新たな出会いはお菓子と共に

第4話 噂のケーキ屋

 その日、ラスティーナ王国の王城に勤める侍女たちは華やかに井戸端会議を楽しんでいた。それぞれが個々で仕事をしていれば静かなのだが、数人集まり侍女長の目がないとなれば、話は違う。


「ねえ、聞いた? コンザールの方で先週から話題になってるスイーツ!」

「知ってる知ってる! っていうか、私それ昨日買って来たの!」

「えっずるい!」

「どんな味、どんな味? 確かそこって、昔ながらのケーキ店はあったわよね?」

「実はそこで、新しい職人を雇ったみたいなの。若くてイケメンだって人気で、売り上げも凄いって……」

「――こら、何油売っているんですか?」

「じ、侍女長!」


 洗濯をしていたはずの侍女たちがなかなか戻って来ないことに業を煮やし、侍女長を務める壮年の女性はこの井戸端までやって来たのだ。彼女の眼鏡越しの眼光は鋭く、年若い侍女たちは悲鳴を堪える。

 自分の目が若い女性たちを怖がらせるとわかっている侍女長は、嘆息して腰に手を当てた。別に、彼女とて怖がらせたいわけではない。


「洗濯自体は魔法具を使って終えているのでしょう? 後は干すだけだと思いますので、その後の仕事を終わらせたら、皆お昼を食べていらっしゃい。午後からはもう少し、集中力を持って仕事にいそしみなさい」

「ふふ、侍女長。そのあたりにしてはいかがですか?」

「……メリア伯爵のご子息の」

「きゃあっ! セーリ様!」


 侍女たちの黄色い悲鳴に、金髪蒼眼の青年が爽やかな笑みを返す。それに更に大きな「ぎゃー」という悲鳴が重なったところで、侍女長は大きな息を吐いた。


「セーリ殿?」

「ごめんなさい、侍女長。賑やかで楽しそうだったもので、つい」

「全く。貴方様も、殿下がお待ちではありませんか?」

「そうでした。では、お邪魔しました」


 後ろでまとめて流した金髪をなびかせ、セーリと呼ばれた青年はその場を去る。その足で彼が向かったのは、王城の奥の方。人通りの少なくなっていく廊下を進み、一部の者だけが入ることを許された区域へと入り込む。


「さて、と」


 セーリはとある扉の前に立ち、丁寧な仕草でノックした。


「殿下、おられますか?」

「――ああ、入ってくれ」


 部屋の主の許しを得て、セーリは「失礼します」と部屋に入る。目の前に広がったのは、壁いっぱいの本棚と書籍、そして大きな窓を背にして仕事に励む青年の姿。時折その短い銀髪が日の光に輝き、セーリは眩しく目を細める。


「ノヴァ殿下。お仕事中でしたか」

「俺と二人だけの時は、敬語は禁止だと言っただろ。忘れたか、セーリ?」

「まさか。忘れないよ、ノヴァ・ラスティーナ」

「なら、良い」


 手を止め、顔を上げたノヴァが微笑む。碧色の瞳は切れ長で、柔和な印象には乏しい。このラスティーナ王国第一王子で王位継承権を持つ青年は、なかなかその本心を見せないことで有名だ。

 しかし見目の麗しさと知性により、女性の人気はとても高い。本人は煩わしく思っているが。

 そんなノヴァの前に、セーリは一つの紙袋を差し出した。銀色のリボンが持ち手になった白い袋を受け取り、ノヴァは首を傾げる。


「忙しそうなノヴァに、今日は差し入れを持って来たんだ」

「差し入れ?」

「そう。ここ最近、巷で人気の新しいスイーツだ」

「……スイーツ」

「好きだろ?」

「……」


 無言で紙袋から取り出した箱を見つめていたノヴァは、ハッと我に返って頷く。クールな印象の強いノヴァが本当は甘いものが大好きだということは、ごく少数の者しか知らない秘密だ。その少数に入っている幼馴染で側近のセーリは、時折煮詰まったノヴァにスイーツを差し入れる。

 もったいつけ、セーリはノヴァの手のひらに収まる箱を開けた。そこにあったのは、若草色の見たことのないケーキだ。


「これは……」

「初めて見ただろ? 『森で得たいのち』という名前だそうだ」

「名があるなど斬新だな。それに、この木の葉はどうやって作っているんだ?」

「見たことないよな。何でも、飴細工っていうらしいぜ」

「飴とは……あの飴か? 丸くて、舌で溶ける」


 聞き返したノヴァの目は、ケーキの上に飾りつけられた若葉の彫刻のような飴細工に注がれている。新緑色のそれは、本物の木の葉よりもそれらしく、ノヴァの目に映った。


「そう。僕も驚いたけど、作った本人がそう言っていたからな」

「会ったのか、これの職人に!」

「そうそう。……話してやるから、まずは食えって。ぬるくなってしまうだろう?」

「あ、ああ」


 促され、ノヴァはフォークでケーキを切る。

 薄緑色の生クリームの下から、卵色のスポンジが顔を出す。更にその下からは、スポンジに挟まれた白いクリームとイチゴが覗く。若草色の飴は、爽やかな風味をまとって口の中に消えた。


「――うまい」

「凄いだろ、これ? なな、ノヴァ」

「ん?」


 ぺろりと食べてしまったノヴァに、セーリは身を乗り出す。


「あの話、これを作った職人に頼んだらどうだろう? 年頃も僕たちと同じくらいだったし、良いんじゃないか?」

「……そうだな。一度、俺も会ってみたい。案内頼めるか、セーリ?」

「任せて」


 胸を叩く幼馴染に礼を言って、ノヴァは紙袋に入っていたショップカードを手に取った。小さなカードには、店の名と簡単な地図が書かれている。


「小さなケーキ屋『秘密』、か」

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