第7話 「悲痛な」とか言うけど、当たり前だから!



 ユリィはあの後、意識が戻り、もう一度風呂に入って血液を落とした。


「ぶくぶくぶくぶく………」


 一時間の死闘の末、髪の汚れを落としたユリィ。その後三十分を、ユリィの師匠であるイリィが置いていった腫れ引きの薬液を入れた冷水で満たした浴槽に顔の上半分を中心に浸し続けていた。


「致命傷じゃなくて良かったです」


 風呂から上がりリビングへと向かうとヴィルーべリネールが家の柱に背を預け佇んでいた。


「ヴィルーべリネールさん!」


 ユリィが口角を上げると、隣から呆れたのか張り詰めた緊張がとれたことからのため息が聞こえた。

 リリフィーにゃが肩の力を抜いてユリィを見上げる。


「一応連絡しといたのよ? まったく」


「……ユリィさん、べリネールで結構です。長いでしょう」


(なんか……怒ってます? いや、そりゃそうか)


 淡々と、昼間よりさらに温度の下がった声色にユリィは申し訳無さそうに頭を下げる。


「こんな夜中にすみません」


「……ユリィさん」


「!? は、はい!」


 とんでもなく冷たい空気が構築され、氷河の中に独り立たされたような気分にユリィは背筋を凍らせる。心のなかで「これで顔を冷やせればいいのに」とも思いながら。

 しかしべリネールの言葉を聞いているうち、ユリィは唖然とする。


「私はアルホゥートの騎士として国民を守る地位に就いています。ですから、必然的に貴方も守らなければなりません。貴方が国民である以上、そこに許諾も拒否もありません」


 べリネールの口からユリィに向かって宛てられた言葉は凍てつく氷の様なものとは全く別のものだったからだ。


「貴方が、〝オブシディアンの妹〟だとしても拒否権はありません」


「えっ」


「えええっ!? なにそれ! 初耳なんですけど!?」


 リリフィーにゃが驚愕し目を丸くさせる。


「?」


「ぅえっと……、そ、それは、オブシディアン兄さんが?」


 ユリィは焦る。

 オブシディアン兄さんは、そういった家庭の話をそこらで軽はずみに語ったり、それで悦に入るような人間じゃない。だから自分のことを、あの、騎士オブシディアンの異母妹いもうとだと知って接してくる人間は今の今まであまり居なかったし!? どうして?! とユリィは余計に目を回して焦る。


 実の兄では無いにしろ。今回の村での騒動のとき、彼の同僚は必ずしもいただろうに「周知されていなかったのがその証拠だ」と。


 そうして、素っ頓狂な反応をして焦りだしたユリィとは対照的に落ち着いた様子で語るべリネール。

 

「ああいえ。彼は酒の席でもそんな話はしませんから、ユリィさんが彼の妹さんだと知ったのはつい先程です。


 オブシディアン、彼にはよく、兵士たちに料理を披露するための材料の運搬を頼まれていましたから。彼にはいつも、〝私の実家から〟取ってくるようにと言われてましたので」


 「妹がいるという話はしないが、過去に教えてもらった住所と同じなのでもしや、とは思っていたのです」とべリネールはヘルムの中で目を細めた後、咳払いをして話を戻す。


「ゴホン……


 だからどうか、今後、私の目の届かないところでの無茶はして戴きたい。


 そうしてもらわねば、いくら方解石カルサイト級冒険者の証を持っていたとしても、こちらからの依頼を請けさせる訳にはいかなくなってしまいます。


 昼間の一件で、貴方の実力は、目を見張ること以上のものと理解しました。だからこそ、お身体を大事にして戴きたいのです」


 ユリィの肩に添えられた手は、昼間と同じく人の熱を知らないガントレットで覆われていた。しかしながら、やはり温かみが感じられた。


(………まるで師匠に叱られた時のようだなぁ……)


 ユリィは、母の慈しみに触れたような気分で、不思議と反論しようとする気持ちにはなれなかった。


「べ、べリネールさん、」


「ん?」


「ユリィは私を庇ったから。確かにユリィには沢山お灸を添えたい気分だけどっ、今夜のことは、その。できれば大目に見てほしいんです」


 リリフィーにゃは珍しく語尾にしっかりと区切りをつけて述べた。

 べリネールは沈黙を続け、考え込み、ユリィの肩から手を下ろす。リリフィーにゃと同じように深いため息をついて次は目の前に立つ二人の少女に向かって語る。


「リリフィーにゃさんからしらせを聞いたとき。確かに、二人が呪いに掛かる事を避けるにはそうすることが最善だったことは理解していました。

 ……今回のことは目をつむります。でもユリィさん?」


 ずい、とべリネールが腰をかがめユリィの顔に近づく。その距離、目と鼻の先。ヘルムが眼前に広がったユリィは若干興奮気味になって聞いた。


「なっ、なんですかっ?」


「次に何か無茶をしたとリリフィーにゃさんや周囲の人々から聞いたら、もう国からの依頼は受け付けさせませんからね」


「ヒェッ……それは、もう騎士の方々と対面する機会がほぼ無いと?」


「そうです」


 ヒュッ、と、無慈悲な返事にユリィの喉奥から鋭い音が鳴る。


「…………そ、そそっ




 そんなぁぁぁぁああっっ!!!」


 ユリィの悲痛な叫びは、丘を出て戯夜祭の前夜祭の片付けをしていた業者たちの耳に入っていた。



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