第2話

「その辺りの座布団を好きにとって座っててくれ」


 敏行はそう言うと台所の方へ消えていった。私は言われた通り近くにあった座布団を引っ張ってきて、目の前の机の近くに座った。家の中をぐるりと見渡す。敏行の家は立派な純和風邸宅だった。


 かつてはこの土地の地主の一家だったらしいが、村の人口が減少するにつれてそういった堅苦しい枠組みは無くなったらしい。


 正面の壁には歴代のこの家の家主の写真が飾られている。最も新しい写真、おそらく先代の家主を私はどこかで見かけたような気がした。


 それがいつどこでの話なのかを懸命に思い出していると、敏行が冷たい麦茶を注いだ、青い塗料で花が描かれたガラスのコップを持ってきた。


「ありがとう。ちょうど喉が乾いていたところだったんだ」


 私は慣れない山道を一人で登ってきたせいか、喉が砂漠のように乾いていたためゴクゴクと麦茶を飲み干した。敏行は机を挟んで私の正面に座った。


「遠路はるばるありがとう。それじゃあ早速だけど、ここまでの流れを確認しようか。君との間に認識の差異があれば、あとあと厄介だからね」


 敏行は麦茶を飲みながら眉毛をクイッと上にあげて答えた。


「ああ。それじゃあ、私が君に流れを説明するから、間違っているところがあれば適宜指摘してくれ」


 私がそう言うと、敏行はコップを机の上において頷いた。


「まず、この村の不思議な現象について確認しようか。この村はなぜか、九割弱の確率で双子が生まれる。そして君はどうやらその一割側らしい。原因は不明。この原因を、研究医のはしくれでもある僕に解明してほしい。ここまでは問題ないか?」


「ああ」


敏行はこっくりと頷く。私は話を続ける。


「そして、ここで問題なのは根強く残る風習。二十歳までに双子のかたわれを殺さなければならない。この残酷で時代錯誤な風習を、村長である君は無くそうとしている。この活動に私にも協力してほしいということだな」


「よし。問題なさそうだな。流石だ」


 敏行は満足気に頷いている。数秒間の沈黙の後、敏行が「現状を伝えよう」と口を開いた。


「ここには今、三組の双子がいる。この三組はそれぞれ、一週間後に二十歳を迎える。まずは彼らの殺人を止めるのに協力してほしい」


「それは勿論構わないが、子供たちはこの風習をおかしいと思わないのか?今はインターネットも発達している。この村の風習に違和感を覚えることはそう難しいことではないだろう?」


 私がそう言うと、敏行は苦虫を噛み潰したような顔をしてこう言った。


「この村の中では、電子機器が買い与えられるのは二十歳を超えてからなんだ。学校で友人たちはほぼ全員持っているのに、子供たちはこのことを何も疑問に思わない。なぜだと思う?彼らは文字通り生まれた時から夜な夜な耳元で彼らの親にこう言われ続けている」


 敏行は人差し指を真っ直ぐ立てて続けた。


「一つ、この村の話を決して村人以外としてはいけない。二つ、この村の風習は全て間違っていない。こんな感じだ。嘘みたいだろう?でもな、これがこの村では実際に行われていることだ」


「それはもう、言ってしまえば洗脳じゃないか」


「あぁ、そうだ。だから当人の意思でどうこうなるもんじゃない。彼らの精神的な面でもサポートをお願いしたいのだが、頼めるか?」


 一度に多くを頼んでしまってすまないと頭を下げる敏行の髪は日々の苦労の表れだろう、かなり薄くなってしまっていた。もちろん、私が協力を断る理由はない。


「あぁ。専門は違えど全く勉強していないわけではない。最善を尽くすよ」


 私は右手を差し出した。敏行も私の意図を汲み取り、左手を伸ばして固い握手を交わした。


◇◇◇


「それじゃあ、今夜は隣の家に泊まってくれ。家の者には話を通してある。彼女は私達のだから安心してくれ」


 三十分ほど世間話をした後に敏行はそう言った。仲間という言葉に引っかかったが、必要なことなら説明するだろうと思い言及しなかった。


「わかった。それじゃあここらでお暇するよ」


 私はそう言って立ち上がると、隣の部屋の奥に仏壇が見えた。二つある。一つはかなり古いから、恐らく先祖代々のものだろう。もう一つは比較的新しい。


「あの左の仏壇は誰のものなんだい?」


 敏行はコップを片付けていた足をピタッと止め、ゆっくり振り返った。


「―――あぁ。僕の父親のだよ」


「そうか。線香だけあげても?」


「もちろん。きっと喜ぶよ」


 私は線香についた火をそっとあおいで消し、丁寧に香炉にさした。りんを鳴らし、そっと手を合わせる。数秒間手を合わせたのち、玄関の方へ向かった。


「どうもありがとう。また明日」


「あぁ。また明日」


 敏行はどこか不気味さを感じさせる微笑を口元に浮かべていた。敏行の家を出て隣の家のチャイムを鳴らそうとした時、ふと敏行の家にスマホを忘れたことに気づいた。敏行の家に戻ると、敏行はすぐに応対してくれた。


「ん?どうした?」


「スマホを忘れてしまって」


「なんだそんなことか。自由に探してもらって構わないよ」


 遠慮なくあがらせてもらうと、スマホは私が座っていた座布団の下にあった。どうやら座る時に落としてしまったらしい。目的のものも回収できたので今度こそお暇しようとしたが、あるものが私の目に飛び込んできた。


 先ほど私が仏壇にあげた線香が、真っ二つに折られていた。

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