第5話 頭をよぎった影

 すすきは、杏南あんなを覚えているだろうか。

 小学生のころに、一度、サマーキャンプでいっしょになっただけなのに。

 それに、覚えているにしても、そんな「世界レベルの選手」に育った薄が、たかだか地域のバスケのジュニアチームで活動しているだけの杏南が声をかけていいものだろうか?

 そう思ったからだった。

 ところが、杏南が高校三年生になったころ、サンドパイパーズのジュニアチームが、遠征で、蒲沢かんざわプラチナレディースのジュニアチームとの親善試合を行うことになった。

 引っ越して以来、行ったことのなかった蒲沢に行く。

 だったら、会いに行ってもいいだろう。

 スキー部の子に、「薄」という選手がいる高校の名を確認した。それは瑞城ずいじょう女子高校というところだというので、その学校のスキー部てに手紙を書いた。

 このご時世に、メールでもSNSのメッセージでもなく、手紙を。

 反応はすぐにあった。

 ただし、薄から返事が来たのではなかった。

 杏南は生徒会から呼び出された。部員の不始末か、書類不備かと、めんどくさい気もち半分、びくびくする気もち半分で生徒会に出頭すると、

「瑞城女子高校生徒会のスポーツ担当って子から、赤羽あかはさんに連絡を取りたいから、できれば携帯の番号を教えてほしい、って言って来たんだけど、教えていい?」

と言われた。

 「学校」とか「生徒会」とかいう組織がはさまると、昔の知り合いと連絡を取りたい、というだけで、こんなにややこしいことになるのか!

 「はい、いいですよ」

と軽く返事をしたら、さっそく、その夜に電話がかかってきた。

 「もしもし、赤羽杏南さんの携帯でまちがいありませんか?」

 いやに形式張った言いかた……。

 いや。

 その声は、あの薄のささやくような声ではなかった。

 「はい」と答えると、その声は続けた。

 「わたくし、瑞城女子高校生徒会でスポーツ担当の副書記をやっている、喜多きた日和ひなといいます。私たちの学校の杉原すぎはら薄にお手紙をくださったのは、赤羽さんですよね?」

 「そうですけど」

 そのとき、不吉な影が頭をよぎったとしても、杏南の感覚がとくに鋭いということにはならないだろう。

 それは、つまり、薄が自分では杏南に連絡できない何かの事情がある、ということだ。

 体調不良か、謹慎を食らったか、それとも、最悪のばあい……。

 「あの」

と、相手、喜多日和とかいう子は、ためらって、言う。

 「最初の電話で、いきなり、なんなんですけど、映像つき通話に切り替えていいですか? その……顔見ずに話すのって、なんかやりにくくて」

 杏南は

「うん、いいよ」

と答えそうになって、

「はい。いいですよ」

と言い換える。

 それにしても、最初から映像つきで会話か。

 通信容量はだいじょうぶだから、いいけど。

 ただ、スマホスタンドはどこに置いたかわからなかったので、積んである教科書の山にスマホを立てかける。

 喜多日和が接続してきたのに応答すると、相手の姿が映った。

 ベリーショートで、頭のてっぺんあたりの毛が何本かはね返っている。

 無造作に白いTシャツを着た元気のよさそうな少女。

 なんとなく、自分に似ていると杏南は思った。

 自分はTシャツの色は赤だけど。

 もしかすると、相手も同じことを思っているのかも知れない。

 「似ているけど、Tシャツの色だけが違う」と。

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