第15話 果たし状

 マカロンを作っていた俺の前に現れたスージョン・キャロルは、俺に折り畳んだ紙を突き付けて来た。それを受け取ると、スージョンは踵を返して去ってしまう。


「あ、おい!」


 引き留めることも出来ず、俺は仕方なくその場で紙を広げることにした。マカロンの生地を焼きあがるまでの時間、暇と言えば暇だから。


「何なんだよ。えーっと……『果たし状』?」


 とんでもない言葉が出てきてしまった。俺は急いでその『果たし状』の中身を読んでいく。宛名は俺、送り主はスージョンとなっている。


「……『料理でどちらが上はっきりさせる。三日後に、どちらが料理長に認められる料理を作ることが出来るかで勝負だ。料理長には、こちらから申し出てある。逃げるなよ。』か。……随分と嫌われてるな。嫌われていると言うか、ライバル意識?」


 俺はため息を付きたいのをぐっと堪え、出来上がりを告げるオーブンに向き合った。マカロンの生地は思ったよりも少し焦げてしまったが、これは自分の気持ちが出たなと俺は思う。


(いつもなら、時間の調節をする。それをし忘れるくらいには、動揺したんだ)


 とりあえず、クリームはうまく出来た。それを挟んで、綺麗に焼けたものだけを選り分ける。焦げたものは、今後の研究用に自分で食べよう。

 俺はノヴァたちに渡すものを籠に入れて、それ以外を皿に乗せて部屋の奥に置いた。冷蔵庫に入れることも考えたけれど、そちらだと誰かが開けた時に見付かってしまう。

 他人の部屋の冷蔵庫なんて開けるわけがない、と思う人もいるかもしれない。だけど、このキッチンはノヴァやセーリが入り込む可能性が捨て切れない。何故なら、何度かその現場を押さえているから。


「これでよし。とりあえず、ロイドルさんのところに言って、スージョンの果し状について聞くか。それからノヴァたちのところに行こう」


 俺は使ったボウルや他の道具を片付け終え、まずはロイドルさんたちがいる厨房へ向かう。

 厨房は既に忙しい雰囲気に包まれていた。それでも皆慣れたもので、ベテラン勢は淡々としながらも手早く最高の食事を作っていく。それを真似して、新人も育っていくようだ。


「ロイドルさん」

「おお、貴継。今日も持ってきてくれたのか」

「皆さん、おやつに食べて下さい。今日はマカロンです」


 俺は料理をする人たちの邪魔にならないよう、間を縫って冷蔵庫に行く。その一番上の棚が、いつの間にかおやつスペースになっていた。


(昨日のクッキーもなくなったな)


 入れ替える手間がないのは助かる。俺は自然な色合いのマカロンを人数分その棚に入れ、ロイドルさんのいるところまで戻った。

 歩いて行くと、厨房のメンバーが声をかけてくれる。


「マカロンっていうのか、楽しみだ」

「昨日のクッキーもおいしかったぞ」

「また宜しくな」

「はい。要望があったら、また教えて下さい」


 そんな短い会話をしつつ行くと、ロイドルさんが苦笑をにじませていた。


「すっかり王城のお菓子係だな、貴継は」

「本当ですね。……あ、そうだ。ロイドルさん」

「ん?」

「ちょっとだけ、良いですか? 相談が……」

「……あのことか。わかった、少し待っていてくれ」


 俺が何のことを言いたいのか、ロイドルさんにはわかったらしい。すぐに近くの部下に指示を出し、俺と共に厨房の外へと出てくれた。


「すみません、ロイドルさん。お仕事中なのに」

「心配するな。料理長がいなくとも、一食くらい作れる奴らしかいないからな。それに、スージョンのことだろう?」

「……はい。さっき、これを受け取りました」


 俺はポケットに入れていたスージョンからの果し状を取り出し、広げてからロイドルさんに渡した。彼は眉間にしわを寄せながらそれを読み、大きなため息をつく。


「はぁ。全く、どうしようもない息子だな。果し状なんて、よく思いついたものだ」

「果し状なんて、受け取ることになるとは思いませんでした。これを読む限り、受ける以外に選択肢はないでしょう。だからこそ、ロイドルさんに話を聞いておこうと思いました」

「……そうだな。何処まで本気かと思っていたんだが。確かに昨日、俺はスージョンに貴継との料理対決を審査して欲しいと頼まれた。その時……ちょっと面白そうだなと思った」

「……ロイドルさん」


 ポロリとしてしまったロイドルさんの独り言を聞き取った俺は、思わずジト目で彼を見上げた。するとロイドルさんは、視線を彷徨わせてから「たはは」と笑う。


「だって、面白いじゃないか。俺としては、若者たちの料理対決が見られて、しかも作ったものを食べられるんだから特でしかないんだがな」

「もう、勝負するのは良いです。俺も、スージョンの料理を見てみたいし、食べてみたい。……出来れば、純粋に楽しく料理したかったですけど」


 対決と銘打たれ、しかも果し状付きだ。これは決闘だと言われているような気がして、俺としては楽しむよりも勝つための料理になりそうで、少しだけ嫌だった。

 すると、ロイドルさんが笑って俺の背中をバンバン叩く。軽快な音に反して、結構痛い。


「楽しくやれば良いじゃないか」

「痛っ……え?」

「スージョンは、少しだけ料理を楽しむことを忘れているのかもしれない。勝ち負けも大事だが、俺は息子に楽しくおいしい料理を作れる料理人になって欲しいんだよ」


 そのために、きっときみとの勝負は必要だ。ロイドルはそう言って、ニヤッと笑った。


「貴継が楽しむことが、きっと息子のためにもなる。……ああなると、父親の言葉は届かないから。真っ直ぐで不器用で、時々周りが見えなくなる。そんなところを俺に似なくてもよかったのにな」

「……ロイドルさん」


 頼んだぞ。そうロイドルさんに託されて、俺は頷くことしか出来なかった。

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