第17話 お菓子作り対決

「逃げずに来たな」

「逃げないよ」


 料理対決の当日、俺が少し早めを第二厨房に行くと、スージョンがもう支度をしていた。食材を始め、器具などもきちんと机の上に並べられている。


「……真面目だな」

「意外か? 料理に対しては誠実にいたいんだ。折角、父に期待してもらっているんだから」

「そうだな」


 スージョンの言葉を聞いて、俺はほっとした。つまり、ロイドルさんは息子にちゃんと伝えたっていうことだ。努力をちゃんと見ていると、応援していると伝えてくれたのだろう。


「でも、それとお前を認めるかどうかは話が別だ」

「お、おお」


 そう来たか。俺はビシリと人差し指を突き付けられて、わずかにのけぞった。


「父が認めた腕前、確かめさせてもらうからな!」

「俺も、きみの料理を見たいし食べてみたい」

「そうか。だからこそ、お前の得意分野で勝負したいんだ」


 スージョンは長い髪を一つにまとめ、垂らしている。女性のような柔和な容貌に、真剣な目で俺を見つめた。

 その視線に、俺は「おや」と思う。スージョンは、以前はこんな顔をしなかった。俺を見かけたら、射殺しそうな視線を向けて来たのに。


「……何か、吹っ切れたのか?」

「何の話だ。そんなことより、そろそろ始めるぞ」


 父上も来た。スージョンの言葉に振り向けば、厨房の入口でロイドルさんがこちらに手を振っている。


「ロイドルさん」

「二人共、全力でやれ。公平に審査するからな」

「……わかりました」


 俺は深呼吸して、向かいにあるもう一つの台の奥にいるスージョンを見る。


「スージョン、何を作るんだ?」

「俺が決めたら、不公平だろう。この場で父上……料理長に決めてもらうことにしているんだ。何にしますか、料理長?」

「カップケーキ、デコレーションありで。材料はここにあるものを何でも使って良い。制限時間は一時間」

「はい」

「わかりました」


 事前には、何を作るのかわからなかった。それはスージョンも同じだと知って、胸を撫で下ろす。これで、俺たちは同じ条件で土俵の上に立つ。

 俺たち三人しかいない厨房は静かで、俺の唾を飲み込む音がやけに響く。


「始め!」


 ロイドルさんの鋭い号令を受け、俺とスージョンは同時に動き出す。

 作るカップケーキの基本的な材料は、それぞれの机の上に置いてある。それに何かを加えても良いし、加えなくても良い。


(蜂蜜……あるな)


 元の世界のものと全く同じもの、というものはない。それでも近いものはあるから、俺は生地に少量の蜂蜜を混ぜることにした。砂糖と完全に入れ替えても良いんだろうけれど、俺はそこまではしない。隠し味程度かな。

 ここにココアや抹茶を入れると、その味のカップケーキになる。だけど、今回はシンプルなプレーンで勝負だな。

 生地をカップケーキの器に流し入れ、予熱していたオーブンに入れる。スイッチを押したら、次はトッピングの準備だ。


(しかし、色んなものがあるな。果物、チョコレート、ピック、生クリーム……。さて、目移りするな)


 向かいの机にスージョンがいる。けれど、今井皐俺からは彼の手元は見えない。勝負が始まってから、板みたいなもので仕切られてしまったから。勿論、それは俺も同じ。


「やあ、進捗はどうだい?」

「ロイドルさん」


 まるで、テレビの料理対決番組の司会者みたいだ。ロイドルさんは、なんだか楽しそうにこっちにやって来た。マイクこそないけれど、俺はインタビューを受けるような気持ちになる。


「さっき、生地をオーブンに入れました。後は、トッピングを用意します」

「どんなイメージにしたい、というのはあるのかい?」

「そう、ですね……」


 ちらり、とスージョンの方を見る。見たところで、彼がどんなものを作ろうとしているのかはわからない。

 ただ、真剣にお菓子作りと向き合うスージョンの顔が見えるだけだ。


「……」

「思うところがあるようだな」

「そう、ですね。イメージ作りながら、完成させます。頭に浮かんだので」

「そうか、楽しみにしているよ」


 軽く俺の背中を叩き、ロイドルさんは元の場所へと戻った。入口近くに椅子を置いて、そこから俺たちを見守ってくれている。


「さて」


 俺は気合を入れ直し、少し考えてチョコレートを手に取った。カップケーキは生地を作るのにも焼くのにもそれ程時間はかからないから、その分トッピングに時間を割ける。


(チョコレートを湯煎で溶かして、テンパリングが難しいんだよな。そんで、この型を使うか)


 チョコレートを溶かした時、テンパリングがうまくいかないと綺麗に仕上がらない。学校でも何度も失敗したなと思い出しつつ、俺は慎重に温度を見極めた。温度計があってよかった。


 ――ポーン。


 オーブンの音が鳴り、カップケーキが出来上がったことを告げる。俺は竹串で生地がついてこないことを確かめると、一旦全てケーキクーラーの上に置いた。生クリームにしろチョコレートにしろ、熱いものの上に置いたらすぐに溶けてしまう。十分冷やさないといけない。

 俺は手のひらサイズのケーキを冷やしている間、チョコレートを型に入れて固め、生クリームをハンドホイッパーで力いっぱいかき混ぜる。このクリームを作る時が一番力を使う気がする。この世界には、電動ホイッパーがないんだ。いつか発明してやろうと密かに思っているけれど。

 クリームは、白い普通の生クリームとチョコレートを混ぜたクリームの二種類にする。チョコレートは苦めのやつだ。


「よっし」


 残り時間、後三十分。飾り付ける支度は整った。俺は改めて腕まくりをして、最後の仕上げに取り掛かった。

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