神里睦月 / Mutuki Kamizato


 ――3/14、当日。


 俺はぼうっと天井を見上げていた。

 だだっ広いだけの俺の部屋。


 正直、二十畳もいらない。広すぎて、むしろ空虚だった。

 机に飾ってある、フォトスタンドを見やる。


(俺、クソ重いよなぁ)


 実感する。スマートフォンをいじりながら。やっぱり、ホーム画面にはアイツの写真。表示されると、柄にもなく唇の端が綻んでしまう。


 自信なさそうで。

 遠慮がちで。


 いつも後ろ向きなのに。

 俺がネガティブな発言をすると、途端に前を向いて俺を引っ張ろうとする。


 ――睦月君は怖くないよ。

 ――優しい目をしている。

 ――実際、優しいしね?


 俺にそんなこと言うの、お前だけだからな。つい小さく息が漏れる。


 ――む、つ、君。

 そんな風に言われたら、ますますお前を離したくなくなるじゃんか。


(責任とれよ)


 つい心のなかで、そう愚痴ってしまう。どれだけ、向日葵ヒマが俺の中で、大きな存在になっているのか。お前、本当に自覚がなさ過ぎるからな?


 ――あの子、未だ自分に部外者感を抱いているからね。だから、さ。その手を絶対に、離さないでよ?

 ――むしろ離すわけねぇだろ?


 昨日。


 あいつが、不安を感じている理由の一端を垣間見た。あの生殖機能不全フルボッコにしたヤツが、その理由の一つなのは間違いない。


 文月に調査をさせようとしたところで家長クソジジィにストップをかけられ――そして、1週間の謹慎を言い渡された。


 まぁ、民間人に手を出したのだ。流石の俺だって、その意味は分かる。だけれども、ヒマに手をかけたんだ。許せるはずがなかった。




 コンコン、ドアをノックする音がした。


「……睦月むつ、昨日から何も食べてないでしょ?」


 クソが覗いてくるが、どうでも良い。


「気が向いたら食べる」

「あんた、謹慎期間中、断食するワケじゃないでしょうね?」

「食欲がないだけだ。放っておけ」


 そっぽを向こうとして――それから、思い返す。机に置いてあったクッキーの箱を無造作に投げた。


「何よ?」

「お前にバレンタインのお返しだ。察しろって」


 それから、もう一つ放り投げる。


「渡しといてく――」


 最後まで言わせることなく、クソが投げ返してきた。


「自分で渡しなさいって」

「だって、ホワイトデーは今日――」


「関係ないでしょ。ホワイトデーが終わったら、お礼は言えないって誰が決めたの? それにさ、言わせてもらうけどね? 今の今まで、自分の気持ちを言えないヘタレが悪いんじゃない?」

「う……」


 痛い所をついてくる。


「だいたいね、手作りチョコだったでしょ? あの子の精一杯の好きが詰まっていたの気付いてないの? あの子、誰も彼も気軽にチョコなんかあげないよ。まして『大好き』なんて安易に書く子じゃないでしょ?」


「それは……」

「そこに返事をしないが、ヘタレだって言っているの」


「……普段、兄さんとか言わないくせに。ちょっとだけ、俺が先に生まれただけだろ?!」

「だったら神里の意地、見せてみろっての」


 ずっしりと、ホワイトデーの箱が重い。主に、自分の気持ちが重すぎて。想い過ぎて。


(……やべぇよなぁ)


 キモい。自分がキモい。

 でも止まらないんだ。


 向日葵ヒマが好きすぎて。

 最近、寝ても覚めてもヒマのことを思い浮かべてしまう。


 だったらさ――。


 しばらく、会えないのなら。

 夢で終わらせるつもりなんか、さらさら無いけれど。




 今だけは、夢の中で向日葵ヒマと会わせて?







■■■







「……睦月君?」


 頭がぼーっとする。

 また、夢。


 もう一度、ヒマの夢が見れたのか?

 うっすら目を開ける。

 やっぱり、目の前にヒマがいる。


(……夢なら良いよな?)


 ヒマを抱きしめる。


「ちょ、ちょっと、寝ぼけ過ぎだよ! む、つ君! 睦月君!」

「むつって呼べ」


 夢の中だ。それぐらいのワガママは許されるだろう?


「え、ちょっと、そんな――」

「その代わり、俺は向日葵ヒマ」って、ちゃんと呼ぶから」


「え……それは、嬉しいけれど。あ、でもダメ! 如月さんの気持ちを考えたら――」

「なんで、アイツが出てくるんだよ?」


「だって、今日だって……お家で待って。心配して……」

「アイツが心配するタマかよ。自分の家だから、ココにいるだけで」

「自分の家?!」


 なんでヒマが、ショックを受けたような顔になるんだよ?


「それって、許嫁ってこと……? そ、そうだよね……。神里のお家がこんなに大きいって思わなかったから。でも……そっか、そうなんだ……」


 とヒマが勝手に離れようとする。

 だから、俺はさらにヒマを抱きしめ――あれ、暖かい?


