第12話 フルーツパウンド

 自分自身のことをカミングアウトした翌日、俺はすっきりとした気持ちで目を覚ました。結局王城の客間を借りて一晩泊まり、必要なものを取って来るために今日はワージルさんとメルさんのいる家へ午後から戻る予定だ。

 最初は通いのつもりだったけれど、その時間が勿体ないと思うようになった。俺に出来ることは、ノヴァたちの話を聞くこととお菓子を作ることくらいだ。それでも、ここにいてみたいと俺自身が願っている。


「……よし、出来た」


 ミトンを両手に付けて、俺はオーブンから天板を引き抜く。電気はないが魔力で動くオーブンは、誰でも使えるようにある程度の魔力が充填されている。

 俺はそれの使い方を今朝ロイドルさんから学び、早速パウンドケーキを焼いてみた。厨房にドライフルーツがたくさんあったから、それを拝借してフルーツたっぷりのパウンドケーキだ。


「おお、甘い香りがするな」

「ロイドルさん」


 ケーキが焼き上がったのとほぼ同時に厨房にやって来たロイドルさんが、俺の手元を見て目を輝かせる。嬉しそうに「おおっ」と声を上げた。

 ロイドルさんたち厨房のメンバーが城の皆さんに朝食を作り終えて片付けも済んだ休憩時間、厨房を借りたんだ。


「あのドライフルーツを入れたんだな! これは……パウンドケーキだな?」

「そうです。主な材料が四つで出来るんで、最初に作るのに丁度良いと思って」


 俺はそう言いながら、竹串でケーキの中まで火が通っていることを確かめる。うん、大丈夫だ。

 ケーキを型から出して、ケーキクーラーの上で冷ます。ある程度冷めたら、ノヴァたちを呼んで来ようか。

 ほとんどの片付けはケーキを焼いている間に終わったから、ケーキを乗せる皿でも選ぶか。俺が何となくそう考えていた時、不意にロイドルさんに声をかけられた。


「……なあ、昨日の夜に息子に会ったんだって?」

「息子さんに聞いたんですか?」


 俺が尋ね返すと、ロイドルさんは頷く。


「昨日遅くに家に帰って来たから、何をしていたのかと問い質した。そうしたら、お前に会いに行っていたんだと言ってな。最近は気難しくて、まともに喋ってくれないんだよな」

「そうだったんですね」

「ああ。……スージョンが、無礼なことを言ったんじゃないかと案じているんだ。あいつは、少し思い込みが激しい所があるからな」

「突然現れた俺のことが気に食わないみたいですけど、それだけですよ」


 色々なことを省略して、俺はそう言うに留める。かなり棘のある言い方をされたが、彼の心情を思えば致し方ないとも思う。

 かなりオブラートに包んで言ったつもりだったんだが、ロイドルさんは渋面のまま。どうやら、言葉の裏まで読まれてしまったらしい。もしくは、スージョンが普段から誰に対してもあんな喋り方なのかもしれないけれど。

 俺がパウンドケーキにかけるアイシングを作ろうと砂糖とレモン汁を準備しているのを眺めながら、ロイドルさんがぽつりと呟くのが聞こえた。


「格好は好きにしてくれて良いんだが、あのつんけんした物言いはどうにかならんものかな。良いところもたくさんあるんだ。手先が俺より器用だから、きっと良い料理人になるのに……」

「それ、本人に言ってやって下さい。良い料理人になるって」

「喜ぶだろうか?」


 ロイドルさんは、いまいち不安らしい。俺としては、スージョンが思わず吐いた本音を聞いてしまったから、尊敬する父親に「良い料理人になる」なんて言われたら彼がどんなに喜ぶだろうかと想像するんだけれど。

 けれど、俺がスージョンの目標を伝えてはいけないと思う。だから俺から言えるのは、本人に伝えてやって欲しいということだけ。


「スージョン、必ず喜びます。家に帰って会ったら、言ってあげて下さいね」

「わかった。……改めて言うのは恥ずかしいな」

「応援していますから」


 そう言って、俺は手早く作ったアイシングを冷えて来たパウンドケーキにかけた。少し量が多かったかとも思ったけれど、丁度良さそうだな。レモンは以前作った時に多くし過ぎて酸っぱかったから、今回は少なめだ。

 パウンドケーキの側面を、ぼたっとしたアイシングが流れていく。それを見ていたロイドルさんは、身を乗り出して食い入るように俺の手元を見つめている。そんなに見られると、集中出来ないんだけど。


「あの、ロイドルさん……」

「ん? ああ、すまない。近過ぎたな」


 人一人分くらいの間隔を空けてくれたロイドルさんに、俺は「すみません、ありがとうございます」と言った。お礼になるかわからないけれど、パウンドケーキの端っこを切ってロイドルさんに渡す。


「これ、食いますか? 端ですけど、美味いですよ」

「ありがとな、いただこう。こういうのは、端が……うん、美味い」


 パウンドケーキの端は、カリッとしていておいしいよな。ロイドルさんは嬉しそうに、本当においしそうに食べてくれるから、安心させられる。

 俺はロイドルさんに留守番を頼み、ノヴァとセーリを呼びに行くことにした。ケーキを作る前に二人共既に仕事を始めていたけれど、今もきっとしているのだろう。

 案の定、二人共執務室にいた。


「ノヴァ殿下、セーリ様」

「貴継」

「いらっしゃい、貴継。どうかした?」


 王子の執務室には、二人以外にも人がいる可能性がある。だから警戒して敬称を付けたけれど、今は大丈夫そう。見回して、執務室には俺たち以外の客はいない。

 俺が顔を出したことで、用事がわかったようだ。手にしていた書類を手に持ち、ぱらぱらとめくってからそれをテーブルに置く。


「出来たの?」

「出来たよ。王城での初めてのケーキ、味見してくれよ」

「楽しみだ」


 にっこり微笑んだノヴァとセーリを連れて、俺は再び厨房に入った。

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