第18話 スージョンのカップケーキ

 料理対決の終了時間となった。ロイドルさんが「そこまで」と言い、俺とスージョンは手を止めた。その時には、二人共カップケーキを作り終えていたから、何も問題はない。

 俺はようやく緊張感が薄まって、ほっと肩の力を抜く。けれど、まだ完全に力を抜くわけにはいかない。


「二人共、お疲れ様。さて、作り上げたものをこっちに持って来てくれ」


 ロイドルさんの指示に従い、俺たちは彼の前に自分たちが作ったものを提出した。

 さて実食というところになって、俺は廊下がざわめいているのに気付いたんだ。お菓子作りに夢中で気付いていなかったけれど、どうやらこの対決は王城内で知られていたらしい。


「やあ、やっているね」

「ノヴァ!? ……じゃない。ノヴァ殿下、どうしてここに」

「面白そうなことをやっているのを知っているのに、見に来ないわけがないだろう? それに、気になっているのは私だけではないよ」


 俺が呼び捨てしかけたことはスルーして、ノヴァが自分の後ろを指差す。そちらに目を向ければ、なんと王城内で働くメイドさんや貴族、役人、見回りの兵士たちが集まっていた。


「マジかよ」

「え? ――は!? 何ですかこれ」


 俺は目が点になっていたと思うんだけれど、スージョンは流石にそうはならなかった。その代わり、顔を赤くして怒っていたけれど。いや、あれは怒っていたというよりも、照れ隠しだな。

 スージョンが照れ隠しに声を上げる後ろから、ロイドルさんが笑いながらやって来た。彼の手が、並んで立っていた俺とスージョンの肩に乗る。


「父上……」

「ロイドルさ……」

「すまんな。こんなことは滅多にないから、嬉しくて色んなところでこの対決の話をしていたんだ。そうしたら、こうやって集まってしまった」

「「あんたのせいか!!」」

「おお、息ぴったりだな!」


 はっはっはと笑うロイドルさんに、俺もスージョンも返す言葉がない。額に右の手の甲を当てて天井を仰ぐスージョンに、俺は肩を竦めて「こういう人なんだな」と言うことしか出来なかった。


「ああ、そうだよ。自分の楽しいに全力な人だ。……だから、毎日目が回りそうな忙しさなのに、料理にひたむきで、尊敬する父親だ」

「……ああ、そうだな」


 いつの間にか、ロイドルさんはノヴァを始めとした見物人たちの方へと行ってしまった。だからこそ、スージョンは俺に本心の一端を聞かせてくれたのかもしれない。

 だけど、スージョンはすぐにハッと我に返ってしまった。顔をほのかに赤くしながら「今のは忘れろ」と言い置いて、さっさと元いたところに戻ってしまう。そして、ロイドルさんを呼んだ。


「父う……料理長、判定をお願いします!」

「おお、すまない。よかったら、ノヴァ殿下も如何ですか?」


 ロイドルさんに誘われたノヴァは少し考えるそぶりを見せた後、微笑んでゆっくりと頭を横に振った。


「今は止めておこう。判定が出た後で、二人の作ったものを食べさせて欲しいかな」

「承知致しました」

「……え、殿下って甘いものを食べるのか。苦手なんだと思っていた」


 俺の隣で、スージョンが驚きを含んだ声で呟く。それを耳にして、俺は別の意味で驚いてしまった。驚いて、それから少し考えて納得する。


(そういえば、人前で甘いものを食べないようにしているとか言っていたな)


 普段ならば、ここでも食べない選択をするのだろう。しかし今回は、料理長のロイドルさんが審判を務めるイベント事。王子がいることでより盛り上がると踏んだのだろう。


(というのもあるだろうけど、ただ食べたそうにしているのがバレバレだぞ)


 仕事をしている時とは、また瞳の輝き方が違う。そう思うのは、俺がノヴァの甘いもの好きを知っているからかもしれない。

 ロイドルさんも、俺と同じでわかっているのだろう。柔らかく微笑んでから厨房に戻って来た。


「さあ、改めて。まず、スージョンのものから。簡単にで良い、説明してもらえるかい?」

「はい」


 スージョンは気持ちを切り替え、真剣な顔で作ったカップケーキの説明を始める。俺も興味しかなかったから、一心に耳を傾けた。


「私が作ったのは、イチゴのカップケーキです。カップケーキ本体の生地の中にすりつぶしたイチゴを入れ、ピンク色に仕上げました。そしてトッピングには、白いままの生クリームと切ったイチゴを使っています。アラザンで銀色を添えました」


 薄ピンクに染まったカップケーキが、葉桜を思わせる黄緑色のカップに入っている。トッピングは、たっぷりの生クリームとスライスしたイチゴだ。薄く切られたイチゴを花びらに見立て、幾つかの花がカップケーキの上に咲いている。


「うん、色が美しい。この季節にもぴったりだな。味は……」


 一口食べたロイドルさんが、目を見開いた。そして、驚きの声を上げる。


「成程! この山のような生クリームの中には、イチゴが隠れていたんだな。イチゴ一粒をクリームで覆い、更にその上から花の形のイチゴを飾り付けるとは。……やはり、腕を上げているな」

「……ありがとう、ございます」


 料理長であり父親であるロイドルさんに褒められて、スージョンは嬉しそうに頬を緩めている。いつも俺に向けて来る険しいものとは違って、年相応の男子の嬉しそうな顔だ。そんな顔もするんだ、とほっとする。

 ロイドルさんは一つ食べ終え、手元の紙に何やらメモした。それを終えてから、ロイドルさんは俺を手招く。


「次は、貴継だな。説明を頼むよ」

「――はい」


 さあ、勝負だ。

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