第5話 トリック・オア・センテンス。死の宣告はいかが?【前編】


 静けさの真っ只中、ドンドン、と木製の扉をノッカーが叩く、低くくぐもった音が鳴ると、机に伏していたリリフィーにゃは勢いよく身を起こす。その隣で同時にズィーは耳をピンと立てた。


「はーい!!」


 廊下に出てそのまま玄関に向かってドアノブに飛びつく。ドアに取り付けられた窓には待ち望んでいた人物と同じ背丈の影が映っている。


「おかえっ、りなさい………ユリ、ィ」


 ドアを押し開けるとリリフィーにゃの待ち望んだ人物が立っていた。自分から飛びつこうと思っていたけど、ユリィの髪に未だ纏わりついて、今度は固さを持ち始めたその液体だったものに嫌悪感を覚え踏みとどまる。


「………リリフィーさぁぁん!!」


「ぎにゃぁぁ!!? ちょっ離れて!!」


 そんなリリフィーにゃの態度を知ってか知らずか、ユリィからリリフィーに飛び込んだ。リリフィーにゃが踏みとどまったのが無駄になった瞬間である。


 ユリィの艶やかであったはずの髪に纏わりついていた紅の付着物は、ベタつくところもあればカピカピになって指で触れば塵になる部分もあった。


「お、お風呂! お風呂沸かしてるから! 離れなさいよこの馬鹿!」







「うう〜〜」


 ユリィは湯船に浸かり、その温もりに涙を流し。


「うう〜〜」


 ポカポカのままホカホカの飯を食べ涙を流した。


「ほんと、どうしたの? そんなに傷ついたわけえー?」


「ちが、いえ、ついたら安心感あんひんかんがぁ」


 リリフィーにゃに頭を突かれ、皿を押さえる右手をズィーにさすさすとさすられる。その暖かさにまた涙がユリィの頬を秘境奥地の滝のように落ちていく。


「てか食べるの早っ」


 そしてそれと同時並行で皿に盛り付けられた山盛りの飯は立派な固形物だったのに、まるで夏場に食べる冷えた麺のようにユリィの喉を通っていく。

 リリフィーにゃとズィーは一足先に馬車で帰還しギルド内で昼飯を。帰宅してユリィを待ちながら夕食を食べ終えていたが、健啖家けんたんかでありながら昼飯もろくに食べれず、傷の処置で夜遅くに帰宅したユリィのおかわりは止まらない。


前夜祭ぜんやさい楽しかったよねーズィーさん!」


「モグモグ……ゴクッ! 行ってきたんですか?」


 ユリィが帰ってくる前に楽しんできたのだろう。ユリィは咀嚼したものを飲み込んで水を片手に尋ねた。



「ああ。だがなぜ皆アレを言わないんだ?」


「アレ?」


 ズィーが首を傾げたあとにリリフィーにゃも首を傾げたが、その後すぐに理解し笑った。


「ああ〝トリック・オア・トリート〟のことでしょっ!

 今日は前夜祭だから、みんな純粋にご飯を食べて、歌を歌って終わりなのよ」


「そうなのか?」


「そうそ……」


 その直後。一つリリフィーにゃは疑問に思ったが、言葉に出す前に自己解決してしまった。


 使い魔なら、契約した時に主を通して主の知りうる知識を共有する。ならズィーは、その段階でこの国を生活圏にしているユリィ。の使い魔であるなら戯夜祭ハロウィーンのことは知ってるはず、だと。


 そして答えはいたって簡単。

 秋。それは戯夜祭ハロウィーンの季節。秋休暇としてアルホゥート学園から実家に帰省する生徒が多い中。




 ユリィは実家の居心地が良すぎて休暇中ずっと家の中。

 しかも戯夜祭の期間の七日間すら、子ども達がお菓子を貰いに来る時意外はドアを開けなかったのだと。




「ごめんねズィーさん……ッ、

 あたしがユリィを外に出さなかったばっかりにッッ」


「い、いや、私もそれを普通だと思って……良しとしていたから……っ」


 一人と一匹して顔をしわくちゃにさせて机に伏す。

 水を飲み、ナプキンで口を拭き終えたユリィは目を細めて声をあげる。


「まじで本人を前にして繰り広げる会話じゃないですよ」

(まったく……失礼な)


 と。

 机に伏して互いに自分が自分がと卑屈になっているのを横で、ユリィが食器を下げてシンクへと置いた。そんなとき。


 コンコンコン、とドアが叩かれる音が聞こえた。


「ん? はぁ〜〜い……もしかして子ども? お菓子は用意できてないのに」


 飛び起きる、までとは言えないが、ユリィのときと変わらずリリフィーにゃが立ち上がり玄関へ向かった。

 ユリィはこんな時間に誰だろうか、と少し動きを止めた。


「ぁあっ! もしかして戯夜祭、初めての子かしら?




 ごめんねぇ〜今日は前夜祭の日だから、お菓子は」


 リリフィーにゃがドアノブを捻る。




「リリフィッ!!」




 〝お菓子は〟そう、リリフィーにゃが言い欠けたタイミングで、キッチンから飛び出してきたユリィに肩を引かれ、投げ飛ばすように後退させられた。

 半分開いた扉の前にはいつの間にか自分ではなくユリィが、自分は不意打ちで対応できず腰を床に打ち付けてしまう形で後ろに倒れた。


 そして瞬きを忘れ、目の前の光景を焼き付けさせられた。


「えっ?」


 リリフィーにゃが倒れた次の瞬間には、ユリィは深紅の液体を頭から被っていた。咄嗟に手をクロスして顔の前に、出して猫背になったユリィ。

 その前方には、到底子どもとは思えない背丈の何かが、立っていた。



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