第13話 ごちそうさま

「お待たせしました。貴継特製フルーツパウンドケーキです」


 ノヴァとセーリを厨房の中に入れ、彼らには椅子を渡して座ってもらった。アルミの調理台の上に、一人分に切ったケーキと紅茶を置く。俺はまだケーキを綺麗に切ることが苦手で、今回もアイシングがボロボロになってしまった。

 俺は比較的綺麗に切れたものを渡そうと思ったんだけれど、切るところから見ていた二人に交換を止められた。「そっちの方が大きいだろう」と言って。色々言いたいことはあったけれど、気遣いに感謝することにした。

 ノヴァとセーリはケーキを目の前にして、それをじっと見つめている。俺としては、作ったケーキを凝視されるのは恥ずかしく、早くフォークを入れて欲しい。


「あの、二人共……」

「ああ、ごめん。あまりにおいしそうで見つめてしまったよ」

「貴継は凄いな。たくさんのドライフルーツが入っているのに、形が崩れずにまとまっている。さっき、ロイドルさんが言っていたよ。とてもおいしかったから、期待して良い、とね」

「頼むからハードルを上げないでくれ……!」


 確かに、彼らと入れ替わりでロイドルさんは厨房を出て行った。次の仕込みの時間まで、休憩するのだと笑っていたからそうなのだろう。

 俺は懇願するような気持ちで頼んだが、二人は笑い合うだけだ。確かに味見しておいしく出来たとは思うけれど、それが一国の王子の口に合うかはわからない。

 そわそわと落ち着かない気持ちでいた俺の目の前で、ノヴァとセーリはほぼ同時にケーキを一切れ切って口に入れた。


「……」

「……」

「……あの、どうだ?」


 耐え切れず、俺は尋ねた。

 するとノヴァがフォークを置き、紅茶を一口飲んでから口を開く。


「おいしいよ、貴継。こんなにおいしいケーキを、パウンドケーキを食べたのは初めてだ」

「お世辞でも嬉しいよ。口に合ってよかった」


 俺が胸を撫で下ろすと、黙って半分ほど食べてしまっていたセーリが「お世辞じゃないよ」と念押ししてきた。


「ノヴァは、公の場以外では世辞を言わない。それに、凄く美味い。ドライフルーツの甘さとケーキの風味が絶妙で、更に弾力のある生地だ。食べ応えもあるし……凄いな、貴継」


 それは、真っすぐな賛辞。ノヴァもそうだが、セーリも正直で真っ直ぐだ。こんなに素直に褒められたことはほとんどないから、照れてしまう。ケーキ関連で同じように褒めてくれたのは、家族と優矢くらいだ。


「褒め過ぎだよ。でも……そう言ってもらえるなら、作った甲斐がある。本当に、よかった。笑顔が見られて」

「……きみのモットーの通りだな。『おいしいお菓子を食べて、怒る奴はいない』っていうのは、間違いない」

「やめろ、ノヴァ。……なんだか知らないけど、凄く気持ちが震える」


 俺が顔を背けると、ノヴァは「照れるなよ」と笑う。


「照れるだろ、こんなの」

「可愛い奴だなぁ。これからも宜しく頼むよ、貴継。俺は、きみの作るケーキが食べたいんだ」

「殺し文句だよ、それは……」


 しゃがみ込みたい衝動に駆られながら、俺は何とか立っていた。目の前では、ノヴァとセーリが美味そうにケーキを食べている。丁寧な手つきが、大切に食べてくれていることを示して、俺は嬉しくなった。


(ちょっと泣きそうだけどな)


 ノヴァの言葉が、セーリの笑顔が、俺の心を刺激する。俺がやりたかったのはこういうことなんだ、と改めて思う。俺が作ったもので誰かが笑顔になる、それはとても幸せなことなんじゃないかって。

 この世界に来て、不安で押し潰されそうになったこともあった。だけど今、ようやく気持ちが落ち着いている気がする。


「……ごちそうさま」

「ごちそうさまでした」

「お粗末様……って、あれ?」


 何の気なしに流そうとして、俺はふと立ち止まった。二人は今、何と言ったんだ。

 俺が立ち止まったのを見て、ノヴァとセーリはしてやったりという顔で笑った。


「貴継が食事の時に『いただきます』『ごちそうさま』って言うのを聞いたから。それ良いなって二人で言っていたんだよ」

「意識的にしか言えないけど、習慣化したら何か良いよなって」

「目茶苦茶自然だったぞ。俺もふつうに答えたし」

「なら、作戦大成功だな」

「ふふ、だね」


 ノヴァとセーリは、そう言って笑い合う。そんな二人を見ていると、ドッキリを仕掛けられる人の気持ちに近付いた気がした。あ、嬉しいドッキリの方でだけど。

 それから、俺たちは話をした。俺の知る世界とノヴァたちの世界との同じところや違うところ、城での生活のこと、町でのこと。話は尽きなかったけれど、一時間ほどで切り上げた。そろそろ、ロイドルさんたちが帰って来る。


「俺は片付けたら行くから、ノヴァとセーリは先に帰っていてくれて良いぞ」

「わかった。執務室にいるから、終わったら来てくれるかい? 今後のことも合わせて、話していきたいこともあるから」

「了解。すぐに行くから」


 ノヴァとセーリを先に帰し、俺は片付けを終える。ケーキを焼いている間にほとんどの洗い物は済ませていたから、時間はそれほどかからなかった。


「これでよし」


 初めてこの厨房でケーキ作らせてもらったお礼を兼ねて、厨房の人数分に切ったパウンドケーキを机の上に置いておく。ロイドルさんは端っこを食べたけど、他の人にも食べて欲しいから。そして、改善案があれば聞きたい。

 俺は厨房を出て、ノヴァたちの待つ執務室へ向かう。その途中でロイドルさんの部下に会ったから、ケーキの存在を伝えておいた。


「本当か!? ありがとう、みんなで頂くよ」

「よかったら、感想聞かせて下さい」

「わかった」


 そんな会話をして、俺は執務室の戸を叩いた。

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