第2章 新たな場所で新たな出会いを

貴族の子弟

第7話 セーリの願い

 ノヴァたちが来たその日の夜、俺はワージルさんたちに相談した。すると二人は心から喜んでくれ、家を出た方が良ければそれでも良いと言ってくれた。でも俺は二人と暮らしていたかったから、通いたいんだと伝えたんだ。


「わしらは嬉しいが、負担になりやしないか?」

「俺がしたいのは、ワージルさんたちとこの店を盛り上げること。俺の腕が誰かの笑顔に繋がるのなら、そう思うから、ノヴァ王子の申し出も引き受けたいんだ」

「そうか。ありがとう」


 やってみろ。そう言ってくれたワージルさんに背中を押され、俺は翌日早速やって来た王子の使者に依頼を受ける旨を伝えた。それからスルスルと話はまとまり、翌週には俺が王城に出る日取りまで決まっていたんだ。

 そして、王城に行く当日。俺は何となくそわそわした気持ちで朝を迎え、支度が出来ると家を飛び出した。


「行ってきます」

「気をつけて行ってこい」

「楽しんで。帰ってくるのを待ってますよ」


 ワージルさんとメルさんに見送られ、俺は城からの迎えとの待ち合わせ場所へと急いだ。俺がこの町を出たことがないと知った先方が、迎えをよこしてくれた。その人との待ち合わせ場所は、町の入口にある公園。


(目印は、赤いスカーフ……あれか?)


 目印だと教えられていた赤いスカーフを二の腕に巻いた男性が、ベンチに腰掛けている。遠過ぎて顔まではわからなかったが、陽の光に反射する金髪を見る限り、セーリと名乗った青年貴族だろう。

 俺はセーリさんに近付き、前かがみになりながら声をかけた。何と呼ぶべきなのか、全くわからないから許して欲しい。


「あの、セーリさん、ですよね?」

「おお、来たか。タカツグくん、だったね」

「はい。迎えに来て下さって、ありがとうございます。城までの行き方はわからないので、助かりました」

「礼には及ばないよ。それに、無理を頼んだのはこちらだから。さあ、乗って」


 セーリさんは俺の呼び方に特に突っ込むことなく、俺を近くに停めていた馬車にいざなった。馬車には御者らしき男性と黒毛の馬が二頭いて、俺を見た馬が鼻を鳴らす。さっさと乗れとでも言いたげだ。


「お、お邪魔します」

「うん、どうぞ」


 おっかなびっくりの俺を急かせることもなく、セーリさんは俺が乗ったのを確かめてから向かいの席に腰掛けた。バタンと戸が閉められ、すぐに馬車がするりと動き出す。もっとガコガコ揺れるかと思っていたけれど、滑るように進んで行く。これがプロか、と感心してしまった。

 そんなことを考えながらぼーっとしていたからか、セーリさんが話しかけて来てくれた。


「タカツグくんは、いつからお菓子作りが好きなんだい?」

「俺……わ、私ですか? 子どもの頃、母親がよく手作りのおやつを作ってくれたんです。少しずつそれを手伝うようになって今に至る、という感じでしょうか」

「そうなんだね。あ、今はプライベートのようなものだし、話し方は普段と同じで構わないよ。僕もそうさせてもらっているし」

「あ、じゃあ」


 俺が砕けた物言いに戻すと、セーリさんは満足そうに微笑んでくれた。年齢は俺よりも上だろうと思っていたけれど、聞けば二つ上の十八だという。ノヴァ王子も同じだとか。


「ノヴァも、プライベートでは敬語を使われたくないみたいだ。年齢は僕らの方が上だけど、あまり気にせずに気軽に話してくれたら嬉しいよ」

「善慮……わ、わかった。セーリさんたちがそれで良いなら、遠慮なく」

「うん、ありがとう」


 流石に年上に向かってタメ口はどうなんだと遠慮しようとしたけれど、セーリさんに目で訴えられてしまった。イケメンの目力は強い。俺はすぐに白旗を揚げて、砕けた物言いをすることに決めた。


「……俺からも、訊いていいっすか?」

「なんなりと」

「じゃあ、セーリさんとノヴァ殿下は、どうやってあの店のことを知ったんだ?」

「殿下のことも、公式な場でなければ『ノヴァ』でいこうか。それでどうやってと訊いたけれど、城にはたくさんの人が働いているんだ。彼女ら、彼らが仕事以外で出かけた先での話を色々なところでしてくれるから、気になったものは自分で調べに行く。その話の中に、きみたちのお店の話があったんだ。評判の新作ケーキというものを一度食べてみたくて、に食べさせたくなってね」


 つまり、城で聞いた話を元にワージルさんの店を探し当てたということらしい。俺は「まあそうだろうな」と思いつつ、セーリさんが最後に言った「甘いもの好きなことを公言しづらい親友」という言葉が気になった。


「公言しづらいって……。別に、甘いもの好きでも良いじゃないですか。何で隠す必要があるんです?」

「僕もそう思うよ。隠さなくたって、あいつの努力も才能もかすみはしない。だけど、甘いものが好きだということを怠慢だという風に言う奴らがまだまだ多くてな。気にするなと言っても、あいつは気にして人前では硬い表情のままでしか甘いものを食べないんだ」

「それは……苦しいな」


 少し前までは、甘いものは女性のものというイメージが日本でもあった。しかし今やスイーツ男子という言葉が使われるくらいには、甘いものは男女関係なく好きなものになっている。

 ラスティーナ王国では、まだまだ昔の日本のような考えを持つ人はいるらしい。俺から言わせてもらえば、それはとても残念で勿体ないことだ。


「そうだろう? 今回、あいつは城で客人をもてなすための料理人たちの技量を上げることが目的だと言うかもしれないけれど、僕はそれに加えてノヴァに力を抜いてスイーツを食べる時間を与えてやりたい。そのためには、きみの協力が不可欠なんだ。……力を貸して欲しい」

「そういうことなら、喜んで。甘いものが好きなら、おいしいっていう顔にしてみせますよ。おいしいお菓子を食べて、怒る奴なんていないでしょ?」


 美味しいお菓子を食べて、怒る奴はいない。それは俺のモットーのようなものだけど、結構真理だと思って使っているんだ。甘くておいしいものを食べながら喧嘩をするような器用な人を、俺は見たことがない。

 俺が胸を張ると、セーリさんが嬉しそうに目を細めた。


「ありがとう、タカツグくん」

「俺のことも、貴継って呼んでもらったら良いよ。ノヴァと一緒に」

「わかった、貴継タカツグ


 そんな話をしている間に、いつの間にか王都は目の前という距離になっていた。馬車は大通りを真っ直ぐに進み、やがて王城のある門へと近付いて行く。


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