第3章 思い出の味
料理対決
第14話 それからの日々
フルーツパウンドケーキを作った日から、俺の生活は一気に変わった。
その日一度家、というかワージルさんとメルさんの住む家に戻って荷物をまとめた。二人にお世話になった礼を伝えたんだけど、何故か二人共「わかっていました」っていう感じの対応だったんだよな。
ワージルさんなんて、真面目な顔をして「お前にはすべきことがある。思い切りやって来い」だなんて言うし。あの二人、ただのケーキ屋の夫婦じゃないんだろうか。
「まあ、そんなわけもないか」
ワージルさんとメルさんには、紅茶のシフォンケーキを焼いて渡してきた。ショートケーキは重いし、シフォンケーキなら、軽く食べられるだろうと思う。
そして決して多くない荷物をまとめ、馬車で城まで運んでもらった。御者は初めて王城に来た時の男性で、俺はそれを事前に知っていたから、礼の印にと思ってクッキーを焼いて渡した。
「甘いのが好きかどうかわからなかったんで、控えめにしました。よかったら、仕事の合間にでも食べて下さい」
「い、良いのかい? 実は、セーリ様との会話を聞いていて、いつか食べてみたいと思っていたんだ。それがこんなに早く来るなんてね。こちらこそ、ありがとう」
「喜んでもらえてよかったです」
思いの外感動されてしまって、俺は面食らう。だけど、決して悪い気はしない。
それからの俺はといえば、昼におやつを作り、夕食作りを手伝っている。午前中はノヴァとセーリの仕事を手伝ったり、図書館に行ったりして過ごす。そして夜、ノヴァたちの要望から新たなお菓子を作るために、この世界の食糧事情などを勉強しているんだ。
意外と忙しく動いていることに自分で驚きながら、俺はいつの間にか王城での生活に溶け込んでいた。知り合いも出来た。俺は好きなことを仕事にできて、よかったタイプだったらしい。
「……で、いつの間にか半年か」
俺の部屋には、厨房の人から貰ったカレンダーがある。壁掛けのそれは、元の世界でよく目にしたものによく似ている。ただし、曜日は全く違うが。
「今日は、休みだな。っていっても、やることはそんなに変わらないけど」
休みの日、俺は大抵部屋にこもっている。数ヶ月前、自室の横に小さなキッチンを作ってもらったんだ。そこでほぼ1日中、お菓子作りをしている。
休みの日に作ったものは自分で食べるけれど、ノヴァたちが見に来るから食べさせることもあるな。いつの間にか俺がお菓子作りをするためにこもっている話は広がっていて、ノヴァたちだけじゃなくて色んな人が覗きに来るようにもなった。
「タカツグ殿、何を作っているんだ?」
「マカロンですよ。……って、王様の側近がこんなところで油を売っていて良いんですか?」
俺のお菓子作り用のキッチンは、廊下に面している。オープンキッチンみたいな感じだ。だから、誰でも覗き込めるようになっている。
今日やって来たのは、ノヴァの父親である国王の側近を務める伯爵の一人のゴートン・メリア。なんと、セーリの父親だ。
初めて会った時は本当に驚いた。けれど今は、よく見に来る人の一人という認識になっている。セーリの大らかさは、きっと父親である彼譲りだろう。
俺が呆れ声で尋ねると、伯爵はハッハッハと笑う。
「良いんだよ。きみの様子を見て来るよう、王からも頼まれている。それから、王から『またあのポテトチップスとやらを食べたい』という伝言だ」
「……ポテチ好きの王様ってなんだかな。甘いものが苦手ならって俺が作って献上したんですけどね」
ノヴァが甘党なのに対し、国王はどちらかと言えば辛党だ。俺の作るスイーツに興味はあるらしいが、甘いものは苦手。だったら、と半月程前にポテトチップスの塩味を作った。どうやら国王はお気に召したらしく、それから時々所望されるようになったのだ。
塩味ばかりでは塩分の摂り過ぎになるかもしれない。だから塩味だけではなく、のりやトウガラシなど、色々なものと合わせて作っている。文句を言われたことはないから、また別の甘くないお菓子を研究して提供しよう。
「わかりました。ポテトチップス、近々作ってお持ちしますと伝えてもらえますか?」
「わかった。私も、王共々楽しみにしているよ」
ゴートンさんに手を振り、俺はマカロン作りを再開する。ラスティーナ王国には食用色素なんているものはないため、色の濃い果物で代用していく。赤は苺、オレンジは柑橘系と言った感じだ。生地にそれらを入れ、幾つかのカラフルな生地を鉄板の上に敷いたシートの上に絞り出し、焼いていく。
生地が焼き上がるのを待ちながら、俺は間に挟むクリーム作りをする。
「よし。これが出来たら、次は……」
「おい」
「何か用事か、スージョン?」
三種類のクリームを作り終えた時、誰かに名を呼ばれて顔を上げた。目の前に立っていた少女の格好をしたスージョンがいて、俺は彼に声をかけていた。
スージョンとは、この半年間すれ違うことはあったが、話すことはほぼない。そのため、ゆっくりと顔を突き合わせるのは、初対面以来だ。
俺が首を傾げると、スージョンは真っ直ぐに俺を見つめていた。
「お前に勝負を申し込む」
スージョンはそう言うと、折り畳んだ紙を一枚俺に押し付けて来た。
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