第2話 杉原薄

 赤羽あかは杏南あんなは、そのころ住んでいた地域のスポーツクラブが合同で開いた小学生のサマーキャンプに参加していた。自分の属していたバスケットボールのジュニアチームからの参加だった。

 そのキャンプで、杏南は、杉原すぎはらすすきという同学年の子と仲よくなった。

 いや。

 杏南はいろんな子と仲よくなったけど、杉原薄は杏南としか仲よくなれなかった、と言うのが正しい。

 杉原薄の特技はスキーだった。

 ところがその地域はスキーが盛んな地域ではなかった。冬はそれなりに寒かったけど、スキーができるほど雪が積もる山が近くにあるわけではなかったからだ。

 だから、薄が参加していたのは隣の県のスキークラブで、そこから県境を越えてそのキャンプに参加していたのは薄一人だった。

 人見知りな、内気な子らしかった。

 いつも愛想笑いのような笑いを浮かべている。その愛らしい茶色の目で人を見るときには、ちょっと首を傾げて、ちょっと斜めに相手に目を向ける。そのときには、わざとらしく目をぱっちりと開く。

 しゃべるときには、ささやき声でこしょこしょと声を出す。

 スポーツ系の少年少女たちのあいだでは、そんな、あえて言えば「少女マンガチック」な子はあまりに場違いだった。

 「なんでこんな子がこのキャンプに来てるの?」

 薄は、はっきりといじめの対象になったわけではないが、少なくとも仲間はずれにはされていた。

 自分が相手になるしかない、と杏南は思って、薄に声をかけた。

 話しかけてみると、薄は意外におもしろい子だった。

 びるような愛想笑い、斜めに人を見る癖、ささやき声のような話し声は変わらないけれど、スキー競技のことから自分の好きなマンガのことまで、いろいろと話してくれた。

 「ささやき声のような」というのは、実際に声量がなく、声が高いからだったけど、それだけではなく、たくさんの言いたいことを早口で詰め込んでしまうからでもあった。その話に、この地方の方言から来るらしい独特のアクセントとリズムがあるのもかわいらしかった。

 「すすき」という、杏南にとってはふしぎな名まえの理由も教えてくれた。

 お姉さんが「あやめ」という。初夏のあやめに対して、秋に風情があるものはすすきだろう、ということで、「薄」と名づけられたらしい。

 いや、秋ならばべつにすすきでなくても、と、そのとき杏南は思った。

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