【短篇】Sランク冒険者、Dランク冒険者の足を引っ張る

笠原久

誰かさんのせいで、左腕が使えない

「いやぁ! お願い! 見捨てないで! 離さないでぇ!」


 耳元でキンキンと甲高い声が響く――正直、だいぶうるさかった。


「一方的にひっついてるのあなたですよ」


 僕はうんざりして言った。


「というか、なにしに来たんですか? 嫌がらせ?」


「嫌がらせぇ!? なに言ってるの!? それはこっちのセリフなんだけどぉ!?」


「一緒に行くって言ったのそっちじゃないですか! 僕は遠慮しましたよね!?」


「だって――!」


 と言いかけたところで、相手がまた甲高い悲鳴を上げた。僕は正面から襲いかかってくるイモムシ型モンスターを風魔法で斬り裂く。


「このダンジョン、虫系モンスターの巣窟じゃないか!」


 先輩は涙目でさらに僕にひっついてくる……同じ冒険者学校に通う一つ上の先輩だった。美人で、腕が立ち、在学中だというのにSランクにまで到達した天才少女。


 一方、僕は根暗な魔法オタクで、冒険者ランクもD……当然だが、本来ならお近づきになることさえない。


 ところが、ここでちょっとした事故が起こった。たまたま魔法の研究用に素材がほしくて、僕はダンジョンを探索しなくちゃならなかった。


 ただ、そのダンジョンの探索推奨難易度はC、つまりDランクである僕では荷が重い。いや、そもそもこの探索推奨難易度はパーティ……つまり、三人から五人のメンバーで挑むことを前提にしている。


 つまり、ぼっちのソロ冒険者である僕には、とうてい手が出せない高みにあるというわけだ。


 で、仕方なく僕はメンバーを募った。そうしなきゃ探索許可すら下りないんだから、どうしようもないだろう?


 ところが、ギルドの受付にちょうどお節介焼きがいて、さっき言った事故が起きてしまった。そいつは僕の幼なじみで、一緒の村から都会に出てきた田舎者だ。


「あ、めずらしー。ぼっちのオタクくんがメンバー募集なんて」


 この一言で理解してもらえたと思う。


 別に仲良くはない。あくまでも同郷の人間、同じ故郷から旅立って、一緒に冒険者学校に入っただけの間柄だ。


「探索許可が下りないんだよ。行きたいのはCランクだから……」


 僕がそっけなく答えると、相手は「ふふん」と上機嫌に鼻を鳴らした。いったいなにが楽しいんだか。


「しょうが――」


「困っているのかい?」


 幼なじみが答える前に、一緒にいた先輩が声をかけてきた……幼なじみも、ぶっちゃけ天才枠だったのだ。僕と違って。


 天才少女ふたりのコンビ――正確には三人パーティだったのだが、とにかくSランクのすごい奴らだ。


「まぁ困っていると言いますか――」


 僕がどう答えたものか迷っていると、先輩は笑顔でうなずいた。


「よし。それなら私が一緒に行ってあげよう」


「え!?」


 と声を上げたのは幼なじみである――僕じゃなくて。そっちが驚くんだ?


「あ、い、いや……でも先輩、別に先輩が――」


「困っている人を放ってはおけないだろう? なぁに、Cランクダンジョンなら私と彼で十分だよ。大船に乗った気でいたまえ!」


 はっはっは! と先輩は自信満々に高笑いをした。


 で、断りきれずにダンジョンまで来て――ご覧のありさまだ。先輩はまるで使いものにならない。情けない悲鳴を上げて僕にコアラのように抱きつき、おかげで僕は左腕ががっちりホールドされて片腕で戦っている始末だ。


 あと当たり前だが重い。


 人間ひとりをかかえている状態なんだから当然だけど、なんで危険なダンジョンで余計なウェイトを背負ったまま戦わないといけないんだ……。


「いやぁ! 助けてぇ! もう帰るぅ……」


「よくそんなありさまで今まで冒険者やって来られましたね……」


「誰にだって苦手なものくらいあるだろう!? 私にとってはそれが虫――!」


 また甲高い悲鳴。近づいてきたモンスターを僕は風魔法で斬り裂く。正直、思っていたよりも弱かった。これならひとりでも来られたんじゃなかろうか?


