第16話 勝負について
ロイドルさんと話をして、そのまま俺はノヴァとセーリのいる執務室へと向かった。厨房から執務室への道は、もう勝手知ってるもので、覚えてしまっている。半年前は、右も左もわからなかったのに。
俺は執務室の戸を叩き、許可を得て入った。
「二人共、お疲れ様。マカロン持って来たよ」
「ありがとう、貴継。今日のも美味しそうだね」
「本当だ。いつもありがとう、楽しみだ。……どうかした?」
「え?」
俺の変化に気付いたらしいノヴァが、書類を机に置いて俺の傍にやって来る。そっと額に手のひらを当てられて、思わずドキッとした。イケメンの顔の力が強過ぎる。
そんな俺の心情を知るはずもないノヴァは、瞼を閉じて「んー」と呻った。
「風邪ではないようだね。となると、何か心配事かな?」
「ご明察。実は、スージョンからこれを受け取ったんだ」
「これは……果たし状?」
「決闘でもするのかい?」
セーリもやって来て、二人で果たし状を読む。そして「成程」と呟くと、ノヴァは俺に果たし状を返しながら微苦笑を浮かべた。
「スージョンは、相当きみのことが気に食わないんだろうね」
「そうらしい。この半年、ほとんど絡みはなかったと思うんだけどな。何処でそんなに嫌われてしまったのか……」
「反対に、何もしなかったからというのもあるかもしれないね」
肩を竦める俺に、セーリが言う。
「きみは、自ら何か目立とうとして過ごしているわけじゃないと思う。だけどお菓子作りを通して、僕やノヴァ、色んな人と知り合って仲良くなり、人脈を広げている」
「全く自覚はなかった」
「貴継になくても、スージョンは見ていて思うところがあったのかもしれない。もしくは、そんなことを思う自分が許せなくて、今回のことを思い付いたのかもしれないけれどね」
きみはどうするんだい。セーリに問われ、俺はすぐさま答えた。
「ロイドルさんにも言ったけれど、この勝負を受けようと思う。俺自身、スージョンが何かを作っているところを見たことがないし、どんな料理を作るのか知りたい。……お互い、料理を作って食べることで見えるものもあると思うから」
「だそうだよ、ノヴァ」
「聞こえているよ、セーリ」
ノヴァは俺が持って来た籠からイチゴ味のマカロンを手に取って、かじった。この世界のイチゴは甘さよりも酸っぱさが勝るから、挟んでいるクリームは甘めにしてある。丁度良い塩梅を見付けられたはわからないけれど、ノヴァはおいしそうに一つ食べ切ってくれた。
「うん、美味しいよ。流石だ、貴継」
「あ、僕も食べて良いかい?」
「勿論。二人に食べて欲しくて持って来たんだから」
「じゃあ、これにするよ」
セーリが手に取ったのは、紅茶味のマカロン。茶葉を細かくして生地に練り込んだ。挟んでいるクリームは、甘さ控えめのものにしている。
俺が内心ドキドキしながら見ていると、セーリも「おいしいよ」と言って笑ってくれた。その言葉と笑顔が見られて、俺の方が礼を言いたくなる。
「俺の方こそ、食べてくれてありがとう」
「そういうところ、凄く良いよね。貴継は罪作りだよ」
「……何の話だよ」
全く。俺が呆れて肩を竦めると、ノヴァが何故か穏やかな表情で俺のことを眺めていた。何か付いているのかと尋ねても、明確な答えはくれない。
「果たし状に書かれていた対決の日は、三日後だったっけ」
「ああ」
「応援しているよ。俺たちに何か手伝えることがあったら、いつでも言ってくれ」
「ありがとう。詳細は何もわからないけれど、精一杯スージョンにぶつかってみるよ。俺は彼と対立したいわけじゃないし、少しでも関係が改善すると良いな」
それから二日後、スージョンが俺に会いに来た。
午前中、俺は読みたい書籍が王城の書庫にあることを知って歩いていたんだ。読みたかった本はこの国の伝統菓子について書かれたものだったんだけれど、今は横に置いておく。
「貴継」
「スージョン」
「明日のことについて、ここに書いてある。逃げずに来いよ」
「逃げないよ。それに、俺は楽しみにしているんだから」
受け取った紙を開くと、対決は午前十時から第二厨房でとあった。第二厨房とは、普段ほとんど使われない臨時用の厨房だ。例えば、外交関係の集まりなどでこの城が使われる際の食事提供などで使うと聞いた。
そして、お題はお菓子とある。その文字を見て、俺はびっくりした。
「良いのか、俺の得意なもので勝負をしても」
「城の厨房で働くには、食後の甘いものも作れないといけない。それに、見てみたい。お前がどんなお菓子を作るのか」
「スージョン……。明日は、宜しく」
「こちらこそ」
俺が握手を求めると、スージョンは少し戸惑いながらも応じてくれた。ちょっと照れて顔を背ける彼を見て、俺は正直「あれ?」と思った。
(以前のスージョンは、もっと触れたら切れそうだった。この半年の間に、心境の変化でもあったのか?)
勿論、口には出さない。だけどもしかしたら、ロイドルさんが息子ときちんと話したのかもしれない。尊敬している父親から、器用だし料理人に向いていると言われたら嬉しいだろうなと思うから。
俺は挨拶を終えて去って行くスージョンを見送り、何を作ろうかと考えながら書庫へと向かった。
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