第3話 忙しない初依頼と果実のうまみ


 騎士さんから貰ったチョコを口に放り込む。柔らかくなった面に、プツリ、って舌を入れればいちごかラズベリー、どっちかの果汁ソースがとろりと溶け出す。もしかしたらどっちも混ざってるのかもしれないそのソースが口の中で溶け込んだ感覚が新鮮でとてもクセになる味で、かなり私好みのフレーバーだった。


「あ、あの……大丈夫ですか?」


 チョコが溶け終わってもまだユリィのことを心配してくれている騎士さん。自分のせいなはずないのにまるで自分のせいみたいにしているところを見ると、ホントにアルホゥートこの国の騎士は人が良いよねえ。って思う。


「……はぃ………」


 そんな気遣いで少しは回復してきたのかな。

 顔をほんのちょぴっとだけ机から浮かして応えるユリィ。けどまためちゃくちゃ落ち込むオーラを漂わせ机に突っ伏しちゃった。


「大丈夫ですよ! この子、いつもこんな感じですからあ!! 


 ユリィが貰った依頼じゃん! ねぇ! 起きなさいよ! ユリィさぁん!」


 国の騎士を目の前にしているから、わたしは必死でユリィを、叩き起こす。


「ぐ……………し、失礼しました。

 その。私たち、冒険者登録を済ませてきたのでお話しをお聞かせしてほしいのですが」


 私の隣の変態は、今までチョーしどろもどろが通常運転だったのに。急に饒舌になって背筋を正す。

 一応、ユリィと一緒に、冒険者の証である等級の素材で作られた名札のような小さな板を目の前に差し出す。


 それもちょっと自慢げに。


「なるほど。アルホゥート学園の卒業生でしたか。方解石カルサイト級冒険者というのも納得です。お話するこちら側としても肩の荷が少し降りました。」


 私たちは新米冒険者でこそあるけれど、あの国が自慢するほどの学園、アルホゥート学園の卒業生だから卒業特典で階級は方解石カルサイト級なんだなあ。これが!


 そして咳払いをしてから騎士さんは説明し始めた。


「………首なし騎士デュラハンと思しき影はここからは程近い、「ロウの大森林」の奥深くに存在する墓地で発見されました。


 ………発見者はもう亡くなっていますが……」


「失礼を承知でお聞きします。首なし騎士デュラハンと確証は得ているのですか……?」


 机に突っ伏しながらユリィが聞いた。

 ぬか喜びしたくないのです、というのがひしひしと伝わってくる。


「それが……その森林周辺に暮らしている動物たち、及び村人たちが次々と亡くなっているのです。………皆さん不治の病と呼んでいまして……」


 へぇ、意外ぃ。といつの間にか私は少し目を細めながら話に聞き入っていた。


「なるほど……」





「………しかし」


 騎士さんは私たちから視線をチラシに落として、何を考えたのか。突然失笑した。


首なし騎士デュラハンと連続死は一体どの様な関係があるんですかね。死に関係はあるとしたってそれが連続することなんて。

 ……国は国民の安全を第一に考えるのが基本です。騎士である私とて同じ考えです。しかし、」


 森の入口付近の村、そして動物たち、発見者の死亡。私より圧倒的に話に集中していたユリィは騎士さんに口を開いた。


「もしも、首なし騎士が〝死の宣告〟を詠唱しながら墓地に侵入して行ったとしたら」


 ユリィがそうヒントみたいな独り言を呟いた。ハッ、としたように騎士様の目が開かれる。

 死の宣告首なし騎士の固有スキルで、聴いた人間全ての命を確実に一週間以内で奪う。無知な者にとっては不治の病と化す厄介なもの。


「それは無理があります、ユリィさん。この世に詠唱をし続けられる首なし騎士なんて」




「います」




 ユリィの透き通った声がギルド内に低く響いた。


「過去数十年の間に、国境を越えた場所に位置する〝強欲の魔王の王国〟にて騎士団長を務めていたとされる首なし騎士が確認されていました。


 其の異名〝一騎当千の首なし騎士ワイルドハント・デュラハン〟」


「……その記載はどこで?」


「とある本、かつての英雄が書き記したこの世に一冊しか存在しない書物です」


 ユリィは淡々と、それ言っちゃって大丈夫なの? とも思えてしまうことを騎士さんに伝えた。騎士さんはその後に被っているヘルムの上から顎に手を添えて唸った。

 今までの声が低くなり、そして声のボリュームがだいぶ下がった気がする。


「…………分かりました。その本について詳しくお話をお聞きしたいところではあります。もしかすれば、今現在国の抱える問題よりも遥かに大きな問題になり得ますからね。しかし今は敢えて無視させていただきます。


 ……一先ず、その本に記載された、首なし騎士だと仮定しましょう。しかし本当にそうだとするのなら、


 私と共に、今すぐにでも出立していただきたい。」


「今からですか?」


「既に現地には私の同僚たちが配属されています。これ以上被害を出すわけには行きません。詳しくは道中で話させていただけませんか、兎に角どうか一刻も早く共に向かって欲しいのです。


 一騎当千の首なし騎士ワイルドハント・デュラハンはまた戻ってくるかもしれない。

 ……そうでなくとも貴方の知識が必要なのです」


「分かりました。リリフィー、貴方もついてきてください」


「……は? でも私何も知らな」


「私の友人リリフィーさんなら」


 ユリィは自信満々にじゃじゃーん! と、アタシに向けて手を降る。




首なし騎士デュラハンの呪いが解けちゃうのです」




「え゛!!? ユリィちゃん!!!?」


「ほ、本当ですか!?」


「い、いやあ、はは……はい………聖属性魔法は一応……」

 

「でしたらこちらからも願いたいです! お願いします!」


「も、ももも! 勿論です!!」


 いっ、ちゃ、たぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜………。

 このクソユリィ! ぜっっったいに許さないんだからね!!!







