第4話 『神の赦し』を請う仕事【前編】


 馬車に揺らされて暫く経ったと思う。

 遠くに見えていた村の門が目の前になった頃。


「着きましたよ」


 御者ぎょしゃさんがドアを開けてくださった。何かあったのか、ローブで鼻と口を塞いでいた。が、騎士様の懐を探る動作を見つければ、すぐに両手を差し出した。

 その所作はよく見かけはする、それを師匠は『商売を生業にする人間の職業病』だと仰っていたが、単に金にがめついというだけなのだろう。

 騎士様が通貨の入った袋をジャラ、と御者の両手にしかと乗せれば喜んで目の前で中を覗いた。


「やっと着いたわね〜!」


 とリリフィーが背伸びをした。のも束の間、何かを感じたのか顔をしかめて。

 もちろん続いて馬車から降りれば、私もその匂いには同じく顔をしかめた。ズィーさん曰く、鼻で息を吸った時、ツーンと鼻に刺さる色濃い死と呪いの匂い、らしい。


『とにかく酷い匂いだ』


「おっ。ズィーさん」


 ズィーさんが私の肩に無事登場完了。というところで騎士様は自ら先頭となって私たちを案内する。

 ズィーさんの顔は穏やかとは言えないもののまま、村中心を通り抜ける。


 そこは村の広場よりもっと開けた村の端。そこには簡易的に設置されただろう白いテントが一つ。そしてそれは人が十人ほど収容できるだろう大きさの白のテントに囲われている。


 形の同じ四つのテントも、真ん中のテントもアルホゥート国の紋章が少し使われてくすんだ白と同じ時間を過ごしたとは思えないほど光を失わずに、雲間から差す太陽光に照らされ美しく輝いていた。


 この世界の国は紋章にまで魔法を掛けるらしい。


 あとズィーさんはいつの間にか肩からいなくなっていました。やっぱり気紛れなところはネコだなあ、なんて思う。






「どうぞ、中へ。」


「え、でも」


「ご安心ください。勿論、貴方がたのことは隊長に既に伝達済みですから」


 テントの入口の前に垂れていた薄い布を掬い上げ、中へ通そうとする騎士の言葉に安心し、ユリィたちは一呼吸置いてから足を進めた。


「よく来てくれました」


 中へ進むとユリィたちを迎え入れたのは重厚な鎧を身に纏った騎士。その鎧には金があしらわれており、その風貌、さらには挨拶のみで、ユリィ一同の脳裏に深くその印象を根付かせた。

 女であることは確かだ。それなのに女騎士は一概に太いとも低いとも言えない。ただ「責任」という言葉が喉に居座っているのかと感じるほどに、鎧と同じく重厚感のある低音を響かせた。


「あ、貴方は」


「失礼しました。私はアルホゥート国・騎士団所属、先遣部隊長。


 ヴィルーベリネール・フズ・ユヴァと言います。


 状況は貴方がたを案内した彼から聞いているかと。」


 ユリィたちは酷く驚いた。目を数回ほどぱちぱち、とさせる。


 それもそのはず。アルホゥート国の騎士団には、所属騎士本人の階級に応じて称号が与えられる制度がある。

 そしてヴィルーベリネール・フズ・ユヴァといえば、初の尖晶石スピネル等級取得済み女騎士として名高い騎士団長代理を務めるアルホゥート国自慢の騎士ではないか。


「「ヴィルーべリネール隊長がどうしてこんなところに!?」」


 ユリィらは一躍アルホゥート国の時の人となったヴィルーべリネールの登場に驚き後退あとずさった。


「早速で申し訳ありませんが、話をしたいのです。事態は差し迫っている」


 ヴィルーべリネールはテントへ案内した騎士から状況を説明されていることを前提に話し始めた。


「リリフィーにゃ殿には併設したテントへ早急に向かっていただきたい。

 …………にわかには信じがたい話ですが、もし一騎当千の首なし騎士ワイルドハント・デュラハンが主犯であるのなら呪いの浄化にも時間は掛かるでしょう。そのかんの魔力不足を補うため、ユリィ殿はリリフィーにゃ殿についていて欲しいのです」


 もはやアルホゥート国の国民である以上ユリィとリリフィーにゃ等の庶民の情報は筒抜けだ。何が得意で何が苦手なのかなどという単純な人物像はアルホゥート学園生であった二人なら尚の事、成績で筒抜け。


 リリフィーにゃは若くして様々な属性の魔法を使え、その中には解呪魔法も得意分野に入っている優秀な魔法使い見習いの生徒。

 ユリィは最後まで謎多き生徒だったがとにかく魔力量が豊富である生徒だった。


優先順位の決定トリアージはもう終えております。今は聖女たちが村人たちの解呪に精魂尽くしていますが、あまり好調の兆しは見えておりません。お願いします」


「「分かりました!」」


「エノ・セリバー。貴殿は引き続き御二人の身の安全を確保するように」


「は。了解致しました」


 今まで騎士さん、騎士様と呼ばれていた騎士の名がエノ・セリバーと判明した所でユリィたちは再び案内を受けることに。

 騎士たちの拠点であるテントを出て、隣接している幅の広いテントに入った。


「困ります! 勝手に入ってこられては、今すぐ出ていってください! だいたいあなた方は」


 寝転がる村人たちの海をかき分けユリィとリリフィーにゃに勢いよく迫る修道服で全身を包んだ女。

 その焦りの表情から、とりあえず何もせずに入ったことを詫び続けたが、詫びるくらいなら。と出て行くように命じた。その状況を目の前に、まあまあ、と落ち着かせるリリフィーにゃ。

 だが次の瞬間にはその後ろから割り込んできたセリバーによって女の焦りは一度静まる。


「失礼、王国騎士団第四大隊ラムズイヤー所属エノ・セリバーです。責任者の方ですね」


「セリバー……ああ! このあいだ様と施設にいらして下さった方ですか!」


「ええ。その話もゆっくりとしたいのですが、今は彼女たちを呪いの解呪班に一時的に加えていただきたいのです」


「聖女たちが総出となっても解呪出来ないのです、……貴方がたのことは噂で聞きました。今日冒険者になられたばかりの方々だと」


 信頼がないからここには置けない。

 そう責任者である修道女の目は語った。


「……そういえば、神父様と聖女様は?」




「お二人ともこのタイミングでバカンスに……」




「「「――――はい???」」」


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