第30話 優しさ...それは時に凶器。

この場所に幽閉されて数年が立つ。カビ臭い鉄格子や冷たい石の床、薄暗い部屋にも居心地悪いと感じない。


この場所では私は自由...なのだが、両の手足に付いた罪の意識がそれは駄目だと否定をする。


上下左右は変わらぬ景色...だけど遠方を見透かせば見える気がした。懐かしき故郷のあの城に君する新たな王を...。


「雨宮...雫様...。」


傷だらけのメイド服を纏った金色の髪の少女は懇願するように呟いた。その赤と青の瞳から枯れそうな涙を流しながら。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

魔王城 大食堂


「雫様。魔力の流れを掴むための準備は順調に進んでるようですね。」


「あぁ...うん。それなりに...ね。頑張ったよ。」


「...もう少し嬉しそうかと思いましたが、何やら浮かない様子。どうかされましたか?」


「...へっ!?そんなことは無いよ!皆の信頼を得られて嬉しい!嬉しい!」


グッとガッツポーズをして無い力こぶを必死にアピール。リリュスさんは若干、怪訝そうに見ていたけど折れた様に納得してくれた。


「そうですか...。それならば良いのですが、疲労がそのように見えたのでしょう。食事を終えたらお休みになってください。」


「はい!分かりました!」


私の側を離れたリリュスさんに軽く手を振る。疲れてるけど、心配...無いわけじゃないんだよね。そう思い私は2席分ぐらい距離を開けて座るペペにチラッと目を向けた。


「....」


食事に集中してるのか機嫌が悪いのか、彼女は無言で食事を続けていた。まぁ...それは最たる問題ではなくて理由は隣の空席。普通ならば妹である、ルルの定位置である。


(さっきまでは居た筈なんだけど。どうしたのかな?)


「私にご用かしら?ご主人様。」


「おおっ!?って...ペペ。驚かさないでよ。」


「随分と失礼なご主人様。私は視線を感じたから声を掛けただけかしら。」 


あ、どうやら無意識にずっと見つめていたのか。流石に気付きますよね。これは私が悪い。


「そっか、ごめんね。ちょっと考え事して上の空だったかも。悪気はなかったんだ。」


「べつに...気にしてないかしら。それで何かご用だったのかしら?」


「うん。少し気になったんだけど、ルルは何処に行ったのかな?って思って。さっきミリーちゃんと遊びに行く時に話したっきりだな。と...。」


「ルルは...自室で休んで居るかしら。少し疲れたらしいので...。私も食事を届けるがてら戻ろうかしら。それでは...。」


ルルの分の食事をトレーに載せたペペは私にペコリと頭を下げて食堂を後にする。何故だろう。その後ろ姿が気になってしまう。


「雫様...?お箸が進んでおられませんが、お口に合わなかったのでしょうか?でしたら直ぐに他のー」


「...はっ!?いや、そんなこと無いよ!えっと...ほら。多分、疲れてるんじゃないかな?私、今日は頑張ったし。ね?」


「...雫様。もしかしてメイドの事が気になってるのでしょうか?」


「えっ...?そう言う訳じゃ...いや、リリュスさんに隠してもしょうがないよね。そうなんです。実は...」


私はお昼過ぎの出来事と先程、ペペの話した内容。それをリリュスさんに伝えることにした。


「そうですか。双子の妹が体調不良...そして姉の元気がないと。」


「はい。私は2人に面倒を見て貰い、迷惑をかけてる立場なので少しは責任があるんじゃないかと思いまして。微力でも力になれないかなと。」


「なるほど、雫様の言いたいことは理解できました。配下のことが心配なのは私も同じです。」


リリュスさんは納得した様子で何度か頷いた。のだが、でも...と言葉を続ける。


「雫様...一つだけの苦言をお許しください。確かに慈愛の心は大切です。しかし雫様の優しさが時に武器となる。そのことを心の何処かに留めておいてください。」


「リリュスさん...。」


「あくまでも私の小言程度です。今は気にせずに好感度の為、双子の元に行ってあげてください。それが後の雫様の力になりますから!」


「ひと言が余計だと思います。でも少しスッキリしました。リリュスさんありがとうございます。ちょっと私、行ってきますね!」


それも彼女なりの気遣いなのだろう。私はリリュスさんにお礼を言って食堂を後にした。


「少しばかり手荒になりますが致し方ありません。尻尾を掴むために雫様の優しさを利用させてくださいな。」


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「はぁ...。はぁ...。わざわざ走る必要はなかったな。うぅ...少し脇腹が痛い。」


食堂を出てから私はそれなりの全速力でペペ達の部屋に向かった。ちなみに場所は私の部屋に隣接しており、理由は世話をしやすいように。とのことだ。


「て言うか他の人の部屋に入るのって意外に初かな?研究室や書庫は施設的な意味もあるし。...あ、リリュスさんの部屋には入ったか。」


心の中で軽く彼女リリュスさんにお詫びして私は目の前の扉をノックした。


コンッ!コンッ!


「.....」


返事がない。確か部屋にはルルが居て、食事を持ってペペも戻った筈だけど...。もしかして寝ちゃったのかな?...念のためにもう一度。


コンッ!コンッ!


「.....」


うん、やっぱり返事がない。恐らくは寝てしまったのだろう。しょうがない...明日の朝にもう一度呼んでみよう。私も少し眠くなってきたし。


自分の中で納得することにして、私は足を自室に向かわせる。...だけど。


ガチャ...ギィィ...。


背後で扉の開く音がする。あ、起こしてしまったかも。申し訳ない気持ちを感じつつ私は再度、ペペ達の部屋に向き直った。


「ごめんね。寝ていたのに起こし...あれ?」


しかし振り返った私を迎えたのは双子のどちらか...と言う訳ではなく、誘うように開かれた扉。ちょっとだけ不気味に感じてしまう。


「風で開いた...にしてはおかしいよね?じゃなかったら魔法?起きるのが面倒だったとか?...あり得そう。」


きっとそうだ。ノックをしたうえで扉が開いたと言うのは多分、入ってくれとの合図だろう。独りでに納得した私は照明が消えた暗き部屋の中に入っていった。

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