第14話 人であるなら目指す結末は皆同じ




「ユリィ、


 人であるならば〝HAPPY END〟を目指しなさい」




 目に写ったのは一面の白。


鉄の聖母の抱擁メイデン・ス・マリア


 かの有名な拷問器具を模したような物体が現れ、氷塊たちは瞬く間にそれに吸い込まれた。その過程で、純白のローブが風圧によって忙しなく靡く。


 散らばった氷塊の欠片が光を反射し幻想的な寒色の景色が広がる。


『ッガァオア!!』


「……火球ファイアボール


 単騎突入に踏み込んだ混合魔獣キマイラは真っ直ぐこちらへその巨体を走らせてきた。牙が紫に光っている。魔力が集中している合図だ。


 突風の如く直進している間に遠距離攻撃を仕掛けるつもりなのだろう。


 しかし、それは混合魔獣に標準を合わせるように手を宙にかざしたイリィ師匠の攻撃によって防がれ、二発目が混合魔獣の額にクリーンヒットした。


 単純明快特殊攻撃に全振りのはずの火球。

 魔法撃のはずなのにまさかの物理的威力もあったのか、脳震盪でも起こしたようで、混合魔獣は黒くくすぶった頭のまま一瞬で倒れてしまった。


 ほんの数十秒前からこの場所に閉じ込められて逃げ惑っていた者たち側からすれば、信じられないほど非常に呆気ない終戦だった。


 荒波のように襲いかかる安堵から逃げることはできず、涙腺が刺激され泣き崩れそうになる己の脳内を喜びで上書きし、その名を叫ぶ。


「イリィ師匠!!」


 さっきから流れに身を任せるままの私の身体は湧き出た衝動に素直に動いたのだ。


 救世主は杖の先を地面に立てるとゆっくりと振り返った。


 私の師の胸に飛び込めば優しく抱き返される。同学年がいる前では到底シラフで出来やしないことだがもうどうでもよかった。


「……………………間に合ってよかった♡

 ……ほんとう、後先考えない弟子を持つ師は大変なんですから♡」


 大きな白帽子のツバを持ち、目と目があった。

 イリィ師匠の登場と混合魔獣の弱体化により逃げ回っていた人たちは安堵から涙が込み上げていた。


 泣きはしなかったが、たしかに心に余裕ができた反動で鼻がツーンと渋った。


「ユリィ」


「は、はい!!」


 私は満面の笑みで彼女を見た。

 見えてしまった彼女の顔は私の中にほんのり嫌な予感を焚き付けた。




「私はこれから、魔眼の魔力解放を行います。




 きっとそれにより身体は長期間暴走してしまうでしょうね。でもそこで弱っている混合魔獣に、その大半を与えれば短期間で回復が見込めるわ。……理解が追いつかなくても仕方のないことね。だからあなたは、


 ただあの混合魔獣に〝自分で自分を殺せ〟と命じるだけでいいの」


「いや、あの……………はい……?」








 何を言っているんだこの人は。


「あの混合魔獣キマイラに命じるの。自分で自分を殺しなさいと」


 いつもの語尾にあるはずの「♡」がついていない!


 話に頭がついていけてないから、と師匠のお口を止めに入る。決してふざけてはいけないであろう地獄の空気を漂わす師匠は、私の知らない御方になっていた。

 私の弁明というか言い訳というか、そんな話なんてきっと無視するだろう。今の師匠を目の前にして、そんな、どうしようもない自信が湧いた。


「い、いや、あの師匠! そんな突拍子もない物騒なお話は置いておいて。一先ず何でどうしてそのような事を仰っしゃった経緯についてをですね」




「ユリィ」


 酷く冷たい風が、私の背中に吹いた。返答によってはそよいだ風にさえ私が殺されてしまうような雰囲気に、私は押し潰されそうになった。


「ユリィ。

 あなたのその左眼は決して己を満たすだけのものではないわ」


 師匠から距離を取ると私の左眼に対して指を指される。

 そのに在るのは紛れも無く私が転生時に女神カルティアナから選択させていただき、私とともに生を享けた転生特典、『魔帝の魔眼』。


 ここまでくればもうほんのりを超えて、濃厚で酷く嫌な予感が二十分にした。


「貴方が魔眼の主でいる以上、私利私欲に使うのもまた許されること。しかしそれはこの世界の権力者が喉から手が出るほど欲する力でもある。ならばその力を知る必要がある。


 丁度いいじゃないですか。あそこには既に息絶え絶えの魔獣がいます………使いなさい。そして命じるのです」


「いやいやいやいや!! 待ってください、ししょ」


「大魔導士イリィが赦す。原初の神具グランド・アイテム。魔帝の魔眼、オマエの選んだしゅを多いに試せ」


 つまるところ魔帝の魔眼はグランド・アイテム? と言うやつだった? 世界の権力者が契約以外の力を、総戦力を用いてでも手にしたいアイテムだったと。

 ……しかし魔帝の魔眼は、契約するだけの特典だったはず。女神かのじょだってそう言っていた、はず。


 一体どこに魔力が宿っていると? そもそも、体の一部になるアイテムに〝個〟としてのの魔力なんて有ったのか?

