第13話 人生沈没数秒前


「今はとりあえず避けることだけに集中してください!」


 取り敢えずチームメイトの人たちを肩から降ろしたはいいものの、一向に脱出法が思いつかないまま第二、第三の攻撃を避け続けていた。


 避け続けるというより、逃げ回っていた時だ。



『グルゥァァァア!!!』



 ライオンの頭と前足に後ろ足は山羊の脚、尻尾は二股の蛇の混合魔獣がまた耳を痛める咆哮をしたと思えば、頭にコツン、と何かがぶつかり跳ねて目の前に落ちた。


「……石?」


 違う、氷だ。小指の先よりも小さい欠片のような氷。


 まさか、と、思った。

 上を見上げれば、まあ私の〝嫌な予感〟というのは当たるようで。


「なんだあれ、ひょう!?」


 大会開始の雲一つ無い快晴からは一転、曇天が会場の上空のみに出現していた。そして、混合魔獣が見上げる空には、不規則な大きさな雹が数多く浮遊していたが、それらに囲まれて、更に大きい雹が、一塊浮かんでいた。


 それはもはや雹じゃないと言えた。ただの氷塊だ。下手したら某・沈没船ラブロマンスで登場した氷山よりも大きいかもしれない物が、私達より遥か上に浮かび、落ちるのを今か今かと期待していた様で、皆、足がすくんでいた。


『バォォォオオン!!!』


 混合魔獣が今までに聞いたことのない別の咆哮を発する。浮遊する全ての氷塊がその咆哮により震動する度頭上からパラパラ、と一部が欠片になって落ちてきた。


 ただ怯える私たちを精神的に甚振るつもりなのか、じわじわと、されど後腐れなく頬に落ちてきては直ぐに足元へ落ちる欠片。


「何がしたいんだよっ……やるならさっさとしろよ!!」


「!? おまっ、何言って」


「しょうが無いだろ!!!


 この大会のルールのせいで補助剤もポーションも持ってきてないし、唯一あるのは控室にだけなんだぞ!! 魔力もなければ体力ももうない! 周りの塀から客席に登ることだってできない!


 何もできないんだよ俺たちは」


 何もできない。

 この現状を打破する策はもうない。というより、出来そうなのにできない策しかなかった。


 魔力的に無理。体力的に無理。

 そんな策しか、誰も思いつけなかった。


 私は愚かにも、口論に参加する気力すら起きずただ生を諦める者と抗いたい者のぶつかり合いと未だ落ちてくる欠片の親をひたすら眺めていた。








 って、あれ。


 よくよく考えたら、あれって今から落ちてくるわけで、落ちてきたら一瞬でぺちゃんこにされて、簡単に死んでしまうわけですよね。


 じゃあ、私の異世界ライフってここまで?


 いやいやいや、嘘でしょ。こんな序盤で? まだ全然私のハートをげっちゅーしてくれる魔物とか、出逢えてないし、微塵もそんな予感してないですけど。


 え、なに。死に戻りコンテニューって出来ないんですか? ほら、あの超人気Web小説みたいな。え、は、うそ。そんな、


 せっかく自由になれたのに






「みんな私の後ろに固まっててね」


 横から声が聞こえた。


「え?」


 リリフィーさんが魔力壁を張った。しかしそれは弱々しく所々破れるように魔力がくっつきひっつきしていたとても強固とは言えない魔力壁だった。


「私が守るから。……だいぶ無理があるけど、任せて」


 私は、知らぬ間に油断していた。

 リリフィーさんのその言葉を聞いて、私の心は救われた。守ってもらえる。今の危機的状況において〝守る〟や〝任せろ〟などの言葉は私の油断を誘うには丁度良すぎる甘言。

 自分を律しても心に隙ができる。


「私は、ここで死にたくないの!!


 やっと、やっと自由になれそうなんだから!!」


 その言葉、というよりは怒号に似た悲痛な叫びで私の意識は上の空から現実へ戻される。


「リリ」


『バゥオオアアァアア!!!』


 天を仰いでいた混合魔獣が再び咆哮を上げた。

 震動で落ちてきた欠片が魔力壁の脆さを、リリフィーさん本人にまで実感させたようで、リリフィーさんの額に汗が流れた。


『バァォオオア――!!!』


 空へ何かを捧げるように見上げた頭部を咆哮と同時に思い切り振り下ろすと、小さい氷塊がピシッ、ピシッ! となんとも無情に魔力壁を貫き私達のすぐ横に落下していく。


 皆もう叫ぶ気力もないまま、リリフィーさんの後ろに固まり、絶望し尽くしていた。最後に特大の氷塊が落ちてくるのを待って。


 氷山のような氷塊が、ようやくグラ、と動きまあまあの速度で、一直線に落下してきた。


 私の心境は変わらずもう間近に迫った自身の死を待っていた。







「ユリィ、人であるならば〝HAPPY END〟を目指しなさい」

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