第9話 研究熱心な料理長

 俺は王城に着いたその日の内に、城のキッチンのメンバーに紹介された。毎日の食事を提供する彼らの立つ厨房、その一角を俺が使わせてもらえることになっていたからだ。

 勿論、一日三度の食事前後は邪魔になるために使えない。厨房の端のスペースとはいえ、王城にいる人々の食事を一手に引き受けるのだから、出来る限りスペースは有効活用しなければならないのだ。俺が使わせてもらえるのは、お茶時の午後三時前後と深夜のみ。

 正直に言えば、俺は厨房の人たちに嫌がられると思ったんだ。どこの馬の骨ともわからない奴が自分のテリトリーに入って来ると知ったら、大抵の人は嫌がるんじゃないかな。

 でも、ここの人たちはその予想を良い意味で裏切った。


「あんた、ちまたで噂になっているケーキ屋なんだろ? 折角だ、オレたちにもあんたのケーキを食わせてくれ!」

「ええっ!?」

「その代わり、オレたちもあんたにこの国最高峰の食事を食わせてやるよ!」


 そんな太っ腹なことを言ったのは、厨房の料理長であるロイドル・キャロルという体格の良い男性だった。

 まさかそんなことを言われるとは思わなかった俺は、叫ばずにはいられなかった。一緒に来たセーリに「い、良いのか?」と尋ねると、彼はくすくす笑う。


「ロイドルさんは、研究熱心な人なんだ。きみがここに来ると知って、場所を提供するとあちらから申し出てくれたんだよ。その腕を盗んで、料理をもっとおいしくするんだって息巻いていた」

「照れるじゃねえか、セーリ。それに、俺たちの腕が上がれば、お前たちが食う食事も美味くなるんだから、一石二鳥だろ」


 ハッハッハ。ロイドルさんは高らかに笑うと、唖然としていた俺の背中を借りるスペースの方へと押した。そして、コック服とエプロンを差し出してくれる。


「明日から、ここを使う時にはこれを着ろ。あまり多くの時間をあんたに与えてはやれないが、殿下のために力を振るってくれ」

「はい、ありがとうございます」


 今回は、顔合わせのみ。明日以降、俺が空いている時間に希望すれば、厨房を使わせてもらえることに決まった。ただしその時、作ったスイーツをロイドルさんたちにも分けるという約束で。


(まさか、嫌がられずにすぐに受け入れられるとは思わなかったな……。良い人たち過ぎるだろう)


 流れで各所に挨拶をし、日暮れが近付いていた。

 最初は王城に通うという話をしていたんだけれど、それはあまり現実的ではないかもしれないなと思い始める俺がいる。なにせ、徒歩で家と王城を往復するのは時間がかかり過ぎてしまう。


「……泊まりも考えるべきだろうな。その場合は、ノヴァとセーリに連続して泊れる部屋があるか訊いて」


 一先ず、今晩は泊る手筈だ。

 俺は仕事のあるセーリに部屋まで案内してもらって、一人高そうな調度品に囲まれて考え事をしていた。目の前にあるのは、どんなお菓子を作ろうかというアイデアノートとペン。既にシフォンケーキやベイクドチーズケーキ、クッキーとマフィンを作ろうかということまでは考えた。


「……煮詰まったな」


 作れる日、ノヴァが城にいる日はお菓子を作って欲しい。ノヴァたちにはそう頼まれているから、出来る限り要望には応えたいと思う。そのためには大量のアイデアが必要だが、疲れた影響かあまり良い考えが浮かばない。夕食までは、まだ一時間くらいの時間がある。

 俺は一旦部屋から出て、城の中を散策しようと思い立った。城の中を自由に歩く許可は出されているし、人目につく場所にしか行くつもりはない。

 部屋を出て廊下を歩き、途中で出会った見回りの兵士に「散歩をしてきます」と伝えておく。何処か良い場所はないかとついでに尋ねれば、中庭が広くて夜も綺麗だと教えてもらった。


「……おお」


 教えられた通りに廊下を進み、俺は中庭へ降りて庭園へ続く扉を開けた。すると、夜の月の光に照らされた庭園が浮かび上がっていた。

 日本のライトアップみたいに、キラキラと光り輝く感じではない。けれど、自然光の優しい光が穏やかに木々や花々、彫刻にも降り注ぐ。ちょっと幻想的で、俺はしばし時を忘れた。


「あ、気分転換っていう目的忘れてたな」


 腕時計を確認すると、部屋を出てから一時間近く経過している。そろそろ戻らないと、ノヴァたちを心配させてしまう。俺は部屋に戻るために踵を返し、前から人がやって来るのを見て足を止めた。


(誰だ? 女の人?)


 その人は線が細く、格好も若い娘のカジュアルドレスといった出で立ちだ。腰のところまで伸びたの髪は濃い緑色で、菫色の目が大きく印象的に見えた。

 思わず立ち止まった俺から三メートルくらい離れた位置に、その人も立ち止まる。そして、ゆっくりと口を開いた。


「あんたが、父上が気に入ったっていう馬の骨?」

「……いや、初見の人間への問いかけじゃないだろそれ」


 女性にしては低く、男性にしては少し高めのその声の主に、俺は思わずツッコミを入れた。これは入れざるを得ないと思う。

 気を取り直し、とりあえず名乗っておくことにする。おそらく、俺の方が身分的には低いから。


「俺は、瀬尾貴継。貴継と呼んで欲しい。あんたの名前は?」

「……スージョン・キャロル。王城の料理長の息子だ」

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