 大体、選んだというのはどういうことだと言うのだろうか。私が選んだわけではなく、魔眼が私を選んだ?


 そんな考えが瞬きのする間に走ったが、気がつけば眩い光に包まれた。


「………ぁ、ぐ、あぁぁぁあああ!!!!!!」


 次の瞬間には左眼を中心にして体を内側から蝕む酷く耐え難い痛みに襲われた。

 魔力が逆流、それにより魔力回路から魔力が飛び出し、普通走るはずがなかった神経に魔力が走り、本来魔力が入るはずのない血管に魔力が侵入している。と師匠は、冷徹な瞳で私を見下した。


 はてさて見下しているのかは判らないが少なくとも、その目に慣れた私には、そう感じてしまった。


「さあ。わたしがしなければならない事はしました。後は、あなたがやらなければならない事だけ」


「あ゛ぁ……っ、ししょ゛」


 獅子は我が子を千尋の谷に落とすように、とはお世辞でも言えなかった。私の心はもうボロボロで、それでもこの人は私を絶望の底に軽々と蹴落とした。


「今は私の加護を貸します。さあ、行きなさい」


 冷徹な言葉は先程の氷塊によって未だ冷えた場内をさらに冷やした。


 冷や汗か脂汗か、魔力の過度な解放による極度の興奮状態に陥ったために引き起こされた武者震いか、ただ単に師匠の底なしの恐ろしさに鳥肌が立っただけか分からなかった。

 

 ただ、私の足は着々と弱り果てた混合魔獣の元へと向かっていた。


『くぅ……ん……きゅう……』


 力なく四肢を放り投げ、耳としっぽを動かす力もなさそうで。ただひたすらに私へ憐れんでほしいと眼差しを送っていた。


《ゆるシて》


 もう赤ん坊のようにぐずって泣きじゃくりたかった。


「――なんなんですか」


 魔獣が喋った。


 流石に追いつけない。


 痛みが邪魔をして深くは考えられないけれど、今のは混合魔獣の声だろう。魔眼が解放されたことで能力が覚醒したのかは定かではないけれど、ただ聞こえたことは事実だから、悔いているのは事実だから


「助けようと? 救おうと?」


「師匠」


「ユリィ。ソレはすでに心を壊された魔獣です。混合魔獣は、まず心を壊されることはから始まる。惑わされているとは言いませんけど、今のあなたにソレが救えるわけがない」


「師匠!!!!」


「ユリィちゃん、何が起こってるかよく、わかんないけど、混合魔獣は危険だよ。今は、……そう今は危険なの! わたしたちは死んでしまうところだった!」


「ユリィさん!」


 やめて。やめてくださいよ、そんな目で私を見ないで。


 リリフィーさんも、チームメイトの皆さんまで私をそんな目で見て、私の叫びを聞いても、どうせ心配より身の安全を優先したいなんて目をして。


 大体なんでそんなに責め立てるような口調なんですか。

 本当に嫌い。いつから優位に立ったつもりでいるのか知る由もないけれど。


 てか、なんで師匠は私にこんな事をさせたいんですか。社会経験にしては大雑把すぎて、乱雑で、そして残酷です。どうしてですか。殺すなら自分で殺してくださいよ。私の目に映らない場所で殺してくれればよかった。


「ユリィ!!」


「ユリィちゃん!!!」





 あー………ははぁん? 私が優しすぎるからか?





「混合魔獣、憎悪キマイラ王獣レオン。我が魔眼の下に命ずる」


 私は。

 怯え、尾を腹へと回す混合魔獣に向かって命令した。


「……すべての魔力を以て自滅せよ」


 魔眼が今までにない光を放ち、何かに強引に目を合わせられたかのようにピタリ、と混合魔獣が動かなくなった。

 私は何故か、手を伸ばそうとした。


 刹那、


『ガルラァァァゥル……!!!!!』


 それは、地を這いつくばり、足から登って耳に入ってきた、まるで腹の底から世を恨むような叫びだったと今でも思う。




 これで、HAPPY ENDなんて目指せるのか?


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