第24話 そして死は振り返る


「ぁああ〜〜ッ♡♡」


 これほどかと口角の上がり、目を細め頰を紅潮させるユリィが湛える笑み。

 今自分は幸せだ、生きている、心が満ち足りている、という心情顔に出ていたのを一騎当千の首なし騎士ワイルドハント・デュラハンははっきりと眼前に捉えた。


『ッ……馬鹿ニシオッテ!』


 思い切り剣を振るうと、切先はユリィの脇腹めがけて風と風の合間を滑ってきた。

 それはユリィを真っ二つに。




「ここで死ぬわけにはいかないんですよね」



 一騎当千の首なし騎士が思い切り剣を振るうのならばユリィは思い切り身体を海老反らせて逆立ちのようなポーズで首なし騎士の腕に捕まり、斬撃をかわした。


「そろそろ目を覚ましたらどうですか」


 未だ逆さのまま己の首を見おろして、脈絡のないことを語りだそうとするユリィについに痺れを切らしたのだろう。ユリィが捕まる腕とは反対の、自身の首を抱えた手が、急にその首をそのまま上空へと投げたのだ。


 あっという間にユリィよりも高所に構えた首はユリィの方を見下し


「――! まずっ」


 バシャァッッ!!!!


「……!!」


 ユリィの頭の上からドロっとしているけれど粘度の少ない赤黒い液体が全身に掛かった。


 ようやくユリィの笑みが消え失せたことを目の当たりにすると一騎当千の首なし騎士はにたぁと目元を歪ませた。


 その重たさに頭を上げられないそうで。状況を確認できなかったユリィはやっとの思いで上半身を起こし座り込む。しかし、その横から大剣が迫っていた。

 糸を巻き付け防御したユリィ。


 しかしながら。防御したと言えど、それは斬撃〝のみ〟を防御しただけであり、殴るように、叩き付けるように。本来ならば美しい断面が作られる程の業と威力。ユリィにとっては斬撃であり打撃であった。その衝撃を受け流せるわけもなくユリィの体は吹き飛ぶ。


「ガ―――あぁあッ!!」


 内臓が破裂したか? と血の気が引いたユリィ。


 しかし異世界人の体は日本人よりも丈夫であるため傷がついただけかもしれないと思考を巡らせ壁にめり込んだ四肢を剥がす。ドシャ、と崩れ落ちた後も口から血が弾けるように出て行く。


 その有り様を見た彼。一騎当千の首なし騎士。

 自身の血を浴びて、斬撃を食らった。


 もう死ぬであろう娘を前にして相棒の馬と共に踵を返した。その足を止めた声。


「いったぁ」


 その言葉だけ、まるで茶番劇の一節のようだった。


 自身の抱える痛みから漏れた言葉とも、自分が生きていたことを祝す喜びの声ともほど遠く。まるで〝一騎当千の首なし騎士おのれの攻撃を喰らえたことに悦んでいる〟ようで、悪寒を感じた首なし騎士は振り向いた。


「あは♡」


 ただでさえ目に掛かる重たそうな前髪であるのに、その上から重たい液体をドロドロと垂らされた血濡れた髪。

 前髪を片手で掬い上げて一騎当千の首なし騎士を見上げる娘。


 ユリィは今、




 極度の〝性的〟興奮状態に陥っている。




 なんと過激な表現をするのだろう。

 しかし、それ以外の表現の仕方がなかったと言えよう。


 頬はオーガズムに浸っていたように火照り、頬から顎へと汗が滲み出す。これでもかと瞼から飛び出そうな瞳。開いているその目は獲物を見つけた獣のよう。


「あぁ……いった」


 身体はとうに疲労仕切り、その疲れが喘ぎとなって口から漏れる。必然的に連なって出ていく吐息は熱を帯びている。吐息を漏らしていたせいでよだれがたらり、と一筋唇から外へ垂れた。


 次にユリィは血で髪の隙間が埋もれてしまったことの視界不良を解消するため、前髪を片方だけ手で掬い上げた。

 鬱陶しくも見て取れる前髪を全て上げず、両眼を出さないのには理由がある。


 ユリィの瞳は俗に言うオッドアイ。ネコによく見られるアレである。日本で生きていた頃は両眼とも金に輝いていた。だから両眼を出すのに躊躇ためらいはなかった。


 しかし魔帝の魔眼を手にした今は違う。

 

 両眼を出すと片方ずつ見える世界の色が違うために、非常に脳が疲れるのである。

 故にユリィは自然と片目のみの視界良好を求め、右左ランダムに髪をかき上げた。それが魔帝の魔眼が宿った左側だったというだけの話。

 まったく持って意図はなく、ユリィの反射的行動だった。これから起こることなどつゆ知らず、不敵な笑みが付き纏う。


「まだまだですよ」


 一騎当千の首なし騎士と視線が絡まったその時、魔帝の魔眼が光を放つ。グリムゾンカラーをもっと深くした悍ましい閃光が放たれる。


『―――ッ』


 閃光と共に流れてきた溢れる魔力に当てられたのか首なし騎士は何かに命令されたかのように声一つ発さず森へと消えていった。何かに怯えるように、も見えたが何かに従うようにも見て取れた。


「え、っ? ちょおっ!? なんで!!!? まっ!


 ッ゛……い……たぁ………」


 突然のこと過ぎたのか。

 何が何だかわからないユリィはきょとんと目を丸くし、現状を理解するも、アドレナリンが切れたらしかった。


 そして今度は本気で痛がる女の声が静かに無人の村に消え入った。



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