直した後、問いかけた。
「で、お主はやってくれるのか? 後払いになるが報酬も出そう」
「報酬? 報酬が出るんですか?」
「たわけ、タダ働きで死地に行けなど言えぬわ。魔王を倒した後の話になるが、望むものをなんでもくれてやろう。人間が欲しがるものと言えば、莫大な富か、子孫繁栄かのう。あと不老不死は無理じゃが長寿なら可能じゃ」
自身のことをスカウトマンと言っていたが、ここまでくるとおそらく神か何かなのだろうか。シトリーの正体について思案したいところだが、アルマにはどうしても叶えたい願いがあった。
「なんでも……。なら蘇生は可能ですか!?」
この空間に来て一番大きな声に、シトリーは少したじろいだ。
「……その剣幕。お主、どうしても生き返らせたい大切な人でもおるのか?」
「半年前に亡くなった母を、生き返らせたいんです……!」
アルマの思いの強さは一目瞭然だった。しかし、シトリーは残念そうな顔で目をつむり、首を横に振った。
「すまぬが、失われた命を取り戻すことは不可能じゃ。これは技量や倫理の問題ではない。本当にできぬのじゃ」
その言葉を聞いてアルマは落胆した。
「まぁ蘇生は無理じゃが、それ以外ならわし頑張るから。報酬も後で決めてもよいから。だから引き受けてくれんかのう? というより引き受けてくれぬと……」
「?」
歯切れの悪いことを言ったと思うと、シトリーは目をそらし右手を頭の後ろに動かしながら話した。
「既にお主の体がこちら側にあるから、再度転移が使えるようになるまで、丸腰でお主を放置することになってしまうのじゃ……。……てへぺろ」
「て……、てへぺろじゃねーーーー!! 最初から僕に選択権ないじゃん!!」
あまりの発言に今までついていた敬意が剥がれ落ちた。
「すまぬ! 普段なら往復分の魔力を貯めてから呼び出すんじゃが、嫌な予感がしたから溜まり切る前に呼び出してしまったんじゃああああああ!!」
ずっと体格に似合わぬ威圧的な態度を取っていたシトリーも目に涙を浮かべ、思いっきり詫びた。
しばらく目をつむり考え込むアルマ。目を開いた時には、その顔に決意の色が見て取れた。
「……いいですよ、引き受けても。命を助けてもらった恩もありますし、なにより困っている人を見捨てられるほど僕は冷徹になれません」
嬉しい返答にシトリーの顔は輝く。アルマは続けて話した。
「でも一つ確認させてください。もし魔王を倒せた時、僕は元の世界に帰れるのですか?」
「そういえば、その話をしてなかったのう。もし魔王を倒せたときは、当然元の世界に帰れる。こちらの世界が気に入ったのなら、帰らない選択も可能じゃ」
シトリーはニコニコしながら答えた。しかし、その表情はすぐに崩れ、真面目な顔になった。
「ただし、一つだけお主の意思ともわしの意思とも関係なく強制帰還させられる場合がある。80億の魔力を使い切った時じゃ」
「使い切る?」
「うむ。普通、魔力は休めば回復するのじゃが、お主に与える魔力は特別性。一切回復しないのじゃ。そして完全に使い切った時、お主の身の安全を考慮して強制的に元の世界に戻される。まぁ80億の魔力なんぞ、24時間365日毎秒上級魔法撃っても1年以上持ちそうじゃがのう」
「分かりました。覚えておきます」
魔力を失ったら自分は丸腰。だから死ぬ前に元の世界に返してくれる保険付きということだろう。聞いている限り相当なことがなければ尽きない量らしいから、頭の片隅に置いておこう。そんなことをアルマは考えていた。
シトリーは一呼吸置くと、改めてアルマに問いかけた。その左手には先ほどの水晶玉のようなものが浮かんでいた。
「確認のため再度問うぞ。アルマ、お主は魔力を受け取り、魔王を倒してくれるな?」
アルマははっきりと答えた。
「僕は、必ず魔王を倒してみせます!」
「ふむ、契約成立じゃな!」
にっこりしながら声を上げるシトリー。彼女は左手に浮かんでいた玉に、ふっと息を吹きかけた。その玉は空中をゆっくり移動し、アルマの左手に接触した。その瞬間、強く光り輝いた。
光が収まって、アルマが自身の左手を見ると、その人差し指にシトリーの瞳の色と同じ色の宝玉がついた指輪がはめられていた。
「その指輪はお主がわしに応えてくれた契約の証。その指輪を介してお主は先の魔力を行使できる。そう、80億の魔力をな」
「これが……」
アルマはその指輪をじっくりと見入った。リングの部分は細く銀色に輝いており、そのリングに合う小石ほどの大きさの綺麗な楕円形の宝玉が一つ付けられていた。
シトリーは指輪を眺めているアルマの背後を指さす。すると、何もなかったはずのそこから光が溢れてきた。アルマはその光の方を振り向いた。
「これは……」
「出口じゃ。そこから出ると、お主の意識は身体に戻り、目を覚ます。行ってくるのじゃ、魔王討伐の旅に!」
シトリーの激励にアルマは強くうなずいた。
出口に向かって歩いていく。それの前についた時、シトリーが口を開いた。
「あ、言うのを忘れておった。わしに会いたくなったら夜寝る前に指輪に祈れ。またここに来れる」
振り向いて返事をするアルマ。
「分かりました。……他に言い忘れたことはないですよね?」
そう問いかけると、シトリーは目をそらした。
「えーっと、その。コホン」
「?」
「目覚めたら右に思いっきり飛び込んで回避じゃ」
「……なんですか、それ?」
「い、いいからはよ行け!」
ごまかしの大声に押され、首をかしげながらアルマは光の中へ消えていった。
目を覚ましたアルマ。その視界に飛び込んできたのは、自身に振り下ろされている刃だった。
身体をすぐに起こし、右に思い切り飛び込んで回避するアルマ。元いた地面に刃が刺さる。身体は地面を転がり、アルマはなんとか一命をとりとめた。
「なんだ、起きちまったのか。目覚めなければ痛みなく死ねたっていうのによぉ!」
声の主はそう言いながら地面に刺さった剣を引き抜いた。その姿は、角や翼が生えており明らかに人間ではなかった。
何者かは分からない。ただ目の前のコイツが自分を殺そうとしていることだけは分かった。戦うしかない。そう考え、アルマは構えた。
が、ここで重大な事実に気づいた。
「どうやって魔法を使うんだ?」
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