「あれ……? ヒマ? 夢じゃない?」


 コクコク頷くヒマ。フルフル目を潤ますヒマ。身をよじって離れようとするから、俺はさらに抱きしめる。


「むつく、んっ。離れて、ダメだって。本当は、如月さんのこと好きなの私、知ってるもん。寝ぼけてないで、起きて!」


 なんでアイツの名前が出てくるんだ?

 それに――。


 会いたいと思っていたヒマが目の前にいるのに、離すワケねーだろ?

 ジタバタ暴れるヒマを、俺は全力で抱きしめる。


「イヤだ! イヤ! こんなのダメ、如月さんが悲しむから――」

「なんで、ヒマが妹との仲を心配しているのか良く分かんねぇーけどさ」


 ジタバタ暴れる、ヒマを抑え。それから、その顎を摘まむ。


「俺が好きなのは、七瀬向日葵。お前だ」

「え――」


 それ以上の言葉はいらねぇ。

 拒絶の言葉なんか、聞きたくない。


 ひどいヤツだって、分かっているけれど。

 俺は、向日葵の唇を奪った。







■■■






「ウソ」

「ウソじゃないって」


「ウソだ」

「ウソじゃないって」


「ウソ」

「だから、本当にウソじゃないって」


 さっきから、この問答をずっと繰り返していた。


 如月クソが妹だって信じてくれない。

 と言うか、言っていなかったっけ?


「聞いてない」


 ぶすっと、ヒマが頬を膨らます。そんなヒマが可愛いと思ってしまう。


「可愛くないもん」

「可愛いって。そういうトコも好きだ」

「わ、私の方が好きだもん」


 へ?

 ヒマからの言葉に、俺が硬直してしまう。


「いや、最初に好きになったのは俺の方で――」

「私が最初だもん。好き、睦月君が好き。やっぱり、我慢できないよ。諦められないよ。むつ君が、好きで。如月さん、ごめんって思うけど。好きだよ、好きなの、むつ君!」

「いや、だからアイツは妹で――」


 感情が決壊した向日葵ヒマは、まるで子どものように、泣きじゃくる。

 視線を向ければ、ドアの隙間から、如月クソと文月の視線を感じた。


(見てないで、助けろって)


 絶対に、この状況を楽しんでいるだろ? 本当にうちのクソは腹だたしい。


 似てないとよく言われるけれど、俺たちは二卵性双生児だ。


 1/31、日付が変わるギリギリ手前に生まれた俺。

 日付かわって、出てきた如月きさ


 俺と如月きさが兄妹なのは、周知の事実。学校の七割が、神里の姓。あえて説明する必要なんてないと思っていた自分が悪かった。


 だって向日葵ヒマは、そんな事情知るはずがない。


 これは明らかに、俺の失態だって思う。

 挙げ句、ホワイトデーのお返しを、見繕うのをクソにお願いをしたのが、悪手だったと今さら気付いた。 

 ようやく、最近よそよそしい向日葵ヒマの態度の意味が分かった気がした。


「バカ」

「バカだもん、私、バカだもん。むつ君が、如月さんのこと好きだって分かっていて。それでも諦められない、私は本当にバカだもん。でも、好きなの、むつ君のこと、本当に好きだの。大好きな――」


 もう一度、唇を塞ぐ。


「良いから、聞けって。俺が好きなのは、向日葵ひまわりだ。七瀬向日葵が好きだ。俺に怯えない、対等に接してくれるヒマのことが好きだ。俺が困った時に、一生懸命考えてくれるヒマが好きだから。だから――」


 ぐっと、ヒマを抱きしめる。

 俺は執念深いんだ。


 つまらないと、ずっと思っていた毎日に色を塗りたくったのヒマだから。

 責任取れよ?

 だから――。


「絶対に、離さないからな」

「……うん」


 向日葵が俺を抱きしめる。

 あ、そうだ。


 ホワイトデーのお返しを渡さなくちゃ――。

 そう、手をのばそうとして。


 さらに向日葵ヒマに抱きしめられた。







「やだ。余所見したらイヤ。私、絶対にむつ君を離さない」


 甘いキスが雨のように、降り注いで――。

 制服が皺に。


 暴れたから、リボンタイがほどけて。

 上気した頬。


 ふと。

 ヒマの視線が、半開きのドアに向いて――。






「「「「あ――」」」」




 この瞬間、時間が凍りついた。


 それでも、向日葵ヒマは俺を離そうとしないから――それが、ただ無性に愛しくて。

 向けられる視線なんかどうで良い。 




「む、つ、君。み、みんな見て――」

「見せとけ。それより、俺から目を離すな」

 


 ――向日葵の花言葉は「あなただけを見つめてる」なんだって。確かに七瀬さん、一度決めたら一途っぽいよね?


 他愛もなく文月が言った言葉が今、脳裏に響く。

 そんなことないよって、あの時の向日葵ヒマは俯いたけれど。






 その花言葉、誰よりも当てはまるのは俺だ。

 だから。


 何度目だろう。

 何回目だろう。


 言葉にしたら、こんなに簡単だったんだと知る。






 ――好きだ。

 ――だから。








 ――絶対に、離さない。

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