お菓子と王子と俺

第11話 俺の正体

 随分と夕食の時間が遅れてしまった。それでも用意されていた食事を前に、俺はつい癖で「いただきます」と手を合わせる。

 ワージルさんもメルさんもそれは何だと指摘することがなかったから、完全に油断していたのだと思う。ハッと気付いた時には、ノヴァとセーリにまじまじと見つめられていた。


「あっ……」

「貴継は、食事の前にそうやって挨拶をするんだね。初めて見たけど……」

「あ、責めているわけじゃない。ただ、不思議だと思っただけで」


 しまったと手のひらで口を塞いだ俺に、ノヴァとセーリが慌てた様子で弁明してくれる。それが少しおかしくて、俺は「ふっ」と吹き出した。

 食堂代わりに用意されたのは、客と共に食事をする際に使うという部屋だ。十人掛けのテーブルと椅子が部屋の真ん中に置かれ、四隅に調度品やランプが備えられている。給仕などをしてくれる人がいるのが普段らしいけれど、ノヴァが三人で話しながら食べたいと希望して、俺たち以外は誰もいない。

 まあ、飲み物のおかわりくらいは自分で注ぐし、料理も全てテーブルの上にのせられているから問題はない。


「……いつかは、二人に話さないといけないと思っていたんだ」


 二人が俺の癖に気付いた今がチャンスだ、と俺は思った。もしかしたら、ドン引きされて城を追い出されることもあり得る。その場合は、大人しくワージルさんたちが待っている家に帰ろう。俺はそう覚悟を決めて二人の顔を見た。


「聞いてくれるかな」

「俺たちもそれを聞きたいと思っていたんだ。な、セーリ」

「ああ。そのために個室にしてもらったんだろ、ノヴァ」

「まあね。食べながら、ゆっくり話そう」

「……ありがとう」


 俺は早速フォークでサラダを食べながら、その合間にぽつぽつと語る。ワージルさんとメルさんに最初に話したのと、ほとんど同じ話だ。

 俺は、この世界とは別の世界に生まれて、寝て目覚めたらこちらの世界で倒れていた。空腹で仕方がなく、ようやく見付けたワージルさんたちのケーキ屋の前で倒れていたところを、ワージルさんとメルさんに救われたんだ。


「……成程。きみは、あのご夫婦の孫かと思っていたんだけど、違ったんだね」

「孫だと思っている店のお客さんも多かったよ。俺のことは孫みたいだってよくワージルさんたちは言ってくれていたから、それで良いかと思って訂正はしたことがないんだ」

「でも、きみがこの世界の住人でないと言ったことに納得はしたな。さっきの『いただきます』の挨拶もそうだし、貴継が作って売っていたお菓子もそうだ。僕は一度きみとお店で会っているけれど、その時はお店で売っているお菓子の内、半分くらいは見たことがないもので驚いたな」


 ショートケーキとチーズケーキ、チョコレートケーキとクッキーくらいしかなかったワージルさんの店。そのショーウインドーに、マフィンやロールケーキやプリンを追加したのは俺だ。そういうお菓子は見たことがないとワージルさんたちは言っていたけれど、食べたら気に入ってくれた。


「あれは全部、俺が元いた世界のお菓子なんだ。材料はこっちでも手に入ったし、レシピも覚えている。だから、作って食べて喜んでくれるならって思って店に並べた」


 見たことがないスイーツに、お客さんは最初遠巻きに見ている感じだった。それで試食を出したりおまけにつけたり、そういう宣伝を何回も行うことで口コミが広がって売れるようになる。その過程も凄く楽しかった。

 アルバイトや学校の授業以外で接客をしたことはなかったけれど、ワージルさんたちに教えてもらいつつやってきた。そのお陰もあって、今ではあの店の周辺ではロールケーキやプリンは当たり前に存在するお菓子になっている。

 俺の話を頷きながら聞いてくれていたノヴァとセーリは、顔を見合わせ笑い合っていた。


「やはり、彼を呼んで正解だったな」

「見付けてくれたメイドたちには感謝だね。実際に連れて来たのは僕だけど」

「きみにも感謝しているよ、セーリ」

「ふふ、ありがとう」

「……あの?」


 置いてきぼりを食らったような気持ちでいた俺が声を掛けると、二人は「ごめん」「悪かったね」と口々に言った。


「もう少し、貴継が元いた世界のことを教えてくれるかい? 貴継がどんなふうに育って、あんなケーキを作れるようになったのか知りたい」

「俺は……ただ好きでやっていただけだよ」


 そう言いつつも、俺のことに興味を持ってくれるのは嬉しい。ノヴァとセーリは、この世界に来て初めての同世代の友達だから余計に。

 だから、俺は話した。家族のこと、学校のこと、友だちのこと。魔法がない世界で、電化製品があること。

 物珍しさもあって、二人はうんうんと興味を持って聞いてくれた。それが嬉しくて、俺の話も色んなところに話題が広がる。


(そういえば、あいつ元気かな?)


 和田優矢。俺の大切な親友。あちらの世界で、俺はどうなったことになっているんだろうか。気になるけれど、知る術はない。


(優矢とは、もう会うこともないんだろうな。いっそのこと、忘れてくれていた方がこっちも気が楽なんだけど……って、俺にはどうしようもないよな)


 そんなことを頭の片隅で思いつつ、俺はようやくノヴァとセーリに異世界人であることを告げることが出来た。もしかしたら、二人から頭がおかしい奴だと軽蔑されるかもしれないと考えていたんだ。けれど、二人はそんなことは言わなかった。


「住み慣れた世界ではないから、大変なことも多いと思う。些細なことでも相談してくれたら嬉しいよ」

「そうそう。こっちこそ、これから世話になるんだからね」

「……ありがとう。宜しくお願いします」


 嬉しくて、俺の心臓はドキドキと大きく拍動していた。この世界でもきっと大丈夫だ、と思うことが出来たんだ。


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