第3話 道に迷って

 そうやって杏南あんなすすきと仲よくなったある日、そのサマーキャンプでオリエンテーリングの催しがあった。

 地図とコンパスを渡され、指定された地点を回って、タイムを競う。

 そのオリエンテーリングに杏南は薄といっしょに参加した。

 そして、迷った。

 どうも、最初に出会う沢を越えて、その次の沢沿いに下らなければならないところを、最初の沢に沿って下ってしまったらしい。途中で渡った細い流れを「一つめの沢」と勘違いしたのが失敗の原因だったようだ。

 まちがいに気づいたときには、そのまちがった道を、もうかなりの距離、来ていた。

 戻っていては間に合わない。

 しかも、正規の道でないだけに、そのルートには藪が茂り、足もとは大きい石がごろごろしている。そんな場所を無理やり歩いて来た。

 その道をまた引き返すなんて、考えただけでもげんなりする。

 薄も同じ意見だった。

 そこで地図を調べると、そこの左手の尾根を越えれば、目標のチェックポイントのすぐ近くに出られるらしいことがわかった。

 急な斜面だった。でも、杏南と薄は、なんとか登れそうな道筋を見つけて、その尾根へと登り始めた。

 ガレ場の強行突破を二度ほど繰り返して、さっきまで迷っていた沢を目の下に見下ろす場所まで来た。

 もうだいじょうぶ、と、気がゆるんだのだろう。

 不注意に踏み出した一歩で杏南の下の石が崩れ、杏南は滑り落ちてしまった。

 地面から浮き出ていた木の根につかまって、そのままずりずりと下まで落ちてしまうのは避けたけれど。

 自力では、もとの道に戻れそうもない。

 急な崖ではないから、滑り落ちても命に別状はなさそうだし、大けがもしないだろうけど、またガレ場を上って来なければここには戻れない。

 大幅な時間ロスは避けられない。

 それに、もし足をくじいたりしたら……。

 「杏南!」

 その声は薄だった。

 でも、ささやくような声でも、言いたいことを圧縮して詰め込んだ早口でもなかった。

 「いやだ」とは言わせない。

 拒む気力をあらかじめ無効化してしまうような、少しうわずった声。

 力のこもった声!

 杏南は、左手で木の根をしっかりつかみ、右足もきっちりと木の根に掛けて、薄に向かって

「うん」

とうなずく。

 薄が手を貸してくれて、杏南は自分の身長以上の高低差を上り、もとの場所に戻ることができた。

 そのときに見たのが、あの薄の「本気」の顔だった。

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