第47話 真衣サイド-10-

「唯の家に行く時点でもっと準備をしていた方が良かったのかな……」


 わたしは、無言の『唯抱きまくらversion3』にそう話しかける。


 服装、髪型、それにメイクもしっかりと準備をしたつもりだった。


 でも……下着の準備まではしていなかった……。


 奥手の唯がいきなりあんなに大胆にアプローチしてくれるなんて、予想していなかった。


 ……とても……とても嬉しいサプライスだ。


 それだけにわたしの不手際が悔やまれる。


 今度はもっと……もっと事前準備はぬかりなくしないと……。


 ライブと同じだ。


 入念な準備——練習——をしなければ本番で良いパフォーマンスを出すことはできない。


 わたしはベッドから起き上がり、体をほぐす。


 いつのまにかわたしの体調もだいぶよくなっていた。


 それにベッドでうつらうつらしている内に時間もだいぶ過ぎていたようだ。


 ベッドサイドに置いた時計をチラリと見ると、いつのまにか午後を回っていた。


 さて……これからどうしようか。


 こんなにゆっくりとしたのは久しぶりだ。


 唯に会いたいな……。


 また唯の家に行こうかな。


 そして、わたしは唯と初めての——。


 ううん……ダメ……今唯に会ったら、風邪をうつしてしまうもの……。


 それに回復したとはいえ、コンディションも万全ではないし、準備もできていない。


 でも……やっぱり会いたいな。


 わたしはスマートフォンを取り出して、『家』の協力者につくってもらったアプリを開く。


 そして、唯のスマートフォンの位置情報を確認する。


 唯の家の環境を見て、わたしはすぐに唯を守るために行動を起こした。


 唯のスマートフォンに私製のアプリをインストールしておいたのだ。


 これで、いつでもわたしを唯を見守ることができる。


 バックドアで動くし、唯のスマートフォンの性能を落とすこともない優れものだ。


 まだ位置情報しか取得できないのが難点だけれど……。


 それも近々改良してもらう予定だ。


 唯が誰とラインしているのか、誰と電話しているのか……そういう情報も取得できるようになる。


 そうすれば、唯をもっと守ることができる。


 女狐たちから、それに社会の害悪から、唯を完璧に守ることができる。


 わたしは、唯の位置情報を確認する。


 どうやら家にいないようだった。


 残念だけど、唯にはやはり今日は会えないようだ……。

 

 いや……でも唯がいる場所にサプライスで会いに行くのも……。


 えっ……でもこれって……。


 位置情報はなぜかわたしの家を指し示していた。


 と、その時不意に部屋のインターフォンが鳴った。


 そう……唯がわたしの家にやってきたのだ。


 唯がわたしたちの愛の巣に来てくれたのはとても……とても嬉しい。


 でも……タイミングが悪すぎる。


 わたしは大慌てで、最低限のメイクと服装を整えて、唯を迎えた。


 幸い唯はわたしを見ても、がっかりしたような様子を見せることはなかった。


 ただ……いつものように素っ気ない態度だけ。


 そのことは、わたしの気持ちをいくばくか落ち込ませた。


 でも……そんなことはすぐにどうでもよくなった。


 だって……唯の昨日の情熱的なアプローチ、そしてわたしの……ううん……わたしたちの家へ来てくれたこと……。


 唯の行動を見れば、唯がわたしのことを深く愛してくれているのはよくわかる。


 そして、唯は今わたしたちの家にいる。


 そして、わたしは、唯のために用意したマグカップを彼の前に置く。


 唯はわたしの用意したペアのマグカップを興味深げに見ている。


 唯はわたしの意図に気付いてくれたのだろうか……。


 チラリと唯の顔を伺う。


 唯は少し驚いた表情を浮かべた後、何かに気づいたようだ。


 気付いてくれた!


 そして、唯はそのままマグカップを口元に運ぶ。


 わたしはその瞬間、天にも昇る高揚感に包まれていた。


 愛する人——唯——と一緒に住んで、何気ない会話をして、食事をともにする。


 わたしが思い描いていた理想がいままさに顕現したような気がした。


 色々想定外の出来事はあったけれど、これでよかったのかもしれない。


 それに急ごしらえではあるけれど、今日は一応の準備も……下着もベッドのシーツも変えた……できている。


 フフ……ここでわたしは唯と——。


 その時、またチャイムが鳴った。


 わたしたちの至福の時を邪魔する忌まわしき来訪者がやってきたのだ。


 そう……あの人……栞さんが……。


 わたしは昔から栞さんが苦手だった。


 栞さんはとても優しくて、いつもにこにこしている。


 そして、その性格もおっとりとしていて、当時からその美貌も際立っていた。


 だから、老若男女問わず、誰からも好かれる。


 でも、わたしは知っている。


 それは、栞さんの一面に過ぎないことを。


 いや……正確に言うと、たいてい栞さんは優しい。


 ただ……一点、唯のことになると、彼女は変わる。


 とてつもなく……。


 わたしは今栞さんの……虎の尾を踏んでしまっている。


 だから……心してかからないといけない。


 わたしの唯を守るために……。


 わたしは大きく深呼吸する。


 そして、栞さんとの対峙に向かうのであった。

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