第3話

「昨夜はよく眠れたかい?」


 私が昨晩泊まった赤木夫妻の家の前にある電柱にそっともたれ掛かっていた敏行は、私を見るとすぐにこちらへやってきてそう言った。微かにグレーのコートが煙草の匂いを纏っている。髪の毛は丁寧に整髪料で整えており、ごく普通のサラリーマンといった風な姿だ。朝日が細く伸びた道を真っ直ぐに照らしている。


「私は枕が変わると落ち着かないたちでね。しばらくしたら慣れるさ」


「それは大変なこったな」と敏行は苦笑いした。


 勿論、私にそういった気質があるのは嘘ではない。ただ、昨晩寝付けなかったのは、やはりあの折れた線香が脳裏に焼き付いていたからだ。火をつけたばかりの線香が真ん中で自然に折れることはまず考えられない。そうなるとあれはやはり人為的なもの。容疑者、とまではいかないが、あれをやったのは間違いなく敏行だ。なぜあのような行動を取ったのか。山道で疲弊した体を横にしても眠れないほどの疑問と不安が昨晩の私を蝕んでいた。


「今から、昨日話した双子の兄弟の一組の白神家に向かう。あの二人は昔から仲が良い兄弟でね。交渉が案外楽に進むかもしれない」


 敏行はそう言いながら、丘の上に見える黒い屋根の平屋を指さした。


「かなり大きい家だな」


「あぁ。今から会う二人には3歳年上の兄弟がいたからな。まぁ、今は兄の方が生き残っているだけなんだが」


 敏行はそう言って苦笑いした。


 丘へ続く道をひたすら二人で歩いている。ここまで来る間に何度も昨日の線香について聞こうとしたが、どうしても聞くことができなかった。敏行は私があの線香を見たことに気づいているのだろうか?


「どうした?そんな神妙な顔をして」


 どうやら顔に出てしまっていたらしい。慌てた私は思いついた質問をとっさにした。


「いや、昨日君が言っていた『仲間』という言葉がどういう意味があるのかと考えていたんだ」


「なんだそんなことか。昨日ちゃんと説明しておくべきだったな」


 この言葉が気にかかっていたのは嘘ではなかったので、敏行の話に真剣に耳を傾けた。


「10年前から、この村には二つの派閥ができたんだ。風習賛成派と反対派だ。初めの頃は反対派は少数派だったが、現在の割合は半々といったところかな。もちろん僕は反対派のひとりだ。そして、昨日君が泊まった赤木夫妻も反対派だから昨日僕は『仲間』だと言ったんだ」


 やはり二分していたのかというのが率直な感想だった。そうこうしているうちに白神家の門は眼の前になった。


「そして、この白神家も反対派だ。さっき話した今から会う双子の3歳上の兄弟の死の悲しみがきっかけだそうだ。よし、入ろうか」


 私は頷き、門をくぐった瞬間だった。建物の奥から女性の甲高い悲鳴が聞こえた。


「あれは彼らの母親の声だ!行くぞ!」


 そう言って敏行は走り出した。私も後に続く。玄関は空いていた。長い廊下を走っていると、廊下に50代くらいの女性が腰を抜かして倒れている。


「白神さん!どうしましたか!」


 敏行が女性の肩を両手で掴みながら声をかける。女性は口をパクパクさせて震えている。私は真っ先に女性の前の部屋の中を確認した。そこでは、二人の若い男が血を流して倒れていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

かたわれさがし 晴 時雨 @nighttwice

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