第三節 正々堂々、騎士の矜持で踊りましょう。

第1話 死の立つところに生者あり


「―――首なし騎士デュラハン!!!」


 おぞましい死がそこに立っていた。

 馬に乗っているはずの騎手の首から上は無く、視線を落とすと騎手の左腕が抱える物と目が合う。


 どろりとした血塗られたような紅味あかみたたえるそれは二つあり、瞳だと理解するに時間は必要なかった。


『汝ラ我二ソムク者ニハ


 死ノ鉄槌ヲ』


 答えたところで結末は同じ、といった空気が村に漂い始めた。それは空中から染めていくわけでない。

 地を這い、人々の恐怖と絡まり、決して解けることなく生まれた死の重みを象った空気。


『汝ラ二』


「少し待て。首なし騎士よ」


 張り詰めたヘドロのような重たい雰囲気を押し退け一筋の光を差すのは先遣部隊長


「我、ヴィルーベリネール・フズ・ユヴァ。貴殿が真に首なし騎士というのであれば私も騎士として話そう」


『……』


「貴殿、グローフィリアという国を知っているか」


『――――――!!!!!』


 馬は雄々しく前足を上げ、騎士の首からは生物が出せないであろう人とはかけ離れた咆哮を放った。咆哮それは村中に死への恐怖という呪いに近しい鱗粉を撒き散らした。


「知っていると言うことで良いのか」


 恐れ慄く人々には見向きもせずただヴィルーべリネールのみを目掛けて猪突猛進の限りを尽くす首なし騎士。馬の手綱を離した手を背に持っていき、何かを引き抜いた。


 引き抜かれたのは岩をも斬り刻みそうな大剣。剣身は小柄な女性一人分はあろう長さ。岩をも斬り刻みそうと述べたが、正確にすると刻むのではなく叩き斬るの間違いかもしれない。

 魔に堕ちたもの特有の禍々しさを所有し、我が力の源とする魔物は自身の心に馴染むその剣を手中に進む。


「剣は人を殺め、守る道具である一方。持ち主の心を映す道具でもある、貴殿のそのこころ、如何様な迷いを見せるか!!!」


 きっと迷いなど見せないのかもしれない。


 そうだ。

 魔に堕ちた者が生かすか殺すかの選択に迷うものか。


 だがそれでもべリネールは剣を構える。風を斬り、一切の淀みを見せないその剣身は美しい以外の何者でもない。

 混乱を極めるこの村において明確な真実はたった一つ。


 彼女、騎士ヴィルーべリネールに迷う心は無いということだけである。


「いざ!」


『――――!!』


 首なし騎士の一撃をヴィルーべリネールがまずは受けようとしたその瞬間。


「駄目ッ」


「!!? ユリィさん!?」


 横から飛び込んできたユリィによって体制を崩したべリネールはそのまま遠くまでユリィを脇腹に抱えて地面に伏す。

 ヴィルーべリネールが避けたことを、主人が空振ったのと同義と捉えたのか。首なし騎士の馬は左前足でカツッ、カツッ、と地面を叩いて、ブルル、と鼻息を荒立てている。

 見るからに苛立っていた。


「駄目ですヴィルーべリネールさん、避難を」


 何を、とヴィルーべリネールが良い終える前にユリィは口を開き、饒舌に話す。


「馬車に乗せられるだけの村人を乗せて王都まで避難してください」


「ッ、私は騎士隊」



「貴方の言葉じゃないと国は信じないからです!」



 その言葉の意味も理解の仕方も十人十色だろう。ただ、色んな意味が組み込まれているだろうそのうち一つを、ヴィルーべリネールは汲み取った。そして呑み込み立ち上がる。


「報告が済み次第直ぐに戻る。それまで生きてくれ」


 ユリィをその場に残して騎士らに撤退するよう命令すると、最後尾の馬車に老人たちを乗せる手伝いをしながら自身も乗り込んだ。

 未だ地面に座るユリィの視界には、騎士セリバーと村人と共に馬車に乗り込むリリフィーにゃの姿。


『――!!』


「させません!」


 ユリィの指先から出た糸が馬の頭部に二本と邪剣を持つ騎士の腕に三本、残り五本は馬の鞍と騎士の太腿部分を一緒に縛り付けた。


『…………小癪ナァ』


 剣についた血液を振るい落とすのと酷似した動作をする首なし騎士。必然的に同時に腕も振るわれる。

 すると、糸は解けずともユリィの体は家屋の壁に叩き付けられる。


「ぐあっ!」


「ユリィ!!」


 遠くからリリフィーにゃの叫ぶ声がする。が、ユリィは隙かさず次は首なし騎士の馬の足を拘束する。腕から糸が解れた瞬間、ユリィの右手からは新たな糸が馬の足を縛る。

 馬の足がギュ、と閉じることはないがそれ以上前進することもなかった。


『貴様ァ……』


「私がロデオしてる間に、はやく!!!」


 そうこうして、ユリィが首なし騎士の行動を制御している間に馬車は出発。この村にユリィ一人だけを取り残して村を発った。

 どこにも寄らず、ノンストップで王都に向かうだろう。


『……ナカナカノ〝演技〟ダ』


「――――……何のことですかね、」


『ソコマデ死ニタイトハ』

 

「だから、何のことでしょうか」


 ユリィは立ち上がる。

 首なし騎士を拘束していた糸は、ユリィが手を払うことで全て解けて地面に落ちた。



(……ドウイウコトダ? ナゼコノ娘ハ



 興奮シテイル――


 ――イヤ、考エ過ギダ。死を前ニスルト人ハ皆正気デハイラレナクナル。死ヘノ恐怖ヲ興奮ガ凌駕スルコトダッテアル。

 キットコノ娘モ)


 ユリィの繰り出す魔法を剣の柄で弾きながら首なし騎士は結論が出たはずの議題に集中をした。

 そしてユリィの姿を見失ってしまったのだ。


 しかし、姿を探すために目線を横にそらしたその時、ユリィは現れた。

 上空から、糸を纏わせた短剣が大剣と交わり火花を散らす。交わる剣を眼中に入れず、ユリィの視線はぐるりと目を回し首より下にある首なし騎士の首についた二つの瞳を捉えた。


 ある事実を目の当たりにした首なし騎士は、自己解決させてしまった数秒前の自身の思考を叱咤する。


(ソンナ訳アルカ!


 ――――――コレハ、異常ダ……!!!)


 その時のユリィの顔は屈託なく蕩けた笑み。鼻からボタボタボタ、と血液が零れる原因が、叩きつけられた衝撃かなど、もはや定かではない。


 そんな事実を前にして未だ自身が正しいと誰も答えを求めない答えに胸を張れるほど首なし騎士は馬鹿ではなかった。




「ぁ………はああ〜〜ッ♡♡」




 ユリィの喉から嬌声が溢れ出す。語尾が半音上がる。その、まるでアイドルを目の当たりにしたようなファン、のような甲高い声は、見事にユリィの興奮状態を表していた。

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