第10話 スージョン・キャロル
スージョン・キャロルと名乗った男の子は、見た目が俺の良く知る男の子ではない。長い髪は滑らかそうで、着ているものはどう見ても女の子が好みそうなドレス。けれどそういう服が好きなのだろうと思った俺は、深追いせずに別の話題を振った。
「スージョン・キャロルだな? 料理長の息子っていうことは、ロイドルさんの息子ってことだよな。お父様にはこれからたくさんお世話になると思う」
「……父上は、凄い人なんだ。王城で料理人になって三十年、ずっと第一線で料理を作って来た」
「……」
スージョンは俺の言葉を無視して、父であるロイドルさんがどんなに凄い人なのかを語ってくれた。若い頃から料理人を志し、一心に努力してきたロイドルさんを、スージョンは心から尊敬しているらしい。
俺はスージョンが満足するまで語らせてやることにして、相槌を打ちながらその時を待った。本当は、早く部屋に戻りたいという気持ちが強かったんだ。ノヴァたちを心配させたくなかったから。
それでも留まったのは、何となくスージョンの話を聞いてやりたいという気持ちになったのが理由だ。
「……ということだから、お前なんかが父上と肩を並べて料理を作るなんて許せないんだからな!」
「――ふっ」
ビシリと指差してきたスージョンに、俺は思わず笑ってしまった。
「笑うな! 何がおかしいんだよ」
顔を赤くして、スージョンが目くじらを立てている。ビシリと指を差されて、俺は笑いを収めた。
「おかしくて笑ったわけじゃない。スージョン・キャロル、あんたが心からロイドルさんを尊敬していることは伝わって来た。……安心しろよ。俺は、お父上の邪魔をしようとか考えていないから。ただ、甘いお菓子が食べたいって人に食わせたいだけ」
「それも、聞いた。だけど、そういう役目も全部、私の役目になると思って努力してきたのに……」
ぽつりと呟かれた言葉ににじむのは、悔しさ。他にも感情はあるのかもしれないけれど、それが一番色濃いと思った。
(もしかして、スージョンはロイドルさんの跡を継ぎたいのか?)
おそらくそうなのだ、と俺は思った。火に油を注ぐことにならないことを願いながら、言葉を選ぶ。
「ロイドルさん、喜ばれるな」
「――っ! 知ったような口を聞くな」
「あっ。……行っちゃったか」
間違ったか。そう思っても、後の祭りだ。俺は走り去ったスージョンを追いかけることも出来ず、数分の間その場に佇んでいた。
我に返って部屋に戻らなければと思った時、不意に肩を叩かれてビクッとする。
「どうしたんだい、ぼーっとして?」
「え……ノヴァ!?」
「本当にどうしたんだ?」
振り返ると、俺の真後ろにノヴァがいた。俺が異様に驚いたから、彼もびっくりして心配してくれる。
ノヴァを心配させるほどのことではないよな。
「大丈夫。ちょっとここの人と喋ってただけだ」
「ここの……。さっきキャロル料理長の息子とすれ違ったけど、彼のことか?」
「すれ違ったのか。そう、ロイドルさんの息子でスージョンって名前みたいだな」
「……嫌味くらいは言われたか?」
「嫌味と言うか何と言うか」
八つ当たりに近い。俺は肩を竦め、ノヴァの「話せ」という圧力を感じて正直に何があったかを話した。
「彼は、少し短気でな。お父上のことを心から尊敬して目指しているが故に、出会って間もない貴継が認められているのが悔しかったんだろうな」
俺が話し終えると、ノヴァは微苦笑を浮かべてそう言った。俺みたいな何処から来たかもわからない正体不明の人間が突然やって来て、目標としている職場に入っていたら驚くよな。頷きながら、俺も同意した。
「何となく、少しわかる気がする。まあそもそも、俺みたいな庶民がここに呼ばれていることが奇跡としか言いようがないんだけど」
「偶然か運命か。……スージョンに関しては、また何か言ってくるかもしれない。俺が注意しても良いけど」
「いや、頼むのは止めておくよ。いつか、彼にも認めてもらえるように精一杯やってみるから」
それでも駄目ならば、きっと相性が悪いんだろう。全ての人に好かれることも嫌われることもないからな、と俺は笑った。
「そうだな。……そろそろ行こうか。セーリが心配していたぞ。貴継が部屋にいないと慌てて俺に知らせに来たくらいだから」
「うわ、謝らないと」
慌てて駆け出そうとした俺は、ふと立ち止まって振り返る。言い忘れたことがあったのを思い出したんだ。そこには俺と同じように歩き出そうとしたノヴァがいて、俺に見られていることに気付いて首を傾げた。
「貴継?」
「ノヴァにも、心配かけちゃったな。ごめん。捜しに来てくれて、ありがとう」
「……どういたしまして」
少しだけ目を見張って、ノヴァは柔らかく微笑んだ。男の俺でもドキッとするくらい、綺麗な笑顔だと思う。
照れを覚えて、俺はすぐに目を逸らす。それから「セーリが待ってる」と呟いて、早足で中庭を後にした。
「――よかった、見付かったのか」
「待たせて心配かけてごめん、セーリ」
部屋に戻ると、そわそわしつつソファに座っていたセーリが立ち上がった。俺は申し訳なくなって、直角に頭を下げる。
「無事なら良いんだ。顔を上げて」
「あ、ああ。ありがとう、心配してくれて」
「……」
これだけは言わなければ。そう思っていたから、謝罪と共に感謝も伝える。言ってから、何も聞こえなくて不安になった俺は、そっと顔を上げた。すると、そこには天井を仰ぐセーリの姿がある。
「……あの、セーリ?」
「何というか……こっちにはいない部類の人間だよな、貴継は」
「は?」
「わかるよ、セーリ。ちょっとドキッとするよね」
「何でちょっと嬉しそうなんだ、ノヴァ」
俺がぽかんとしている間に、ノヴァとセーリの間で何かが通じ合ったらしい。そのまま俺には何も説明はなく、セーリが「それで」と話柄を変えた。
「何処に行っていたんだ? なかなか帰って来なかったよな」
「ああ、実は……」
俺がスージョンに会ったことを話すと、セーリは「成程」と頷いた。
「そういえば、スージョンはたまにロイドルさんのところに来ていたな」
「今日も俺たちが厨房を離れた後に来たらしい。その時、貴継のことを耳にしたんだろうな」
それから、セーリは俺の肩をぽんぽんと叩く。俺が振り返ると、少しだけ困った顔を見せた。
「スージョンも悪い奴ではないんだ。嫌な思いをさせてすまなかった」
「スージョンが父親のことを凄く尊敬しているのはよくわかったから、気にしてはいないよ。ノヴァには言ったけど、俺もスージョンに認められるように頑張るから」
「頼もしいな」
食事に行こう。セーリに促され、俺とノヴァも部屋を出た。
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