 と、まぁこんな感じで馬車に揺られてるわけだけど。


 あの後、御者が馬にムチを打つと法定速度守れてるか否かのギリギリのラインの猛スピードで馬車は郊外を走り抜けた。あっという間に王都の街並みや平原から、農村があると証明する田園風景が広がった。


 そこでようやく落ち着いてため息を吐いた騎士さんの視線は、窓の外の景色から私たちの方を向く。


「……お二方には説明も曖昧な状態でついてきてくださり有り難う御座います。


 お話しなければならないことは沢山ありますが、先ず、ユリィさんのお話しにあった本に記載されていた情報が確かなのであれば、この世界の魔族と人類の生存比、均衡きんこうたもっていた境を破って……いえ。


 〝生命の国境イグジクス・スティーリベール


 を越えて、我が国に侵入、及び進軍を図っている可能性があるということを心に留めていていただきたい」




 生命の国境イグジクス・スティーリベールっていうのはか弱い人間が絶滅しないように、魔王や高位ハイランクの魔族の暮らす世界を隔てている、特定の魔術を使わなければ越えられない壁。




 しかもその壁を越えて、国に属している魔物が他の国に侵攻してきたとするなら国際問題にまで発展するってことも言えてしまう訳なんだ、と騎士さんが重々しく話したところで、ようやく私たちは事の重大さを理解した。


「………………しかし……」


 一通り話した騎士さんは口を濁して、どこか参った様子で独り言のように話した。


「七人いる魔王。彼らは一人で一つずつ「傲慢」「憤怒」「嫉妬」「怠惰」「強欲」「暴食」「色欲」のセブンズ・ギルティ……即ち〝七つの原罪〟を司るのと同時に〝己を原罪として〟責務を果たしているのは理解されてますよね。そしてその七人をこの世では魔王と呼ぶことも。


 その内の一人、強欲を司る魔王。〝彼〟の治めている王国はアルホゥート国の東部よりすぐ傍。まさに隣国とも呼べるほど近くに建国された国。


 〝第三席次魔王国グローフィリア〟が人間の国に侵攻し、征服を果たしたなどというのは遥か昔……魔王の席が交代された時より無いはず」


 己の知りうる知識の中では前代未聞だと。


「……」


「ユリィ?」


 手を握ったり開いたりして、ずっと目線を落としているユリィ。


「もし一騎当千の首なし騎士ワイルドハント・デュラハンが現れたら全滅も不思議ではないですよね」


 不吉な一言にただでさえ冷え切っていた馬車内が、さらに凍り付く。それに気付かず、ユリィは手を開く動作を続ける。


「………」


 こんな空気だし、みんなに教えてあげる。


 首なし騎士は〝死の宣告〟という固有スキルを持っている。口から呪いを吐いて相手の耳に入ったときが発動条件。という呪いは別に、実はもう一つあるの。


 それは、口から吐いた血液のような液体を、たらい一杯分相手に被せること。それを浴びた相手の死への期間タイムリミットは問わない。けれどじわじわと、毒に皮膚から内側までを犯され焼かれる。


 そしてその毒が心臓にまで至ったり、脳に入ったりしたとき初めて死が訪れる。


 首なし騎士に出遭った時に祈ることはたった2つ。

 〝見つかりませんように〟それと〝予言を頂けますように〟その2つだけ。それだけ。


 もし血を吐かれたとき、最悪、その瞬間に命を落とすかもしれない。それは首なし騎士の意思がある時もあれば完全なる運任せなときもあるらしい。




「その時は、私は騎士さんを連れて王都に帰る。ユリィ、あんたは置いて逃げるから」




「え、?」


「お願いします。

 ……騎士様も、大丈夫です。私には足止めくらいの力があると自負していますから」


 ユリィが騎士さんを見つめると、今までの冷えた空気に一風変わったものが差し込んだようにまた異様な雰囲気が漂った。


「……それは自惚れと言うのではないのですか。ユリィさん、命を無駄にすることは」


「大丈夫だよ、騎士さん。

 ユリィはちゃんと解ってる子だから」


 あなた騎士さんが優しい人だってことは分かってる。


 でもね。ユリィは怯えてるんじゃない。って、私は勝手に思ってるんだ。多分、慎重にやろうとしてるだけだってね。それに、学園生活をほぼ毎日一緒に送って来て知ってる。




 ユリィの緊張の裏にはいつだって少しの愉しみが混じってる。……だいぶ不謹慎だけど。




 なぜって、今ユリィは、ずぅっと夢見てきた首なし騎士に出逢えるんじゃないのかって思ってるから。

 まさか、2体目の使い魔にしちゃったりして。


 ………流石にそんなわけ無いか。あと、初依頼にしてはやっぱり忙しなさすぎるでしょ。と、

 私は口の中にまだほのかに残る果汁の甘みを鼻で感じた。


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