第6話 トリック・オア・センテンス。死の宣告はいかが?【後編】


「えっ?」


 ユリィによって後方に投げ出されたリリフィーにゃ。倒れた次の瞬間には、ユリィは深紅の液体を頭から被っていた。


「やっぱり、貴方だったんですね……」


 ユリィの目線はその背丈より下になっていた。それはそうだ。ユリィと対面したその男の首は、男の小脇に抱えられていたからだ。


一騎当千の首なし騎士ワイルドハント・デュラハン


 あんなに待ち望んでいた人物との再会なんだからどうせ鼻血が出るほど興奮している、と思いきや。ユリィは酷く激昂した様子でその名を口にした。

 なぜ昼間の魔物モンスターここにいるんだ。そしてユリィはなんで興奮しないの? という二つの理由で困惑し、すっかり座り込んでいたリリフィーにゃ。

 その前に、すかさずズィーが出てきて身構える。


 肩を震わせユリィは挑戦的な相手の目を確認してから口を開いた。


「この……こ、このぉ…………っ」


 なんだ、なんだ? と更に挑発的で愉快そうに彼はユリィを見た。


「この……



 この液体落とすのに、どれだけ掛かったと思ってるんですかぁぁあ!!!!」




 ビリビリと緊張とはまた違った何かが一騎当千の首なし騎士とズィー、リリフィーにゃを包んだ。


「………………そ、そこなのねぇぇえええ!!!!」


 何かがやっぱりおかしいんだこの女。とでも言いたげなしわくちゃ顔でリリフィーにゃは床に向かって叫びを上げた。

 一方で、ユリィの凄まじい怒号とその顔を目の当たりにしたデュラハンは流石の反応に目を丸くし、暫く唖然とした。


「……そんなに悪戯がしたいのなら一晩中付き合いますよ


 でも今日の一夜をともにしたら今度は私とお付き合いしてくださいね……。


 安心してください、夜はまだ続きますから………ねぇ?」


 油が挿されていない機械人形の首のように顔を擡げるユリィ。その顔には興奮とはまた別の、復讐に似た色が浮かんでいた。


 その言葉が伝わっているのかいないのか。多分伝わっていないだろうが。

 一騎当千の首なし騎士は再び嗤うと足速に愛馬へ乗り込みユリィを一瞥した。


「待ちなさい!」


「追うなユリィ!!」


「でもッ」


 ズィーの大声に静止させられたユリィ。ズィーに振り向きまた首なし騎士へ顔を向ける。

 その反動で揺れた前髪は、再びユリィの魔眼を、一騎当千の首なし騎士の前に晒した。


『!』


 昼間と同じように目が合う。


 あの時自分に何を命令したのか理解ができなかったが、敵前逃亡を余儀なくされたことだけが魂に刻まれたような気がした一騎当千の首なし騎士かれは余裕そうな表情を一転させ、馬の手綱から手を離した。


 そしてその手を迷わず自身の腰へと滑り込ませ何か蛇のような物を手に握った。


「ユリィ!」


 蛇と思っていたそれは鞭であった。


 ユリィの脳内を、どうしてか頭から抜けていた情報が駆け回った。


 首なし騎士という魔物は、男が大半と思われるが実は女もいる、ただの首のない幽霊にはなるが騎士ではなく貴族の者もいる。武器が必ず剣というわけではなく〝鞭〟を使う者もいると。


 まさかのまさか。

 この死霊、一騎当千の首なし騎士と謳われただけある。なんと大剣だけでなく鞭まで使いこなすとは。


 しかし、鞭だと認識していた時には既に、自身へ向かって来ている最中であった。鞭は、生暖かい空間を切り裂き、ユリィの魔眼を収める顔の上半分を狙っている。


「あ……!」








 次の瞬間、鋭くも幅の広いものを打ったような音がした。その音からほんの少しの間を空けて物凄い風圧がユリィたちを襲った。


 流石のユリィも、悪運尽きたかと思われた。


 が、当のユリィは、その身体こそ地面に投げ出していたが、瞼を主として顔の上半分が痛々しく腫れ上がっているだけ。出血も、瞼の上が裂けた程度である。

 眼球を潰されたわけではなかった。


 実は、鞭がユリィの瞳を直撃する、その直前。

 使い魔であるズィーがユリィの指に噛みつき、脊髄反射でユリィは背をほんの少し低くさせた。ついでに瞼もぎゅっ、と閉じた。そのことが功を奏し、ユリィの瞳に鞭が直撃し眼球が破裂することを防げたのだ。


 凄まじい風圧で、玄関の中に押し戻されるようにして倒れたズィー。急いでユリィの許へ駆け寄った。

 あの首なし騎士は? と辺りを見渡すと、なんの魔法、スキルを使ったのか、開けた場所であるはずなのにデュラハンとその愛馬の駆ける姿は確認できなかった。



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