第31話 私の為に出来ますか?

ヒュウゥゥ...。


「し、失礼します!」


暗闇の中、手探りで辺りの物に触れながら恐る恐る一歩一歩。と私は部屋を進んでいく。窓から入ってるであろう冷たい風が時折、頬を撫でるのが身体の緊張を強めた。


部屋の造りは私の自室とかなり似ていて例えるなら...そう。それなりに高いホテルの一室って感じかな?私は所見で結構ビックリした。意外に現代チックってね。


「奥まで来たけど...誰も居ないのかな?」


月明かりが照らしている寝室には人影が無く、ベッドが膨らんでる様子もない。ましてや道中で気配などは感じなかった。


「だとすれば扉はどうやって開いたの?何処かに隠れて私をからかってるの?」


部屋に向かって問い掛けてみても解答は当然、返ってこない。若干の恐怖が込み上げてきた私は一旦、部屋を出ようと思った。のだが...。


「熱い視線を送ってきたと思ったら...部屋に不法侵入とは...ご主人様の世界ではストーカーと言うのだったかしら?」


「...ッ!!ペペ!?何時から居たの?」


背後から聞こえた声に慌てて振り返る。すると窓枠に腰掛けてコチラを見つめるペペの姿がそこにあった。


「何時から...と言うのは謎な質問かしら。ここはペペの部屋だから、寧ろご主人様が何時侵入したの?と言うのが正解かしら?」


意地の悪い笑みを浮かべる彼女は小悪魔的と言うべきか、それとも妖艶と言うべきか。普段と違うと感じるのは纏う衣服がメイド服でないからだろう。


「侵入って言い方は良くないかな?私は一応、ノックはして声も掛けたし。扉が開いたから入ってきた訳で...。」


「知ってる...少しからかっただけかしら。ご主人様がペペの部屋に来てくれたのが嬉しくて。...フフッ。」


ドクンッ!


微笑む彼女ペペを見て胸の鼓動が速くなる。何故だろう。その笑顔は何回も見てきた筈なのに衣服一つでこんなに変わってしまうもの?


「とまぁ...そんな冗談は程ほどにして、ご主人様は何の用件で訪れたのかしら?...もしかして夜這い?ペペは求められるのかしら!」


「よ、夜這いっ///!?そんな訳ないでしょ//!」


「フフフッ!冗談かしら、ご主人様。そんな言葉だけで顔を真っ赤にして可愛らしいかしら。」


本当にこの娘は///!私をからかうのがそんなに楽しいですか?...まぁ、でも元気になったのならば何よりかな。


「ふぅ...だけど、ペペが元気そうで良かったかな。さっき食堂を出ていく時、ちょっと心配だったから。」


「ご主人様に心配をさせるなど、メイド失格ですね。実に情けないかしら。」


「迷惑だとかは感じてないよ。寧ろ私に出来ることなら何でもしたいから、遠慮せずに言って欲しいな。」


「ご主人様...。」


スッと...。瞬く間に距離を詰めた、リリュスが目の前に居て、その近さは少しでも動けば唇が触れてしまいそうな。そんな距離である。


「...ッ///!?」


「その言葉は本心?それとも...クソ女の策略で言われたのかしら?確か好感度でしたか。」


「...そ、それは。~ッ///!!」


彼女の吐息が頬に触れ、甘い匂いが私の鼻を刺激する。平常な思考がどんどんと溶けていくような感覚だ。あれ?私って同性愛の傾向に目覚めたのかな?異常なほどにドキドキする。


「ち、ちょっと...ペペ!!流石に近すぎるよ///。少し離れて欲しいかな///?」


「あら...何故かしら?出来ることなら何でもと聞こえた気がしたのは、ペペの勘違い?だったのかしら...?ご主人様。」


「何でも...とは言ったけど、私に出来る範囲であって。これは.....うひゃあ!!」


言葉の途中で奇声をあげてしまう。ペペさん?いきなり耳に息を吹きかけるのは止めて欲しいんだけど。


「本当に可愛らしい反応かしら。ご主人様はここも弱点なのね。」


「もうっ///!!特に必要ないのであれば私は部屋に帰りますからね?」


「それは困るかしら、ご主人様。せっかく訪れた好機ですもの。無駄にするのは勿体無いかしら。」


グググッ...!!


私を抱擁する彼女ペペの力が段々強くなってくる。それは苦しみから痛みになり...止めなければ私が真っ二つになるんじゃないか。と思うほど...。


「ちょ...ペペ...人間にとっては...流石に...苦しい...よ。」


ギリ...ギリ...


懇願する声に反発するように絞める力が加速していく。これは不味い...そろそろ意識が...。


「ご主人様。ペペの願いを叶えてくれると言ったかしら。それなら...一つだけ。...


ペペの言葉は私に届かなかった。いや、聞きたくないと本能が否定したのかもしれない。


(やっぱり魔物と人間の溝は簡単には埋まらない...いや、そもそも私が...もう。)


「ようやく鼠の尻尾が見えました。それも随分と大きな尻尾が...。」


「...ッ!?」


ザシュ...!!


何処からか、そんな声が聞こえたのと同時に2人の足元の影がまるで生き物の様に蠢いて、それは雫を守るようにペペの方に攻撃を仕掛けた。


「...カハッ!ゲホッ!ヒュー...ヒュー...。」


「チッ!クソ女ですね。余計な邪魔を...。」


「クヒヒッ...邪魔と言うのは理解出来ませんね。寧ろご主人様を守ったのですから功績だと思いますが...。」


ズズズッ...。


雫を包む影が再び形状を変え、徐々に見知った人形に変化する。それはこの城に居る者なら見知った存在だった。


「リ、リリュスさん...?」 


ぼやける視界の中、僅かに捉えられた特徴は頼りに私はその人物の名前を呼んだ。


「はい!雫様...。私が来ましたから、もう大丈夫です。」


彼女はしっかりと私にそう告げてくれるのだった。

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