「というかさっきから妙にちゅよくないかい!?」


 噛んでる……。


「そうなんですかね? ずっとソロでやってたんで、正直よくわからないです」


 もちろんモンスターと戦うことはあったが、基本的にダンジョンじゃなくて森や山、あるいは街道などで撃退するばかりだった。


「というか君! 魔術師だろう!? なんで私ひとりをかかえたまま平気な顔をしてるんだい!? 普通、重さでもっとこう……!」


「重い自覚あるなら下りてくださいよ」


「だ、ダメだ……! こんな、こんな虫の体液だらけの場所に足を下ろすなんて……! そんなことをしたら私は死んでしまう!」


「呪いにでもかかってるんですか?」


 俺は角にいるモンスターを攻撃して不意打ちを防ぎながら言った。


「さっきから色々とおかしいぞ、君!? 魔術師だよね!? なんで斥候みたいな動きができるんだい!? 当たり前のように隠れた敵を倒してるが!?」


「魔法で身体強化するついでに、気配も察知できるように魔力の粒を飛ばしてるんですよあちこち」


 これを行なうことで敵の位置や数などを知ることができる――といっても、相手にも気づかれるから隠密性はないのだが。


「もう完璧にソロで行けたじゃないか! どうしてパーティメンバーの募集なんて……!」


「いやだから許可が下りなかったんですってば」


 実を言うと申請せず、こっそりダンジョンに侵入することも考えたのだが……あとでバレたときのリスクを考慮し、素直にメンバーを募集することにしたのだ。


「やって来たのは足手まといですけどね」


「それはホントごめんってば! でもホント無理なものは無理なの! 無理無理無理! ホントごめんね!」


「いや……別にいいですよ」


 さすがに半泣きで謝られると弱い。


「結果論ですけど、大して苦もなくクリアですしね」


 僕は目的の鉱物を見つけると、さっさと回収して出口に向かった。行きと同じく虫型モンスターがわんさと襲ってくるが――鎧袖一触で雑に処理する。ここ、本当にCランクなんだろうか……?


〔まぁ僕が来たの浅層だし……〕


 きっと奥に行ったら難易度が普通に上がっていくのだろう。僕はため息まじりにダンジョンの出口までやって来た。


「ほら、もう出ましたよ。早く下りてください……」


 えぐえぐ、とか本格的に泣き始めた先輩をよしよしと僕はなだめた。なめらかな髪の感触が伝わってくる。そうやって撫でていると、先輩は幼児のような表情で、


「ホントぉ……?」


 と訊いてくるのだった。


「ほら、まわりを見てください。もうダンジョンじゃないでしょう?」


「ホントだ……」


 だが先輩はすぐには離れず、しばらく僕に抱きついたままだった。


「なんか落ち着く……」


「この状態で落ち着かないでくださいよ」


 少なくとも僕は微塵も落ち着けていないのだ。どうやら先輩はまるで自覚していないようだが……やわらかな胸の感触とか、いい匂いとか、僕にとってだいぶデンジャーな状況なのだ。


 できれば、はよ離れてほしい。


「ねっ、誰にも……話さないで、ね?」


「……言っても絶対信じてもらえませんよ」


 ――お前、あの紅蓮の剣姫と一緒にダンジョン探索したらしいな、どうだった?


 ――ああ、コアラみたいに僕に抱きついててなんの役にも立たなかったよ。


 うん、絶対無理だわ。下手したら、「貴様ぁ! 紅蓮の剣姫さまへの侮辱……! 覚悟はできておるのだろうなぁ!?」と先輩のファンから決闘騒ぎに発展しかねない。


「とにかく誰かに見られる前に下りて――」


 と、僕の索敵範囲に誰かがひっかかった。バッと振り向くと、幼なじみが残りのパーティメンバーと一緒に僕らを見ていた。


 僕と先輩が抱き合っている様子を見て、幼なじみは顔を青ざめさせ、わなわなと震えている。


「あ……」


 と、先輩も失敗した――という顔をしていたが、幼なじみはズカズカと大きな足音を立てて先輩と僕を引き離し、そして――


「決闘よ!」


 と、怒りの声と表情で手袋を投げつけるのだった、先輩に。


「え? そっち?」


〔憧れの先輩になんてことしやがるんだ! 的な怒りじゃなくて?〕


 僕は困惑したが、困惑しているのは僕だけらしい。先輩も一瞬、目を見開いたもののすぐに、


「いいだろう! 私も参戦しようじゃないか!」


 と、実に楽しそうな笑みを浮かべるのだった。ふたりは向かい合い、互いに大きな胸をぶつけ合うほどの至近距離でにらみ合った。


 背丈は先輩のほうが大きく、幼なじみは小さいが、胸のサイズは負けず劣らず……というか幼なじみのほうが大きいくらいだったが――って僕はなにを言っているんだ。


「あの、止めたほうが――」


 と、僕は残るひとりに声をかける。だが相手は、あらあらー、と楽しそうな顔をしていて――まったく止める気がない。


 そして始まる地獄のようなSランクの同士のバトル……周辺環境をぶっ壊しながら戦ってるんだけど――これ、あとで僕が怒られたりとかしないよね?


 自分の保身を考えながら、僕はただ呆然とふたりの戦いを見守ることしかできないのだった。(了)

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